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政策委員会 金融政策決定会合 議事要旨 (2023年4月27、28日開催分)

2023年6月21日
日本銀行

本議事要旨は、日本銀行法第20条第1項に定める「議事の概要を記載した書類」として、2023年6月15、16日開催の政策委員会・金融政策決定会合で承認されたものである。

開催要領

1.開催日時:
2023年4月27日(14:00から16:26)
 
4月28日( 9:00から12:53)
2.場所:
日本銀行本店
3.出席委員:
議長 植田和男 (総裁)
  • 氷見野良三(副総裁)
  • 内田眞一 ( 副総裁 )
  • 安達誠司 (審議委員)
  • 中村豊明 ( 審議委員 )
  • 野口 旭 ( 審議委員 )
  • 中川順子 ( 審議委員 )
  • 高田 創 ( 審議委員 )
  • 田村直樹 ( 審議委員 )
4.政府からの出席者:
  • 財務省 奥 達雄 大臣官房総括審議官(27日)
  • 秋野公造 財務副大臣(28日)
  • 内閣府 井上裕之 内閣府審議官(27日)
  • 藤丸 敏 内閣府副大臣(28日)
(執行部からの報告者)
  • 理事 清水季子
  • 理事 貝塚正彰
  • 理事 高口博英
  • 理事 清水誠一
  • 企画局長 中村康治
  • 企画局政策企画課長 中嶋基晴
  • 金融機構局長 正木一博
  • 金融市場局長 藤田研二
  • 調査統計局長 大谷 聡
  • 調査統計局経済調査課長 長野哲平
  • 国際局長 神山一成
(事務局)
  • 政策委員会室長 千田英継
  • 政策委員会室企画役 木下尊生
  • 企画局企画役 安藤雅俊
  • 企画局企画役 丸尾優士
  • 企画局企画役 長田充弘

1.金融経済情勢に関する執行部からの報告の概要

1.最近の金融市場調節の運営実績

金融市場調節は、前回会合(3月9、10日)で決定された短期政策金利(-0.1%)および長期金利操作目標(注)に従って、国債買入れを行った。また、前回会合で決定された長短金利操作の運用方針に従って、10年物国債を対象とする0.5%の利回りでの固定利回り方式による国債買入れ(指値オペ)を毎営業日実施した。このほか、チーペスト銘柄を対象とする指値オペを毎営業日実施した。これらの金融市場調節のもとで、10年物国債金利はゼロ%程度で推移している。前回会合以降のイールドカーブをみると、主に中長期と超長期の年限において金利が低下する中、総じてスムーズな形状となっている。

前回会合で決定された資産買入れ方針に従って、ETFやJ-REIT、CP・社債等の買入れを運営した。また、企業等の資金繰り支援のための措置として、新型コロナウイルス感染症対応金融支援特別オペ(コロナオペ)を実施した。さらに、より幅広い資金繰りニーズに応える観点から、共通担保資金供給オペを金額に上限を設けず実施した。

この間、国際的な協調行動として、日本銀行を含む米ドル資金供給オペを実施している中央銀行は、3月20日以降、1週間物の実施頻度を週次から日次に引き上げた。その後、4月25日に、米ドル資金調達環境の改善や米ドル資金供給オペにおける需要の低さに鑑み、5月からは週次での実施に戻すことを公表した。

2.金融・為替市場動向

短期金融市場では、金利は、翌日物、ターム物とも、総じてマイナス圏で推移している。翌日物金利のうち、無担保コールレートは-0.033から-0.005%程度、GCレポレートは-0.328から-0.088%程度で推移している。ターム物金利をみると、短国レート(3か月物)は、期間を通じてみれば、概ね横ばいとなった。

わが国の株価(TOPIX)は、幾分下落した。長期金利(10年物国債金利)は、長短金利操作のもとで、ゼロ%程度で推移している。為替相場をみると、円の対ドル相場は、日米金利差の縮小などを背景に、円高方向の動きとなった。この間、円の対ユーロ相場は、円安方向の動きとなった。

3.海外金融経済情勢

海外経済は、回復ペースが鈍化している。中国では、経済活動の正常化に向けた動きが続くもとで、サービス業を中心に持ち直しているほか、欧州では、エネルギー供給懸念が緩和していることに伴い、製造業では生産が増加に転じている。ただし、高インフレや利上げが、先進国経済に対して引き続き下押し圧力となっている。

