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経済・物価情勢の展望(2005年10月)

2005年10月31日
日本銀行

【基本的見解】1

(経済・物価情勢の見通し)

 わが国経済は、昨年後半以降続いてきた景気の「踊り場」を脱し、回復を続けている。前回(4月)の「経済・物価情勢の展望」(展望レポート)で示した「経済・物価情勢の見通し」と比べると、輸出が幾分下振れたが、国内民間需要がそれ以上に上振れており、全体としては、上振れて推移している。「踊り場」のきっかけとなったIT関連分野における生産・在庫調整は、ほぼ終了したとみられる。

 2005年度後半から2006年度までを展望すると、わが国経済は、潜在成長率を幾分上回るペースで、息の長い成長を続けると予想される。そうした予想の背景には、以下のような前提やメカニズムを想定している。第1に、海外経済は引き続き拡大し、そのもとで輸出は増加を続けるとみられる。第2に、企業部門の好調が続くとみられる。企業収益は3年連続の増益の後も改善を続けており、設備投資は、過剰設備・過剰債務の調整が概ね終了する中で、引き続き増加していくと予想される。第3に、こうした企業部門の好調は、賃金や雇用の増加に加え、配当の増加や株価の上昇なども通じて、家計部門にも波及しつつあり、これを反映して、個人消費は着実な回復を続けるとみられる。第4に、極めて緩和的な金融環境が民間需要を後押しするとみられる。金融機関の貸出態度は積極化し、資金調達ルートも多様化しているもとで、企業の資金繰りは大幅に緩和している。中小企業設備投資や住宅投資の増加には、そうした金融環境も影響しているとみられる。

 もっとも、わが国経済はバブル崩壊以降長く低成長を続けてきただけに、企業は設備投資などストックの積み上げに対し大枠としてなお慎重な態度を維持している。企業行動をみると、最近は、債務返済だけでなく設備投資や投融資などのかたちでもキャッシュフローの有効活用に取り組み始めているが、売上げや生産の増加に対応して在庫や設備のストックを大幅に積み上げることには、なお慎重であるように窺われる。こうした企業行動の結果として、景気回復のペースは緩やかなものとなるが、半面、ストック面での過剰な積み上がりが回避されることを通じて、息の長い回復が続いていくことが期待できる。

 こうした経済の見通しのもとで、物価を巡る環境も徐々に変化していくと考えられる。経済全体としての需給ギャップは、前述のような景気見通しのもとで、緩やかに改善していくとみられる。企業の設備や雇用人員に関する判断は、過去十数年の中で最も不足方向に変化してきている。ユニット・レーバー・コストの動きをみると、生産性の上昇による押し下げが続く一方、賃金が上昇に転じてきているため、その低下幅は縮小していくと予想される。この間、企業や家計の物価見通しも徐々に上振れてきている。

 物価指数に即してみると、国内企業物価は、原油をはじめとする内外商品市況の上昇などから、「見通し」対比上振れて、やや大幅な前年比プラスが続いている。先行きは、原油価格をはじめ、内外の商品市況にも左右されるが、2005年度はやや大幅な上昇となり、2006年度は、そのテンポが鈍化するものの、上昇を続けるとみられる。

 消費者物価(全国、除く生鮮食品)についてみると、概ね前回の「見通し」に沿って推移しており、米価格の下落や電気・電話料金の引き下げといった特殊要因の影響がなお続くもとで、前年比は小幅のマイナスで推移している。今後年末にかけてこれら特殊要因が剥落していく過程で、消費者物価の前年比はゼロ%ないし若干のプラスに転じていくと予想される。その後も、需給ギャップが緩やかな改善を続け、ユニット・レーバー・コストからの下押し圧力が減じていくもとで、前年比のプラス基調が定着していくと考えられる。このような動きを受けて、2005年度の前年比はゼロ%近傍、2006年度はプラスとなるとみられる。

(上振れ・下振れ要因)

