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日本銀行当座預金決済の「RTGS化」について

第1部 RTGSの仕組みと意義

1.RTGSとは何か

(1)中央銀行当座預金の役割

金融機関が中央銀行に持つ当座預金口座は、金融機関の間の資金受払や、金融機関と中央銀行との間の資金受払などに使われる決済のインフラである。商店とお客との間の決済が紙幣や硬貨のやり取りで完了するように、金融機関の間の決済は中央銀行における当座預金の移動で完了する。金融機関の間の決済は、銀行間の資金貸借などに限らず、個人や企業間の資金受払などに伴っても発生するから、中央銀行における当座預金決済は決済システム全体を底辺で支える存在と言ってよい。

(2)中央銀行当座預金の決済方法

こうした中央銀行における当座預金の決済については、大別して2つの方法がある。ひとつが「RTGS(即時グロス決済)」、もうひとつが「時点決済」である。両者の違いは、中央銀行に当座預金口座を持つ金融機関が、中央銀行にそこからの支払を依頼した際に、その支払を中央銀行が1件ごとに —— 「グロス」で —— 直ちに実行するか(RTGS)、それとも一定の「時点」まで待って他の多くの受払とまとめて決済するか(時点決済)という点にある。まとめて決済する場合、経済的には中央銀行が金融機関ごとにその「時点」の受払差額を算出し、その金額だけを当預口座に入金したり引落したりしていることになることから (注)、後者は「時点ネット決済」とも呼ばれている。

  • (注)日本銀行の「時点決済」の場合も、金融機関の当預口座の残高はその「時点」における受払差額分だけ増減するが、実際の事務処理においては、受払差額ではなく、個々の受払一本一本が記帳(処理)される扱いとなっている。以下では、受払一本一本の記帳を伴うものを含め、「時点」において受払差額分の資金の授受で決済を行う方式を「時点ネット決済」と呼ぶ。

2.RTGSのメリット

(1)決済に伴うリスク

取引を約定した後、何らかの事情で決済が予定通りに行われないことから生ずるリスクを「決済リスク」と呼んでいる。決済リスクは大きく2つに分けられる。第一は「取引の一方の当事者の決済不履行により、その相手方に最終的に回収困難な損害をもたらすリスク」で、「信用リスク」と呼ばれる。第二は「信用リスクの顕現化やコンピュータ事故などから決済の遅延が生じ、これが決済の当事者の流動性不足を招くことで、第三者への支払が困難になるリスク」で、「流動性リスク」と呼ばれる。信用リスクや流動性リスクは、当該取引当事者間で顕現化するのみならず、取引・決済の関係を通じて、その他の決済システム参加者に次々と波及し、決済システム全体を機能麻痺に陥らせることがある。これをシステミック・リスクと呼んでいる。時点決済と比べた場合におけるRTGSの最大のメリットは、次に述べるように、こうしたシステミック・リスクを削減し、決済システムの安定をよりよく維持できるところにある。

(2)RTGSの下におけるシステミック・リスク削減

「時点決済」においては、中央銀行が金融機関から受付けた支払指図が、定められた「時点」まで蓄えられる。このため、「決済されていない支払指図」 —— 未決済残高 —— が日中に大きく積み上がり、万が一、支払指図を発出した金融機関が支払不能に陥った場合には、その時点を指定している支払指図の決済が全てストップしてしまい、上述の信用リスクや流動性リスクを顕在化させてしまう。
これに対して、RTGSにおいては、支払指図が中央銀行によって受付けられ次第、次々と実行されていく。このため、ある金融機関がデフォルトしても、決済が停止し未決済状態となるのは当該金融機関を支払人とする支払指図に限られ、システミック・リスクを削減できる。確かに、RTGSの下でもある参加者Aが資金不足からBに対する支払を行えなかった場合に、Bが予定していたCに対する支払を行えなくなるといった事態が起こり得るが、この支払不能の連鎖は時点ネット決済のように全ての決済が停止してしまうシステミック・リスクに比べると限定的なものに止まると考えてよい。

3. 各国におけるRTGS採用状況

(1)国際標準となった中央銀行のRTGS

RTGSの採用例は1980年代には、米国をはじめとするごく限られた国でしか見られなかったが、ここへきて主要各国に一斉に広がり始めている。こうしたRTGSの「国際標準」化の背景としては、近年における金融取引の増大が決済ボリューム —— 従って決済リスク —— を急増させているほか、国際的な決済が増大し、システミックリスクが容易に国境を越えて伝播するようになったことが指摘できる。こうした環境変化の中で、システミック・リスク削減の必要性に対する認識が各国で高まり、その結果中央銀行の決済システムをRTGS化する動きが一気に広がった訳である。以下にみるとおり、1997年中には欧米、アジア、オセアニアの主要国において中央銀行の決済システム(以下「中銀決済システム」)がRTGSを採用済みとなる見通しとなっている。