地域別にみると、米国経済は、個人消費に底堅さもみられるが、物価上昇やFRBによる利上げの継続を受けて、減速傾向が続いている。欧州経済は、ひと頃に比べてエネルギー供給懸念は緩和しているものの、ウクライナ情勢の影響が続くもとで、緩やかに減速している。中国経済は、経済活動の正常化に向けた動きがみられており、持ち直している。中国以外の新興国・資源国経済は、内需の緩やかな改善が続いているものの、IT関連財を中心に輸出が減速しており、総じてみれば改善ペースが鈍化している。

先行きの海外経済は、世界的なインフレ圧力が残存し、各国中央銀行による利上げが続く中、ウクライナ情勢も重石となり、当面、回復ペースが鈍化した状態が続くとみられる。その後は、インフレ圧力が次第に減衰し、中国における経済活動の正常化も進むもとで、徐々に持ち直していくとみられる。先行きの見通しを巡っては、世界的なインフレ圧力のほか、ウクライナ情勢の帰趨や中国経済の動向について、不確実性がきわめて高い。

海外の金融市場をみると、米欧の長期金利は、米欧の一部金融機関を巡る問題などを受け、市場参加者の政策金利に関する見通しが下振れるもとで、低下した。先進国の株価は、期間を通じてみれば、米国では上昇し、欧州では概ね横ばいとなった。この間、新興国通貨は、米国金利の低下を背景に、多くの国で上昇した。原油価格は、概ね横ばいとなった。

4.国内金融経済情勢

(1)実体経済

わが国の景気は、既往の資源高の影響などを受けつつも、持ち直している。先行きについては、今年度半ば頃にかけては、既往の資源高や海外経済の回復ペース鈍化による下押し圧力を受けるものの、ペントアップ需要の顕在化などに支えられて、緩やかに回復していくとみられる。

輸出や生産は、海外経済の回復ペース鈍化の影響を受けつつも、供給制約の影響の緩和に支えられて、横ばい圏内の動きとなっている。先行きは、今年度半ば頃にかけては、海外経済の回復ペース鈍化の影響を受けつつも、供給制約の影響が和らぐことなどから、横ばい圏内で推移するとみられる。その後は、海外経済が持ち直していくもとで、増加基調に復していくと予想される。

企業収益は、全体として高水準で推移している。業況感は、横ばいとなっている。設備投資は、緩やかに増加している。先行きの設備投資は、企業収益が全体として高水準を維持するもとで、緩和的な金融環境などを背景に、増加を続けると予想される。

個人消費は、物価上昇の影響を受けつつも、緩やかに増加している。消費活動指数(実質・旅行収支調整済)をみると、昨年10から12月に全国旅行支援による押し上げもあって緩やかに増加したあと、1から2月の10から12月対比も小幅に増加している。企業からの聞き取り調査や高頻度データに基づくと、3月以降の個人消費は、物価上昇の影響を受けつつも、感染症の影響が一段と和らぐもとで、春季労使交渉等も踏まえて所得環境の改善がよりはっきりしつつあることもあって、緩やかな増加傾向を続けているとみられる。先行きは、物価上昇の影響を受けつつも、名目雇用者所得の改善が続くもとで、行動制限下で積み上がった貯蓄にも支えられて、緩やかな増加を続けると予想される。

雇用・所得環境は、全体として緩やかに改善している。労働力調査の就業者数をみると、正規雇用は、人手不足感の強い医療・福祉や情報通信等を中心に緩やかな増加傾向を辿っている。非正規雇用も、対面型サービス業や医療・福祉を中心に緩やかに増加している。一人当たり名目賃金は、経済活動全体の持ち直しを反映して、緩やかに増加している。春季労使交渉について、これまで明らかになった経営側からの回答をみると、2023年の定昇を含む賃上げ率は3%台後半と、前年の2%程度から大きく上昇し、1993年以来の水準となっている。先行きの雇用者所得は、名目賃金の伸び率上昇を反映して、増加を続けると考えられる。実質ベースでは、今年度半ばにかけて物価上昇率が低下し、名目雇用者所得も改善していくもとで、徐々にプラスに転化していくと見込まれる。

