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金融システムレポート(2018年4月号)

2018年4月19日
日本銀行

2018年4月号の特徴と問題意識

今回のレポートでは、金融機関が近年積極化させている貸出について、特に金利と信用リスクの関係に焦点を当てている。世界的な低金利環境が続くなか、社債などのクレジット市場では、多くの先進国において信用スプレッドが歴史的な低水準にまで縮小し、投資家によるリスク認識の緩みやリスクのリプライシングに関する懸念が指摘されるようになっている。これと似た事象や問題が銀行貸出市場でも起きていないかというのが、今回の問題意識である。

景気改善が長く続き、企業のデフォルト率が低下した結果、金融機関の信用コストは既往最低水準で推移している。しかし、信用コストの算出が過去のデフォルト率に基づいている場合、経済のボラティリティが低下した局面が長く続くと、金融機関が潜在的に抱えている信用リスク量を過少に評価してしまう可能性がある。金融機関が十分なリスク耐性を備えているかどうかをみるには、将来起こり得るマクロ経済環境の悪化に対して、企業財務がどのように変化し、ひいては金融機関の損失吸収力にどのような影響が及び得るか検証しておくことが重要となる。企業の信用リスクは、財務内容の違いを反映しばらつきも大きいため、金融機関はそれぞれの企業の信用リスクに見合った貸出金利を設定する必要がある。その重要性は、ミドルリスク企業向け貸出に注力する金融機関が近年増えていることを踏まえると、一層高まっているといえる。そこで、今回のレポートでは、ミドルリスク企業を中心に、その財務内容や行動特性を明らかにするとともに、それらに対する金融機関の(金利設定を含む)融資スタンスとリスク耐性について掘り下げた分析を行う。そのうえで、金融システムの潜在的な脆弱性に関する評価を行い、金融機関の信用リスク管理の課題等について指摘する。

要旨

金融仲介の現状と金融循環の評価

日本銀行の金融緩和を背景に、金融仲介活動は引き続き積極的な状況にあり、景気の緩やかな拡大を支えている。国内貸出市場では、貸出金利が長短ともに既往ボトム圏で推移し、残高は前年比2%程度のペースで増加している。特に、地域金融機関間の貸出競争が激化するなかで、中小企業向けの設備関連貸出が幅広い業種で増加している。CP・社債市場でも、発行レートがきわめて低い水準で推移するなか、大企業の資金調達額は高めの伸びを続けている。この間、国際金融市場は、米国の長期金利がインフレ予想の上振れを受けて上昇し、先進国の株価が大幅に下落するといった動きもみられるが、全体としては落ち着いている。海外経済が成長を続けるもとで、本邦金融機関の海外向け投融資は増勢を維持している。

民間非銀行部門の資金調達環境はきわめて緩和した状態にあるが、金融循環の面で、目立った過熱感は窺われない。株価は、本年初までの上昇ペースがやや急だったが、企業収益の改善見通しに概ね沿った動きとなっている。金融機関や企業はバランスシートの規模を拡大させているが、GDP対比で過大な水準には至っていない。不動産業向け貸出残高は高めの伸びを続けてきたが、金融機関の間では、不動産市場の調整リスクや与信の業種集中などを意識し、貸出スタンスを慎重化させる動きが広がってきているほか、国内投資家も、不動産価格の高値警戒感から物件取得を慎重化させている。ただし、金融機関のバランスシートの規模が過大でないとしても、金融機関の貸出や有価証券投資において、リスク対比で適正なリターンが確保されていない場合には、金融システムの脆弱性を高め得ることに留意が必要である。