(2)各国の採用状況

(欧米諸国)

米国(Fedwire、82年稼働開始)やスイス(SIC、同87年)等では、中銀決済システムにRTGSを導入済み。このほか、EU諸国では、「システミック・リスク削減」と「通貨統合に備えた大口資金決済システムの同質化」という2つの目的を同時達成するために、既存の時点決済システムのRTGS化、ないし新規RTGSシステム構築に向けた作業を急ピッチで進めており、97年末までに、ほぼ全てのEU諸国でRTGSシステムが導入され、相互にリンクされる計画となっている。

(アジア、オセアニア諸国)

また、アジア、オセアニア諸国では、欧米における中銀決済システムRTGS化の動きを眺め、中銀決済システムのRTGS化を自国金融市場の国際競争力向上策の一つとして、これを対外的にアピールする動きが目立っている。既にRTGSシステムを稼働させている韓国(94年、ただし時点ネット決済も併存)、タイ(95年)のほか、97年中には中国、オーストラリア、サウジアラビアでもRTGSシステムを導入する予定である。

各国におけるRTGSシステムの概要
米国 スイス ドイツ 英国 フランス
名称 Fedwire SIC (Swiss Interbank Clearing EIL-ZV (Eiliger Zahlungsverkehr CHAPS(Clearing House Automated Payment System TBF (Transferts Banque de France
運営主体 中央銀行 中央銀行(コンピュータ事務はTelekurs AG 中央銀行 CHAPS Clearing Company(中央銀行と民間銀行の共同出資) 中央銀行
稼働(予定)時期 1982年 1987年 1988年 1996年(稼働中) 1997年(1992年2月より段階的に導入)
中央銀行による日中流動性供給方法 当座貸越(キャップの範囲内で無担・有料) 当座貸越(有担・無料) 日中レポ(無料) 日中レポ(無料)
表 各国におけるRTGSシステムの概要
イタリア ベルギー オランダ 韓国 香港
名称 BI-REL(Banca d'Italia Regolamento Lordo ELLIPS(Electronic Large-Value Interbank Payment System TOP BOK-Wire(Bank of Korea Financial Wire Network CHATS (Clearing House Automated Transfer System
運営主体 中央銀行 中央銀行(ELLIPS<民間銀行組織>との間の契約に基づく) 中央銀行 中央銀行 HKIC(Hong Kong Interbank Clearing Limited <香港金融庁と香港銀行協会の共同出資>)
稼働(予定)時期 1997年 1996年(稼働中) 1997年 1994年 1996年(12月9日予定)
中央銀行による日中流動性供給方法 当座貸越(有担・無料) 当座貸越(有担・無料) 当座貸越(有担・無料) 日中レポ(無料)

(出所:日本銀行)

4.RTGSの問題点と中央銀行の対応

(1)RTGSの問題点

RTGSの最大の問題点は、時点ネット決済に比べ決済に必要な日中流動性の金額が多い —— 資金効率が劣る —— という点である。
すなわち、時点ネット決済の場合、ある「時点」における当該金融機関の受払い額は差し引き計算され、受払い差額のみが当座預金口座に入金されたり引落とされたりする。その「時点」における受取が支払よりも多い金融機関は、別途の資金手当を行うことなく決済を完了させることができるし、逆に支払いが受取を上回る金融機関もその差額(支払超過額)だけ資金手当を行えば、その「時点」をクリアすることができる訳である。
これに対し、RTGSにおいては、金融機関の発出した支払指図が1件ずつ独立して —— 他の支払指図と合計されたり、他の金融機関からの受取と差し引き計算されたりせずに —— 決済される。したがって、金融機関は支払1件ごとに当座預金残高を確保して支払指図を発出する必要がある。勿論、その前に他の金融機関からの受取が当座預金口座に入金されていれば、これを支払資金に充当できる訳であるが、受取を待たずに支払を行おうとすると、外部から日中流動性を借入れるなどして、必要な当座預金残高を確保しなければならない。

もとより、時点ネット決済における資金効率の良さの裏には大きな決済リスクが隠されている訳であるが、RTGSを採用する場合に日中流動性のアベイラビリティを如何に確保し、資金効率の悪さをカバーするかが重要なポイントとなるのは事実である。