物価面について、商品市況は、商品ごとにばらつきを伴いながら、総じてみれば横ばい圏内で推移している。国内企業物価の3か月前比は、既往の資源高や為替円安の影響が徐々に和らぐもとで、政府による電気・ガス代の負担緩和策の効果もあって、小幅の下落に転じている。消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、政府の経済対策によるエネルギー価格の押し下げ効果などによって、ひと頃に比べればプラス幅を縮小しているものの、輸入物価の上昇を起点とする価格転嫁の影響から、足もとは3%程度となっている。予想物価上昇率は、上昇したあと、このところ横ばいとなっている。先行きの消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、輸入物価の上昇を起点とする価格転嫁の影響が減衰していくもとで、今年度半ばにかけて、プラス幅を縮小していくと予想される。

(2)金融環境

わが国の金融環境は、企業の資金繰りの一部に厳しさが残っているものの、全体として緩和した状態にある。

資金需要面では、経済活動の持ち直しや既往の原材料コスト高を受けた運転資金需要の高まりから、緩やかに増加している。資金供給面では、企業からみた金融機関の貸出態度は、緩和した状態にある。CP市場では、良好な発行環境となっている。社債市場では、発行年限を短期化する動きもみられるが、発行スプレッドの拡大は一服しており、総じて良好な発行環境となっている。企業の資金調達コストは、きわめて低い水準で推移している。こうした中、銀行貸出残高の前年比は、3%台前半となっている。CP・社債計の発行残高の前年比は、プラス幅を縮小し、3%程度となっている。企業倒産は低水準で推移している。企業の資金繰りは、一部に厳しさが残っているものの、経済活動の持ち直しに支えられて、全体として改善した状態にある。

この間、マネタリーベースは、コロナオペの残高が減少した一方、長期国債買入れが増加したことから、前年比マイナス幅は縮小している。マネーストックの前年比は、2%台半ばのプラスとなっている。

(3)金融システム

わが国の金融システムは、全体として安定性を維持している。

大手行の収益は、海外金利上昇を背景とした有価証券関係損益の悪化がみられるものの、貸出残高の増加による資金利益の改善や、手数料収入の増加などから、堅調に推移している。信用コストは、総じてみれば低水準となっている。自己資本比率は、引き続き規制水準を十分に上回っている。

地域銀行の収益は、資金利益や非資金利益が増加しているものの、海外金利上昇を背景とした有価証券関係損益の悪化などから、横ばい圏内の推移となっている。信用コストは、低水準となっている。自己資本比率は、引き続き規制水準を十分に上回っている。

この間、米欧の銀行部門を巡る不確実性の高まりがわが国の金融システムへ及ぼす影響は、限定的であるとみられる。金融機関は、いずれの業態でも、十分な自己資本を有している。資金調達面をみても、円貨については個人預金など安定的な資金調達基盤を確保している。外貨についても、預金や中長期円投などの調達比率を高めることにより資金調達基盤の安定が図られているもとで、足もとの資金繰りにも特段の問題はみられていない。このように、わが国の金融機関は、適切な金融仲介機能を発揮しうる充実した資本基盤と安定的な資金調達基盤を有している。

金融循環面では、金融システムレポートで示しているヒートマップを構成する全14指標のうち、実体経済活動との対比でみた金融機関の与信量等の2指標について、過熱方向にトレンドから乖離した状態となっている。これは、手元資金を厚めに確保しようとする企業の行動を主な要因としており、金融活動の過熱感を表すものとはみられない。ただし、金融機関与信が実体経済活動から大きく乖離することがないか、引き続き注視する必要がある。

2.金融経済情勢と展望レポートに関する委員会の検討の概要

1.経済・物価情勢の現状

国際金融資本市場について、委員は、3月に米欧の一部金融機関を巡る問題の影響などにより、市場センチメントが悪化する局面もみられたものの、米欧金融当局による迅速な対応などを受けて、市場は落ち着きを取り戻しつつあるとの見方を共有した。そのうえで、委員は、世界的なインフレ圧力や各国中央銀行の金融政策の動向などを巡る不確実性が引き続き意識される中、市場センチメントはなお慎重化した状態にあるとの認識で一致した。

海外経済について、委員は、回復ペースが鈍化しているとの認識で一致した。ある委員は、今後、コロナ関連の政府支出減少の影響がどのように表れてくるか、不確実性が高いとの見方を付け加えた。