 以上述べた「見通し」は、前述の前提やメカニズムに依拠している。したがって、先行きの経済情勢については、特に以下のような上振れまたは下振れの要因があることに留意する必要がある。

 第1に、原油価格の動向である。原油価格は、昨年以降、高騰が続いており、足もとも既往最高値圏で推移している。今回の高騰の主たる原因の一つは、エマージング諸国の高成長などを背景とする世界的な需要増であり、その限りで原油高と世界経済の拡大は両立しうる面がある。もっとも、今後、供給面の制約の強まりなどから原油価格がさらに上昇する場合には、非産油国における実質購買力の減少や、後述する世界的なインフレ懸念の台頭とそのもとでの金利の上昇等を通じて、内外経済に悪影響が及ぶ可能性がある。

 第2に、米国をはじめとする海外経済の動向である。米国では、慎重なペースながら金利引き上げが行われているもとで、インフレ心理が総じて抑制されている。金融環境をみると、長期金利が低位安定し、信用スプレッドも縮小した状態が続くなど、緩和的な状況が維持されている。こうした金融環境は、住宅価格の上昇を伴いながら、家計部門の堅調な支出、ひいては景気の拡大を支えてきた。仮にインフレ懸念の強まりなどを契機に、緩和的な金融環境に変調が生じ、こうした構図が崩れる場合には、米国経済の成長が鈍化するだけでなく、国際的な資金フローの変調などを通じて、世界経済全体に悪影響が及ぶリスクがある。

 海外経済の想定外の減速など大きな外的ショックが発生した場合、国内民間需要が堅調に推移しているわが国経済も、景気の減速を余儀なくされる可能性がある。

 第3に、国内民間需要の動向である。上述のとおり、「見通し」は大枠として慎重な企業行動が続くことを前提にしている。しかし、企業財務面では、負債の圧縮が進み、自己資本比率が高まっている中で、資産収益率はバブル期並みの高水準となっており、負債コストが極めて低位にあることとあいまって、良好な投資環境が整ってきている。この間、景気回復が続く中で金利面からの刺激効果は強まる方向にあり、この先、企業が先行きに対して自信を深める場合には、投資行動をより積極化させる可能性があるほか、雇用者所得や配当の増加等を通じて企業から家計への所得波及が強まっていけば、家計の支出行動も積極化し、経済の回復テンポがより強まると考えられる。

 物価の先行きについても、上振れ・下振れ両方向の要因がある。経済活動水準の変動についての上述のような上振れ・下振れ要因が顕在化した場合、物価にも相応の影響を及ぼすとみられる。物価に固有のリスク要因としては、第1に、原油価格をはじめとする国際商品市況の不確実性が挙げられる。これらは、先行きの物価に対して、上振れ・下振れ両方向の要因となりうるものである。第2に、経済活動が物価に与える影響については、近年、その関係が弱まっているが、需給の改善が長く続いていく中で、インフレ心理が予想以上に高まる可能性がある。そうした場合には、企業がこれまでのコスト上昇分も含めて販売価格に転嫁する動きが強まることも考えられ、物価の先行きに対して上振れ要因となりうる。第3に、規制緩和の影響などによって企業間競争が一段と強まる場合には、物価に対する下振れ要因となりうる。

(金融政策運営)

 日本銀行は、量的緩和政策のもとで、極めて潤沢な資金供給を続けてきている。量的緩和政策の枠組みは、日本銀行が、金融機関が準備預金制度等により預け入れを求められている額を大幅に上回る日本銀行当座預金を供給することと、そうした潤沢な資金供給を消費者物価指数(全国、除く生鮮食品)の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上となるまで継続することを約束することから成り立っている。