(2)中央銀行による日中流動性の供給

RTGSの下で必要となる日中流動性についても、これを金融機関の間での融通に完全に委ねるべきとも考えられる。ただ、金融機関にとってこうした日中決済資金は「いつから、いつまで、どれだけの額が」必要となるか、事前に分からない(他の金融機関が支払ってくるタイミングによって変わってくる)という特質を持っているので、金融機関間(資金に余裕のある先と資金が不足する先)の資金融通が円滑に行われない可能性が高い。実際、現にRTGSを採用している国において、民間の日中資金市場が発達している例はなく、殆どの場合、決済システムの安全性強化のため中央銀行が日中流動性を供与している。

各国中央銀行による日中流動性の供与方法については、共通の特徴として、1.日中流動性の調達のタイミングは金融機関側が自由に決められる、2.利用期間は日中のみに限られ中央銀行の営業終了時までに返済することを求められる、3.営業終了時に返済されなかった場合にはペナルティーが課される、という点が挙げられる。
一方、中央銀行によって異なる点としては、1.日中流動性供与の法形式(当座貸越とする中央銀行と、現先売買<レポ>とする中央銀行とに分かれる)や、2.日中流動性の供与条件(欧州の中央銀行のように無料であるが担保を徴求する場合と、米国のように原則として無担保であるが有料とする場合とに分かれる)が挙げられる。

5.RTGSの下における決済の姿

ここでは、RTGSの下における中央銀行の当座預金決済が、概略どのように行われているかについて、主として米国の例を踏まえて簡単に紹介してみたい。

(1)RTGSの下における秩序

「決済時点」というものが存在しないRTGSの下では、様々な決済が、中央銀行の資金決済サービスが提供されている時間帯(わが国の場合は現行午前9時から午後5時まで)の中で全くランダムに行われ、日中における金融機関の資金繰りが混乱するのではないかと想像する向きがあるかも知れない。しかし、実際には市場関係者の間で、決済の対象となる取引の種類ごとに「一定の時間帯を目処に」という慣行が定着し、一定の秩序が作り出されている(例えば米国では、フェデラル・ファンド取引の決済が朝夕の一定時間帯、国債レポ取引の決済は午前中の一定時間帯に集中して行われている)。なお、決済が一定の時間帯に集まっても、「時点ネット決済」のように特定の時刻に受払差額を算出・決済するわけではないため、RTGSのメリットは些かも損われない。

(2)民間決済システムの受払い尻の決済方法

民間決済システムによって算出された各金融機関の受払い尻が、中央銀行における当座預金決済によって最終的に決済されるという点は、中央銀行の当座預金決済がRTGS化された場合でも同じである。
RTGSの下における民間決済システムの受払い尻の決済方法の一例として、米国の中央銀行が民間システム「CHIPS」(わが国の外為円決済制度にほぼ相当)の算出した受払い尻を如何に決済しているかについてみてみよう(下図参照)。

米国中央銀行におけるCHIPS受払い尻の決済方法 [PDF 192KB]

図に示したように、CHIPSの算出した各行の受払い尻を決済するため、中央銀行内にCHIPSの「受皿口座」が設けられている。まず、受払い尻が「支払超」の銀行が、定められた時刻までに支払超額を「受皿口座」に振り替える。全ての「支払超」銀行が「受皿口座」に入金し終わると、今度は「受取超」の銀行に対し、「受皿口座」からの払い出しが行われている。

(3)証券DVPの決済

証券の売買取引の決済において、「証券の受渡し」と「売買代金の中央銀行当座預金での決済」とを1件ごとにヒモづけし、「一方が行われない場合には他方も行われない」という条件を確保しつつ、証券と資金を決済するメカニズムがDVP(Delivery Versus Payment)である。
中央銀行の当座預金決済がRTGS化された場合、証券売買代金の決済も1件ごとに独立して行われることとなるから、証券の受渡しも時点ネット決済せずRTGS化して、1件ごとのヒモづけを確保していくことが考えられる。
しかしながら、米国国債を含め頻繁に売買される証券については、取引1件ごとにRTGSベースのDVPを行おうとすると、「Aからの証券の受取が未了なのでCに証券の引渡しを行えない」というケースが多発する惧れがある。そのようなRTGSベースのDVPを実現するためには、随時必要な玉を調達できる市場が存在するとか、DVP決済を行う前の段階で国債売買取引のネッティングが行われるなどの環境が整備される必要がある。米国国債については実際にこうした条件が満たされた上でRTGSベースのDVPが行われている。