地域別にみると、米国経済について、委員は、個人消費に底堅さもみられるが、物価上昇やFRBによる利上げの継続を受けて、減速傾向が続いているとの認識を共有した。一人の委員は、今回の米国における一部地方銀行の破綻について、銀行部門で問題が生じたことは意外であったが、利上げによる金融引き締め効果が今後も様々な形で経済・金融面に波及すること自体は覚悟しておく必要があると述べた。そのうえで、この委員は、先行きのメインシナリオとしては、FRBが金融システムへの影響も含めた状況をみながら金融政策運営を行うもとで、マイルドな成長鈍化と緩やかなインフレ率の低下が見込まれるとの見方を示した。何人かの委員は、これまでの累積的な利上げの影響が、金融機関の融資スタンスやクレジット市場など金融システム面にも及んできている一方、労働需給の引き締まりから賃金を介して物価の高止まりが続いていると指摘し、FRBの政策運営を注視していると述べた。

欧州経済について、委員は、ひと頃に比べてエネルギー供給懸念は緩和しているものの、ウクライナ情勢の影響が続くもとで、緩やかに減速しているとの見方を共有した。複数の委員は、最終消費財の価格上昇や賃金上昇率の高さをみると、欧州での物価上昇圧力はなお強いと述べた。また、複数の委員は、ECBによる金融引き締めの影響が、金融システム面で顕現しないか、慎重にみていく必要があるとの見方を示した。

中国経済について、委員は、経済活動の正常化に向けた動きがみられており、持ち直しているとの認識で一致した。何人かの委員は、当面、サービス消費を中心としたペントアップ需要が期待できるものの、若年失業率の高止まりや不動産セクターにおける債務問題、地政学的リスクを受けた対中投資減少等の構造的な問題もあるため、先行きは、上下双方向に不確実性が高いとの見方を示した。このうち一人の委員は、中国の個人消費が弱いと、シリコンサイクルへの影響を通じて、わが国の輸出に対しても下押し圧力となりうると述べた。

中国以外の新興国・資源国経済について、委員は、内需の緩やかな改善が続いているものの、IT関連財を中心に輸出が減速しており、総じてみれば改善ペースが鈍化しているとの認識を共有した。一人の委員は、インド経済について、先行きも高成長が期待される中、製造業の投資先としての注目度が高まっていると述べた。

わが国の金融環境について、委員は、企業の資金繰りの一部に厳しさが残っているものの、全体として緩和した状態にあるとの見方で一致した。また、委員は、企業の資金調達コストはきわめて低い水準で推移しており、外部資金の調達環境も総じて良好な状態にあるという認識を共有した。ある委員は、米欧の一部金融機関の問題の影響から世界的に金利が低下したことが、結果的にイールドカーブの形状の歪みの解消に寄与していると指摘した。

以上のような海外の金融経済情勢とわが国の金融環境を踏まえて、わが国の経済・物価情勢に関する議論が行われた。

わが国の景気について、委員は、既往の資源高の影響などを受けつつも、持ち直しているとの見方を共有した。一人の委員は、海外経済の減速の影響から製造業はやや足踏みしている一方、インバウンド需要やペントアップ需要の高まりを受けて、非製造業の回復はしっかりしていると述べた。他方、別の一人の委員は、国内経済は全体として底堅く推移し、足もと、企業の設備投資意欲は維持されているが、個人消費は低めの伸びとなっていると述べた。

輸出や生産について、委員は、海外経済の回復ペース鈍化の影響を受けつつも、供給制約の影響の緩和に支えられて、横ばい圏内の動きとなっているとの認識で一致した。

設備投資について、委員は、緩やかに増加しているとの認識を共有した。ある委員は、設備投資の底堅さには、低水準の実質金利などの緩和的な金融環境や、高水準の企業収益が寄与しているとの見方を示した。

個人消費について、委員は、物価上昇の影響を受けつつも、緩やかに増加しているとの見方で一致した。複数の委員は、感染症の影響が和らぐもとで、サービス消費を中心に改善傾向にあると述べた。この点について、別の複数の委員は、ペントアップ需要は期待したほどには顕在化していないとの見方を示した。その背景について、このうち一人の委員は、物価高の影響が実質所得やマインド面を通じて消費を下押ししていると述べた。この委員は、旅行や外食などの選択的消費には良好な動きがみられる一方、4月の支店長会議において、多くの支店から、日用品を取り扱うスーパー等からは、物価高に伴う節約志向の高まりを指摘する声が聞かれているとの報告があったことを付け加えた。この間、ある委員は、消費の下押し要因として、飲食・宿泊では、労働力不足によるボトルネックも影響しているとの見方を示した。

