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米国連邦準備制度および欧州中央銀行の「物価の安定」についての考え方1

2000年 9月26日
日本銀行企画室

日本銀行から

 以下には、冒頭部分(はじめにおよび要旨)を掲載しています。全文はこちら (ron0009a.pdf 141KB) から入手できます。

  1. 1 本稿は、各国中央銀行の公表した資料やスタッフ、エコノミストの発表した論文に基づいて、日本銀行企画室が取りまとめたものである。

はじめに

 「物価の安定」を確保し、金融政策の透明性を高めていくことは、現在では多くの国において、中央銀行の重要な課題となっている。こうした課題の達成に向け、各国の中央銀行は、それぞれの国の経済的状況や歴史、制度などを反映した、さまざまな工夫を行っている2

 こうした中で、近年みられる特徴的な動きとしては、90年代入り後、いくつかの中央銀行が、インフレ・ターゲティングを採用していることが挙げられる3。しかし、こうした動きは、経済規模の大きな国や大きな通貨エリアに広がっているわけではない。例えば、米国の連邦準備制度4Federal Reserve System、以下「FRS」と略)や、欧州中央銀行5European Central Bank、以下「ECB」と略)は、いずれもインフレ・ターゲティングは採用していない6。また、ECB発足前の欧州諸国の中央銀行の多く(ドイツのブンデスバンク<Deutsche Bundesbank>やフランス銀行、イタリア銀行等)も、インフレ・ターゲティングは採用していなかった。

 そこで本稿では、代表的な中央銀行としてFRS、ECB(および、ECB設立前のブンデスバンク)を取り上げ、これらの中央銀行が金融政策を運営していくうえで、「物価の安定」をどのように定義し、どう位置付けているのかなどを紹介する。
以下、I.で全体の要旨を述べた後、II.でこれらの中央銀行の事例を、個別に紹介する。

  1. 2 具体的には、いわゆるインフレ・ターゲティングや、マネーサプライや為替レートのターゲティング、あるいは、政策を決定する会合の議事要旨の公表や、経済や物価の情勢についての判断を示す等、各国により、さまざまな違いがみられる。
  2. 3 インフレ・ターゲティングとは、インフレ率にある程度長い目でみた数値目標を設定し、その達成を目的として金融政策を運営するとともに、インフレ目標値と関連付けた形で政策の透明性を確保するという政策運営の枠組みと理解することができる。なお、日本銀行企画室[2000]参照。
  3. 4 FRSは、ワシントンDCにある連邦準備制度理事会(FRB)と、全米各地にある12の連邦準備銀行(地区連銀)によって構成されている。
  4. 5 なお、欧州共同体設立条約上は、ECBおよびEU加盟国の中央銀行を包括する「欧州中央銀行制度」(European System of Central Banks、ESCB)という語が用いられている。
  5. 6 インフレ・ターゲティングも、インフレ率の実績値に対して機械的に政策対応を行うものではないため、「インフレ・ターゲティングを採用しているかどうか」の区別は、必ずしも絶対的なものではない。ただ、FRSや日本銀行は、インフレ率の目標値自体を示していないことから、インフレ・ターゲティングを採用していない中央銀行に区分することができる。
     また、ECBについては、後述のように「物価の安定」の定義を数値で示していることから、「インフレ・ターゲティングをほのめかしている」(Gramlich[2000])といった見方もある。しかし、ECB自身は、「単一の指標や中間目標への依拠は、さまざまな状況の中で適切な対応を促すことにつながらない」、「特定のターゲットからの乖離や特定の指標の動きに応じて、機械的に政策対応するといったことを避ける」(European Central Bank[1999])と述べているほか、同行のイッシング理事も、「ECB理事会は、伝統的なマネタリー・ターゲティングでも直接的なインフレ・ターゲティングでも、両者の単純な組み合わせでもない、新たに仕立てた金融政策のストラテジーを採用した」(Issing[1999])と述べている。

要旨

  1.  金融政策の目的について、まず法律上の規定をみると、ECBやブンデスバンクは、「物価の安定」(ないし「通貨価値の安定」)を第一義的な目的としている。一方、FRSは、法律上は「物価の安定」とともに「最大の雇用」も政策目的に掲げられている。
     次に、金融政策運営の実際をみると、いずれの中央銀行も、金融政策は、まずは中長期的な「物価の安定」を目指すべきであり、経済成長や雇用の創出はこうした政策運営を通じてもたらされるといった考え方に基づいて、金融政策を運営している。その意味で、現実の金融政策運営上は、「物価の安定」の位置付けに関し、各中央銀行の間に大きな違いはないようにみられる。
  2.  「物価の安定」の意義としては、いずれの中央銀行もほぼ共通して、(イ)価格のシグナルがより明確になり、これを通じて効率的な資源配分がもたらされる、(ロ)物価の変動に由来する先行きについての不確実性が減少することを通じ、経済主体の合理的な意思決定がより容易となる、(ハ) これらを通じて健全な経済発展の基盤を形成する、といった点を挙げている7
  3.  「物価の安定」の定義・基準について、FRSは特定の数値によって示すことはしておらず、議長の講演などを通じて、「経済主体が将来の一般物価水準の変動を気にかけなくてもよい状態」といった定性的な考え方を述べている。一方、ECBは、「物価の安定」について、「ユーロエリア全体の消費者物価指数の上昇率が中期的に前年比2%を下回る」という、数値による基準を示している。
  4.  物価見通しの公表について、FRSは、連邦公開市場委員会8(以下、「FOMC」と略)に参加する連邦準備制度理事会(以下、「FRB」と略)の理事および連邦準備銀行(以下、「地区連銀」と略)の総裁が各自提出するインフレ率見通しを、「レンジ」等の形で年2回公表している。
     一方、ECBは現時点では物価見通しを公表していないが、2000年中に何らかの形で見通しを公表する方針を明らかにしている。ただ、ECBは同時に、物価見通しについて、(イ)不確実性を伴うこと、(ロ)前提条件に大きく左右されるものであり、また、前提条件が変われば陳腐化しうること、(ハ)政策決定過程における意味も限られていること、を指摘している。
  5.  以上をまとめると、「物価の安定」が効率的な資源配分の実現や不確実性の低下を通じて経済発展の基盤となるものであり、こうした「物価の安定」を目指して金融政策を運営していくことが、中長期的には経済の発展や雇用の創出に最も寄与することになるといった認識は、これらの中央銀行の間で概ね共有されている。一方で、「物価の安定」の定義の仕方や、「物価の安定」を実現していくための具体的な金融政策運営の方法については、それぞれの中央銀行の置かれた経済的状況や歴史、制度の違いを反映し、さまざまな相違もみられる。
  1. 7 これらに加えて、ECBやブンデスバンクは、「物価の安定」の意義として、「社会的安定の維持」、「公平性の確保」といった点も挙げている(European Central Bank[1999]等)。
  2. 8 Federal Open Market Committee。これは、FRSの金融調節方針を決定する委員会であり、連邦準備制度理事会(FRB)の理事(Governors)および全米各地にある連邦準備銀行(地区連銀)の総裁(Presidents)により構成され、通常年8回開催される。このうち議決権を持つのは、(1)FRB理事(7名)、(2)ニューヨーク連銀総裁、(3)その他の地区連銀総裁(11名)のうち輪番で選ばれる4名、の合計12名であるが、議決権を持たない地区連銀総裁7名も、FOMCには出席し意見を述べる。詳細については、Board of Governors of the Federal Reserve System[1994]参照。