 潤沢な資金供給は、金融システムに対する不安感が強かった時期において、金融機関の流動性需要に応えることによって、金融市場の安定や緩和的な金融環境を維持し、経済活動の収縮を回避することに大きな効果を発揮した。金融市場では、潤沢な資金供給により短期金利の水準がゼロとなるとともに、物価の小幅下落が続くもとでは、上記の「約束」がゼロ金利の継続予想を生み出し、長めの金利が低位安定的に推移してきた。しかし、現在では、金融システム不安は大きく後退している。また、物価が下落から上昇に転じるとの見方が増加し、市場参加者が予想する量的緩和政策の継続期間も短縮しており、その結果、やや長めの金利形成において「約束」の果たす役割は徐々に後退する方向にある。そうしたもとで、量的緩和政策の経済・物価に対する刺激効果は、次第に短期金利がゼロであることによる効果が中心になってきている。

 日々の金融市場調節の場である短期金融市場をみると、金融システム不安の後退を背景に、金融機関の予備的な流動性需要は大幅に後退している。資金需要が極めて弱い場合には、調節運営上の対応により当座預金残高目標を維持するとしても、その方法如何によっては、自然な金利形成からの乖離をもたらし、市場機能が十分に発揮されなくなる可能性も否定できない。日本銀行では、こうした情勢を踏まえ、5月以降、金融機関の資金需要が極めて弱いと判断される場合には当座預金残高が一時的に目標値を下回ることを許容している。最近では、景況感が改善するもとで、期間が長い資金供給オペレーションに対する金融機関の応札が増加しており、このため、本年初以降大幅に長期化したオペレーションの期間を幾分短期化しても、当座預金残高目標の達成が可能となっている。これらの対応は、金融市場において経済・物価情勢を反映した自然な価格形成がある程度回復することに寄与している。

 今回の展望レポートの経済・物価見通しが実現することを前提とすると、現在の金融政策の枠組みを変更する可能性は、2006年度にかけて高まっていくとみられる。枠組みの変更は、日本銀行当座預金残高を所要準備の水準に向けて削減し、金融市場調節の主たる操作目標を日本銀行当座預金残高から短期金利に変更することを意味する。当座預金残高の削減に当たっては、長期にわたって量的緩和政策が続けられてきただけに、金融市場の状況を十分に点検しながら行う必要がある。もっとも、前述のように、物価見通しの好転とともに、量的緩和政策の効果は次第に短期金利がゼロであることによる効果が中心になってきていることを踏まえると、政策の枠組みの変更自体は、政策効果について非連続的な変化を伴うものではない。枠組み変更後のプロセスを概念的に整理すると、極めて低い短期金利の水準を経て、次第に経済・物価情勢に見合った金利水準に調整していくという順序をたどることになると考えられる。

 こうした枠組みの変更やその後の短期金利の水準・時間的経路については、言うまでもなく先行きの経済・物価の展開や金融情勢に大きく依存する。日本銀行としては、経済がバランスのとれた持続的な成長過程をたどる中にあって物価の上昇圧力が抑制された状況が続いていくと判断されるのであれば、全体として、余裕をもって対応を進められる可能性が高いと考えている。

 量的緩和政策の導入と同様、枠組みの変更も先例のないものであるだけに、金融市場において経済・物価情勢に応じた価格形成が円滑に行われるよう配慮することが重要である。日本銀行としては、物価安定のもとでの持続的な経済成長を実現していくため、金融経済情勢に関する判断や金融政策運営に関する基本的な考え方を丁寧に説明し、期待の安定化に努めるとともに、今後の情勢変化に応じて適切かつ機動的に対応していく方針である。

  1. 10月31日開催の政策委員会・金融政策決定会合で決定されたものである。

以上

(参考)

▽政策委員の大勢見通し 2,3

対前年度比、%。なお、< >内は政策委員見通しの中央値。

  • 図
  • (注)政策委員の見通しを作成するに当たっては、先行きの金融政策運営について、不変を前提としている。
  1. 2「大勢見通し」は、各政策委員が最も蓋然性の高いと考える見通しの数値について、最大値と最小値を1個ずつ除いて、幅で示したものであり、その幅は、予測誤差などを踏まえた見通しの上限・下限を意味しない。
  2. 3政策委員全員の見通しの幅は下表のとおりである。

対前年度比、%。

  • 図