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量的・質的金融緩和と長期金利:国債の「純供給」残高と満期構成を通じた効果

福永一郎*、加藤直也(日本銀行)

Research LAB No.15-J-7, 2015年12月11日

キーワード:
日本国債、金利期間構造、選好投資家(Preferred-habitat investors)、量的・質的金融緩和

JEL分類番号:
E43、E52、G12、H63

Contact
naoya.katou@boj.or.jp(加藤直也)

  • 現・国際通貨基金

要旨

各国で中央銀行による大規模な国債買入れが行われている中、国債市場の需給構造と長期金利の関係について、理論・実証の両面で研究が進められている。本稿では、日本国債の保有者や満期構成の変化が金利の期間構造やリスク・プレミアムに与える影響について分析した、Fukunaga, Kato, and Koeda (2015) [PDF 3,676KB]の概要を紹介する。分析からは、政府による発行(国債の供給)残高から特定年限の国債を選好・需要する投資家(日本銀行を含む)の保有残高を除いた国債の「純供給」残高が、長期金利に対して統計的に有意な影響を与えていたことが、回帰分析と期間構造モデルの2つのアプローチによって示された。また、日本銀行による量的・質的金融緩和の一環としての長期国債の買入れが長期金利に相応の影響を与えてきたことも、上記の2つのアプローチによって定量的に示された。

はじめに

国債市場において日々の短期的な需給変動が金利に影響を与えることは、実務的にもよく知られているが、ある程度長い期間にわたって需給要因が金利に影響を及ぼすかどうかは、必ずしも明らかではない。例えば標準的な理論の一つである「(純粋)期待仮説」によると、長期金利の水準や金利の期間構造は、将来の短期金利の予想経路(その背景にある将来の景気や物価に対する予想経路)によって決まる。その場合、特定年限の国債の需給関係に何らかの変動(ショック)が生じても、市場参加者の裁定取引を通じて、長期金利は将来の短期金利の予想経路と整合的な水準にやがて収束する(図1左)。こうした考え方に基づくと、中央銀行による国債の買入れは、将来の短期金利(ゼロ金利政策の継続期間など)に関する市場参加者へのシグナルとしての効果(シグナリング経路)を持つにとどまり、それを超えた長期金利への直接的な効果は持たないことになる。

図1. イールド・カーブの変動例(イメージ)

  • 左:選好投資家の存在を考慮しない場合。将来の短期金利の予測経路に基づくイールドカーブを実線で、一時的な需給ショックによる特定年限の金利変動によるスパイク(裁定を通じて元の水準に収束)を3か所に点線で示したグラフ。右:選好投資家の存在を考慮した場合。将来の短期金利の予測経路に基づくイールドカーブを点線で、下方シフトしたイールドカーブを実線で示したグラフ。これは、選好投資家の存在による(1)特定年限の希少性経路、(2)幅広いデュレーション経路を通じた持続的な金利水準のシフトである。詳細は本文の通り。

しかし、市場参加者の中に、何らかの理由で特定年限の国債の保有を選好する投資家(preferred-habitat investors、以下「選好投資家」)が一定程度存在する場合(それに伴う金利のリスク・プレミアムの変動を考慮する場合)には、先ほど述べた期待仮説に基づく議論は成り立たなくなる。大規模な国債買入れや買入年限の長期化を行う中央銀行がこうした選好投資家の一種とみなされる状況では、上記の政策は、(1)特定年限の国債の需給を逼迫化させてその年限の金利のリスク・プレミアムを押し下げること(希少性経路)に加え、(2)市場参加者が長めの年限の国債を保有する際の金利変動リスクを吸収して幅広い年限の金利のリスク・プレミアムを押し下げること(デュレーション経路)も通じて、長期金利に直接かつ持続的に働きかけることが理論上も可能となる(図1右)。

こうした選好投資家の存在は、保険会社や年金基金(債務の年限に合わせて長めの資産を保有する傾向が強い)をはじめ、多くの国で以前から知られていた。近年、その存在を明示的に考慮した金利期間構造理論の研究が進み、それを踏まえて中央銀行の国債買入れの長期金利への効果を推計する試みも、米国を中心に多数行われている1。以下で概要を紹介するFukunaga, Kato, and Koeda (2015)は、こうした問題意識を日本に適用した実証分析である。

  1. このほか、本稿で紹介する分析とは異なるが、FRBの国債買入れによる日々のフロー効果やアナウンスメント効果に着目した分析(イベント・スタディ等)も多数行われている。

日本国債の保有者・満期構成

まず、今回の分析のために構築した、保有者別・残存期間別の日本国債残高のデータセットを概観する。図2は、1992年1月〜2014年9月2にかけての国債(固定利付債)発行残高の対名目GDP比率と、日本銀行、保険会社、年金基金、およびその他の主体(銀行等)が保有する国債残高の同比率の推移を示している。図2上段は全ての年限、下段は残存期間10年以下の国債残高を用いている。以下の分析では、国債保有主体のうち、日本銀行と保険会社・年金基金を選好投資家に分類し、その他の保有主体は、将来の短期金利の予想経路に基づく裁定取引を行う傾向が相対的に強い「裁定投資家(arbitragers)」と分類する。そのうえで、裁定投資家の国債保有残高を国債の「純供給(政府による供給−選好投資家による需要)」残高と定義し、その長期金利への影響について分析する。図2で裁定投資家の保有残高(GDP比率)をみると、上段・下段のいずれについても、日本銀行の量的・質的緩和が開始される2013年までは概ね発行残高と同様に上昇してきたが、2013年以降は日本銀行の国債保有残高の増加ペースが加速したことにより、明確に低下に転じている。

