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今次景気回復局面における雇用情勢について

1997年 4月18日
日本銀行調査統計局

ご利用上の注意

以下には、全文の要旨および目次のみを掲載しています。
全文(本文、図表、BOX)は、こちらから入手できます (ron9704a.lzh 233KB[MS-Word, MS-Excel])。
なお、本稿は日本銀行月報5月号に掲載する予定です。

要旨

1. 今次景気回復局面における雇用動向をみると、ごく最近でこそ全体として回復の動きがはっきりしつつあるが、景気ボトム後既に3年余を経過していることを踏まえると、むしろそれまでの雇用情勢の回復が極めて鈍いものであったことが大きな特徴と言うことができる。また、有効求人倍率の改善が比較的着実な一方で失業率は高止まっているほか、所定外労働時間や新規求人がかなり増加している一方で常用雇用者数はパートを中心に緩やかな増加にとどまっているなど、回復の度合いについて指標間の偏りが大きい。

2.今次景気回復局面における雇用回復の遅れは、基本的には80年代後半から90年代初頭にかけての振幅の大きい景気循環を背景に生じたものである。すなわち、(1)80年代後半の大型景気のもとで企業の雇用スタンスが極めて積極化したことに加え、(2)90年代初頭の景気後退初期において雇用調整への取り組みが遅れがちとなったことが、その後長く深い景気後退の過程を通じて大幅な過剰雇用の発生につながった。折しも80年代後半から90年代初頭にかけては、時短の本格化や少子化・高齢化に伴い人手不足感が急速に台頭した。労働市場に固有のこうした中長期的な要因も、企業の積極的な雇用確保姿勢に拍車をかけ、結果的には後の過剰雇用をより大きくする方向に作用した。

3.さらに、もともと日本的な雇用慣行が、大幅な景気後退のもとでは雇用調整がどうしても長引きやすくなるという性質を持っていることも、重要なポイントである。すなわち、わが国においては、生産や企業収益に対する労働投入量ないし人件費の調整としては、まず所定外労働時間や特別給与、パート等の削減がなされる。したがって、これらのバッファーを十分に利用できるような比較的軽度の景気変動に対しては、企業は優れた調整能力を発揮するが、バブル崩壊後の長く深い景気後退期においては、こうしたバッファーがかなり小さくなり、このことが人件費の追加的な調整を困難にした面があると考えられる。この点は、労働分配率が90年代の景気後退局面で明確に上昇した事実にも、反映されている。

4. 今回の雇用回復の鈍さを理解するうえでは、90年代初頭に発生した過剰雇用のマグニチュードや、大幅なネガティブ・ショックに対する日本的な雇用慣行の限界といった上記諸要因のほか、構造調整圧力が雇用に及ぼした様々な影響にも目を向ける必要がある。
 まず、90年代前半における累積的な円高やアジアの供給力拡大は、産業構造調整圧力となって、わが国の製造業を取り巻く国際競争条件を厳しくし、とりわけ労働集約財を中心に輸入の急増をもたらした。これは、(1)労働集約的な産業の国内生産の減少や、(2)国際競争力強化の観点からみた労働コスト節減の動きなどを通じて、製造業の労働需要を大幅に後退させた。このようにして発生した余剰労働力が他部門で吸収されれば、経済全体としては調整が進んで行くはずである。しかし今回の場合、産業構造調整圧力の影響が広く非製造業にまで及んだことや、バランス・シート調整というもう一つの構造調整圧力も強く作用したこと、さらにはこれらの構造調整圧力が本来雇用吸収力の高い中小企業にとりわけ重くのしかかったことなどが、経済全体としての調整負荷を重いものにしたと考えられる。