金融システムの安定性

金融機関は、リーマンショックのようなテールイベントの発生に対して、資本と流動性の両面で相応の耐性を備えており、全体として、わが国の金融システムは安定性を維持していると判断される。もっとも、金融機関のストレス耐性についてはばらつきがあるほか、金融取引需要を規定する人口や企業数が継続的に減少するという慢性ストレスを考慮すると、現時点の資本の十分性は、将来の金融システムの安定を必ずしも保証する訳ではない。リーマンショックのような急性ストレスに対する損失吸収力があっても、慢性ストレスによって金融機関の基礎的収益力が下押しされる場合には、いずれ自己資本が毀損される状況に至る可能性があるためである。地域金融機関の中には、コア業務純益が減少するなかで、当期純利益の水準や高い配当性向を維持するために、有価証券の益出しを行う先も相応にみられる。無理な益出しの継続は、有価証券の利息・配当収益を減少させるほか、有価証券の含み益は、経済価値ベースでは資本バッファーとして機能する面があることから、株主還元のあり方も含め、収益配分について検討を進めていくことが重要である。

金融機関の信用面のリスクテイクに伴う脆弱性

慢性ストレス下での貸出競争の激化や金融緩和の影響から、金融機関は、いわゆる「ミドルリスク企業」向けを中心に、低利による貸出を積極化させている。こうした動きの背景には、ミドルリスク企業は、優良企業に比べ内部資金が少なく借入の金利感応度が高いため、金融機関が低金利を提示すれば、潜在的な借入需要が顕在化しやすいことがある。ミドルリスク企業向け貸出の増加は、自己資本比率が高く、リスクテイク能力が相対的に高い金融機関で生じているが、同時に、基礎的収益力が低く、リスクテイクのインセンティブが相対的に強い金融機関で生じている傾向がある。景気改善と低金利という良好なマクロ経済環境が長期化しているため、金融機関による信用リスクの評価は緩む傾向がみられる。金融機関や企業が良好なマクロ経済環境の継続を前提に行動するようになると、マクロ経済環境が反転した際に、予想外の損失からバランスシートを毀損する可能性も考えられる。金融機関の正常先債権全体の引当率は、リーマンショック前を下回る既往最低水準で推移しているが、景気悪化や金利上昇など負のショックが発生した場合、収益性や借入返済能力の低いミドルリスク企業を中心にランクダウンが発生し、信用コストが急激に上昇する可能性も考えられる。

マクロプルーデンスの視点からみた金融機関の課題

金融機関が収益維持の観点から過度なリスクテイクに向かうことになれば、金融面の不均衡が蓄積する可能性がある一方で、基礎的収益力の低迷が続き損失吸収力も失われれば、金融仲介機能が低下する可能性がある。こうした過熱・停滞両方向のリスクがあるなかで、金融システムが将来にわたって安定性を維持していくためには、金融機関は、持続性の高い収益の確保に向けた取り組みを加速するとともに、内外貸出や株式・外債などへの投資といった積極的にリスクテイクを進めている分野においてリスク対応力を強化することが重要である。この点、ミドルリスク貸出を積極化させている金融機関は、先行きのマクロ経済環境の変化も念頭に置いて、リスクに応じた適正な金利設定を行うとともに、引当の適切性を検証するなど信用リスク管理の実効性を向上させていく必要がある。特に、貸出債権の引当にあたっては、足もとの良好なマクロ経済環境に過度に引き摺られることのないよう、中長期的な視点から循環的な影響を十分に勘案する必要がある。同時に、金融機関は、顧客企業とのリレーションシップを強化し、企業の生産性向上を積極的に支援していくことが望まれる。日本銀行としても、考査・モニタリング等を通じてこれらの金融機関の取り組みを後押しするとともに、マクロプルーデンスの視点から、金融機関による多様なリスクテイクが金融システムに及ぼす影響について引き続き注視していく。

日本銀行から

本レポートは、原則として2018年3月末までに利用可能な情報に基づき作成されています。
本レポートの内容について、商用目的で転載・複製を行う場合は、予め日本銀行金融機構局までご相談ください。転載・複製を行う場合は、出所を明記してください。
なお、マクロ・ストレステストのためのストレス・シナリオについては、シナリオ別データ [XLSX 27KB]をご覧ください。

照会先

金融機構局金融システム調査課

E-mail:post.bsd1@boj.or.jp