  1. 22014年10月の量的・質的金融緩和の拡大の影響は、本稿の分析対象に含まれない。

図2. 各主体の国債(固定利付債)保有残高

  • (1)全ての残存年限の国債残高。(2)残存年限10年以下の国債残高。いずれも、国債(固定利付債)発行残高の対名目GDP比率と、日本銀行、保険会社、年金基金、および裁定投資家(純供給要因)が保有する国債残高の同比率の推移を示したグラフ。詳細は本文の通り。

次に、図3は、発行残高と各主体の保有残高の平均残存期間の推移を示している。全年限の平均をとった上段をみると、発行残高自体の年限長期化に伴って裁定投資家が保有する国債の平均残存期間も2009年頃から長期化を続けていた。しかし、2013年に日本銀行の保有国債の平均残存期間が長期化すると、裁定投資家の平均残存期間は頭打ちとなっている。また、残存期間10年以下を抽出した下段をみると、2013年以降に裁定投資家の平均残存期間は明確に短期化している。

図3. 各主体の国債保有残高の平均残存期間

  • (1)全ての残存年限の国債残高。(2)残存年限10年以下の国債残高。いずれも、国債の平均残存期間と、日本銀行、保険会社、年金基金、および裁定投資家(純供給要因)が保有する国債の平均残存期間の推移を示したグラフ。詳細は本文の通り。

量的・質的金融緩和導入後のこうした「純供給」の動きは、前述の理論に基づくと、(1)希少性経路や(2)デュレーション経路を通じて、イールド・カーブのフラット化や、幅広い年限の金利のリスク・プレミアムへの低下圧力につながっていたと考えられる。

実証分析の主要な結果

上記の効果を定量的に検証するに当たっては、(a)回帰分析と(b)期間構造モデルという2つのアプローチを用いた。(a)のアプローチは、長期金利に影響を与える他の様々な要因をコントロールしたうえで「純供給」要因の影響を計測できる利点を持つ。(b)のアプローチは、選好投資家の影響を理論と整合的に分析できる強みを持つ。

まず、回帰分析アプローチの一例として、イールド・カーブの傾きの一部である10年−3年のイールド・スプレッド(図4の実績値)に対して、「純供給」要因に対応する裁定投資家の保有国債の平均残存期間(およびその背後での日本銀行の保有国債の平均残存期間の動き)がどのように影響してきたかを分析した結果を示す。イールド・スプレッドに影響を与えるファンダメンタルな要因としては、経済成長・物価要因(名目GDPの10年平均トレンドと3年平均トレンドのスプレッド)と、投資家のリスク回避度(代理変数としてエクイティ・プレミアム)を考える。これらとともに、裁定投資家の残存10年以下の保有国債の平均残存期間(図3下段と対応)を説明変数に加えたイールド・スプレッドの回帰式を推計すると、後者がイールド・スプレッドを有意に説明していた3

  1. 3推計にあたっては、被説明変数と説明変数の間の内生性や共和分関係を考慮している。また、被説明変数や説明変数を代えた場合も、上記の結果は概ね頑健である。詳細は、Fukunaga, Kato, and Koeda (2015)のIII節を参照。

図4. 10年−3年イールド・スプレッドの要因分解

  • イールド・スプレッド(実績値)、イールド・スプレッド(推計値)の推移を示した折れ線グラフと、説明変数である、投資家のリスク回避度(エクイティ・プレミアム)、経済成長・物価要因(名目GDP移動平均トレンドの10年-3年スプレッド)、裁定投資家の保有国債の平均残存期間の3つの推移を示した面グラフ。詳細は本文の通り。

図4では、上記の推計結果に基づくイールド・スプレッドの要因分解を示している。これによると、2013年以降の裁定投資家の年限短期化が、名目GDPトレンドのスプレッド縮小(潜在成長率の長期的な低下と3年程度先までの経済・物価見通しの改善に対応)とともに、イールド・スプレッドの縮小(イールド・カーブのフラット化)に寄与していたことが確認できる。この推計式をもとに、2013年から2014年9月までの日本銀行の保有国債の年限長期化が裁定投資家の年限短期化を通じてイールド・スプレッドの縮小に寄与した幅を計算すると、約11bps(ベーシス・ポイント)で、同期間の実際のイールド・スプレッド縮小幅の半分弱であった(表1上段)。