5. 雇用情勢の回復の鈍さと並んで、今次景気回復局面で注目されるもう一つの現象は、労働市場におけるミスマッチの拡大である。具体的には、(1)若年層を中心とした明示的な労働需給のミスマッチと、(2)企業内過剰労働者の中高年層事務・管理職への偏りである。
 すなわち、今次景気回復局面においては、失業率の上昇傾向が持続し、ピークを打った後も高水準にとどまっている。しかし、他方で求人がかなり増加してきている事実などを踏まえると、失業率の高止まりは、必ずしも労働需給の引き緩みのみを反映したものではなく、雇用形態の多様化等を背景に主として若年層で拡大した労働需給のミスマッチによる面が大きいとみられる。

6. 他方、中高年層についてみると、労働市場での失業率は若年層ほどには上昇していない反面、企業内では管理・事務職を中心に過剰感が強く、厳しい雇用調整圧力に晒されているとみられる。この層の過剰感が特に強い理由としては、(1)情報化による合理化圧力が管理・事務部門に最も強く及んでいると考えられること、(2)年功的な賃金制度のもとで高齢化が進行していること、などが挙げられる。
 年功賃金が労使間の暗黙の了解として長年定着してきたもとでは、企業は中高年層の賃金を急速には引き下げにくい面があり、その結果労働者側にも離職・転職のインセンティブが生じにくい。日本的な雇用慣行に根ざすこのような事情は、現在のように低成長で、かつ産業構造が大きく変化する過程では、中高年層の過剰雇用を解消しにくいものにしていると考えられる。

7. 以上を踏まえて当面の雇用情勢を展望すると、まず景気動向との関連では、民間需要の回復力に底固さが備わってきたもとで、長引いた雇用過剰感も次第に弱まりつつあることなどから、賃金も含めた雇用情勢は全体として着実に改善していくとみられる。しかし、雇用調整のバッファー部分を復元する余地が未だ大きいこともあって、企業は固定的な人件費の増大に対してはなお慎重な姿勢を崩していない。したがって、当面の展開としては、常用雇用者数の増加は基本的にはパート中心の状況が続くとみられるほか、賃金面でも所定外給与や特別給与は引き続き増加しようが、所定内給与に対する抑制圧力は根強く残るとみられる。
 また、より中長期的な労働市場の変化との関係でみると、日本的な雇用慣行が安定的に維持されていくための経済的・社会的条件は変化しており、とりわけ少子化・高齢化とそれに伴う低成長は、徐々に労働市場の姿を変えていくとみられる。具体的には、年功賃金カーブのフラット化が着実に進んでいくとみられるほか、そうした年功賃金制の変化や雇用形態の一段の多様化に伴って、外部労働市場がより活性化していくであろう。ただし、そうした外部市場の発達が、潜在的な労働需要・供給を顕在化させることにより、ミスマッチの拡大や失業率の高止まりにつながる可能性も、念頭に置いておくべきであろう。

目次

  • 1.はじめに
  • 2.90年代初頭の景気後退と雇用調整の遅れ
    • (1)景気変動の振幅の大きさと雇用
      • (大型景気とその反動)
      • (景気後退初期における雇用調整の遅れ)
    • (2)中長期的な労働力不足見通しの影響
    • (3)日本的な雇用慣行の循環的特性
      • (わが国における雇用調整のパターン)
      • (バッファー機能とその限界)
  • 3.構造調整下の景気回復と雇用
    • (1)産業構造調整と製造業の雇用
      • (輸出入構造の変化と雇用)
      • (製造業全体の雇用への影響)
    • (2)雇用吸収力が弱かった非製造業や中小企業
  • 4. 労働需給のミスマッチ拡大
    • (1)失業率の高止まりと若年層の雇用
      • (失業率高止まりの背景)
      • (若年層におけるミスマッチの拡大)
    • (2)雇用のモビリティーと中高年の過剰雇用
      • (中高年、管理・事務職における過剰雇用の偏在)
      • (日本的な雇用慣行との関連)
  • 5. 結びに代えて:当面の展望
  • ボックス1統計上の雇用者の分類について
  • ボックス2雇用・賃金の調整速度について
  • ボックス3企業の利潤最大化と労働分配率

以上