表1. 日本銀行の保有国債増加と年限長期化の効果

表1. 日本銀行の保有国債増加と年限長期化の効果
回帰分析
アプローチ
期間構造モデル
アプローチ
実際の変化幅
10年―3年スプレッド -11.0 -9.7 から -2.1 -25.6
10年ターム・プレミアム -38.0 から -60.0 -27.0
  1. (注)単位はすべてベーシス・ポイント(bps)
  2. 2013年1月から2014年9月の累積効果
  3. 10年―3年スプレッドはゼロクーポン金利(出所:Bloomberg)から計算
  4. ターム・プレミアムは期間構造モデルから推計

一方、期間構造モデルアプローチについては、ここでは詳細な説明は省略するが4、選好投資家の存在を明示的に考慮することにより、モデルから導出されるイールド・スプレッドやリスク・プレミアムは、国債の「純供給」の残存期間構造を反映したファクターにも依存する。実際にデータを用いて推計すると、このファクターが有意に影響していることが示された。回帰分析アプローチと同様に、2013年以降の日本銀行の保有国債の年限長期化による10年−3年のイールド・スプレッドの縮小幅を計算すると、モデル上の仮定によって約2〜10bpsの範囲の値をとる(表1上段)。回帰分析アプローチの結果に比べ小さめとなるのは、このモデルではゼロ金利制約の下で長期金利の感応度が通常よりも低くなるためである。

最後に、上記のモデルから導出される10年物金利のターム・プレミアム(長期金利から同期間の予想短期金利の平均を差し引いたもの)に対して、回帰分析アプローチと同様の手法で、裁定投資家の国債保有額と平均残存期間についての説明変数を加えた回帰式を推計すると、いずれの説明変数もターム・プレミアムを有意に説明していた。この推計式をもとに、2013年以降の日本銀行の保有国債の増加や年限長期化がターム・プレミアムを縮小させた部分を計算すると、約38〜60bpsであった(表1下段)。同期間の実際のターム・プレミアムの縮小幅は約27bpsであったが、日本銀行の保有国債の増加や年限長期化はそれを上回る規模でターム・プレミアムの縮小要因となっていたことになる。なお、こうした国債買入れ政策の効果の大きさは、FRBの同様の政策効果の大きさに関するいくつかの先行研究の結果と比べても概ね妥当な範囲内であった。

  1. 4詳細は、Fukunaga, Kato, and Koeda (2015)のIV節およびKoeda (2015)を参照。

「純供給」要因の影響はどのような時に強まるか?

以下では、上記のように検証された国債の「純供給」要因の長期金利への影響が、どのような時に強まるか、といった観点からの追加分析も紹介する。理論上、裁定投資家のリスク回避度が高まっている(例えば自己資本の毀損によりリスクテイク能力が弱まっている)時は、短期金利の予想経路に基づく裁定取引が活発に行われにくくなるため、「純供給」要因の影響は強まると考えられる。回帰分析アプローチでは、リスク回避度の代理変数であるエクイティ・プレミアムが高いときほど、「純供給」要因の影響が強まったとの結果が得られた。また、期間構造モデルアプローチでは、モデルの中に上記の理論上の関係が組み込まれているが、推計結果もこの関係をサポートするものとなった。

もっとも、ゼロ金利制約の時期に「純供給」要因の効果が強まるかどうかについては、2つのアプローチの間で結果が分かれた。回帰分析アプローチでは、ゼロ金利制約の時期に「純供給」要因の効果が強まったとの結果が得られたのに対し、期間構造モデルアプローチでは、上述のとおりゼロ金利制約の下で長期金利の感応度が通常よりも低くなることから、逆の結果となった。一般に、中央銀行による保有国債の増加や年限長期化はゼロ金利制約の下で実施されるが、その効果が通常の時期と比べて強まるかどうかは、政策含意を考察するうえで今後も重要な論点である。

おわりに

以上のとおり、回帰分析と期間構造モデルの2つのアプローチを通じて、国債の「純供給」要因が長期金利に影響を与えていたことを確認し、量的・質的金融緩和のもとでの日本銀行の保有国債の増加や年限長期化の効果についても定量的に検証した。いずれのアプローチでも統計的に有意な政策効果を抽出することができたが、具体的なインパクトの大きさは区々となった。

今後の研究課題としては、(1)最後に紹介した「純供給」要因の影響の変化に関するさらなる分析に加え、(2)文中で紹介した「希少性経路」や「デュレーション経路」に関するより詳細なメカニズムの解明(例えば、月次の残高データで検証した「希少性経路」と日々のフローの需給変動や流動性の状況との関係、日本銀行・保険会社・年金基金といった選好投資家の間での異質性の考慮など)、(3)国債市場における「純供給」要因の存在が他の金融市場や経済全体に対して与える影響の分析などが残っている5。最近の海外での研究の発展も参考に、日本でもこうした研究がさらに進んでいくことが期待される。

  1. 5日本銀行金融研究所主催の2015年国際コンファランスにおける、Fukunaga, Kato, and Koeda (2015)に対するコメントについては、その議事録である遠藤ほか(2015)を参照。

参考文献

日本銀行から

本稿の内容と意見は筆者ら個人に属するものであり、日本銀行の公式見解を示すものではありません。