雇用・所得環境について、委員は、全体として緩やかに改善しているとの見方で一致した。多くの委員は、今年の春季労使交渉において、事前の予想よりも高い賃上げ率が実現する見込みであると指摘した。複数の委員は、労働市場の流動化の進展や人手不足の影響もさることながら、昨年来の海外発の大幅な価格ショックを背景に、企業の物価や賃金に対する「ノルム」の転換に向けた動きがみられていると述べた。別の一人の委員は、中小企業においても、人材確保に向けた賃上げのほか、価格転嫁の実現により賃上げの原資を確保できたとの例も聞かれており、賃上げの動きの裾野が広がりつつあると指摘した。

物価面について、委員は、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、政府の経済対策によるエネルギー価格の押し下げ効果などによって、ひと頃に比べればプラス幅を縮小しているものの、輸入物価の上昇を起点とする価格転嫁の影響から、足もとは3%程度となっているとの評価で一致した。複数の委員は、消費者物価は、既往の資源・原材料価格上昇がタイムラグを伴って転嫁される動きが継続していると指摘した。別のある委員は、企業による販売価格引き上げの背景は、原材料価格の転嫁から、輸送費や電気代、さらには人件費の転嫁へと広がりをみせていると述べた。予想物価上昇率について、委員は、上昇したあと、このところ横ばいとなっているとの見方で一致した。

2.経済・物価情勢の展望

2023年4月の「経済・物価情勢の展望」(展望レポート)の作成にあたり、委員は、経済情勢の先行きの中心的な見通しについて議論を行った。委員は、わが国経済について、今年度半ば頃にかけては、既往の資源高や海外経済の回復ペース鈍化による下押し圧力を受けるものの、ペントアップ需要の顕在化に加え、緩和的な金融環境や政府の経済対策の効果などにも支えられて、緩やかに回復していく、今年度後半以降は、所得から支出への前向きの循環メカニズムが経済全体で徐々に強まっていく中で、潜在成長力を上回る成長を続ける、との認識を共有した。一人の委員は、ペントアップ需要の顕在化や高めの賃金上昇等が消費を下支えすることが期待されるほか、積極的な設備投資の継続も見込まれるとの見方を示した。そのうえで、この委員は、わが国経済の先行きにとっては、こうした動きがどれだけ強くみられるかが重要であると付け加えた。複数の委員は、海外経済の回復ペース鈍化による輸出や生産への影響はある程度続くものの、消費者マインドの改善やインバウンド需要の拡大、製造業の生産拠点の国内回帰、省力化投資の拡大をはじめ、様々な前向きな動きが見込まれると述べた。この間、一人の委員は、足もと、輸入物価の上昇を起点とする価格転嫁や、企業による賃上げの進展がみられるものの、これが物価・賃金・需要の間の持続的な好循環に繋がっていくためには、転職市場のさらなる活発化、企業の事業改善・再編・ビジネスモデルの転換をはじめとして、経済に幅広い構造的な変化が生まれていくことが重要であると指摘した。

わが国の輸出や生産について、委員は、海外経済の回復ペース鈍化の影響を受けつつも、供給制約の影響が和らぐことなどから、横ばい圏内で推移するとの見方で一致した。また、サービス輸出であるインバウンド需要は増加を続けるとの見方を共有した。

設備投資について、委員は、企業収益が全体として高水準を維持するもとで、緩和的な金融環境による下支えに加え、供給制約の影響の緩和もあって、人手不足対応やデジタル関連の投資、成長分野・脱炭素化関連の研究開発投資、サプライチェーンの強靱化に向けた投資を含めて、増加を続けるとの見方で一致した。ある委員は、感染症のもとで先送りされてきた投資の再開のほか、デジタル関連や省力化投資の増加などが見込まれると述べた。そのうえで、この委員は、中長期的には、人口減少に伴う国内市場の縮小の影響などが下押しに作用する可能性についても注意が必要であると指摘した。

個人消費について、委員は、物価上昇の影響を受けつつも、行動制限下で積み上がってきた貯蓄にも支えられたペントアップ需要の顕在化を主因に、緩やかな増加を続けるとの見方で一致した。また、今年度後半以降は、ペントアップ需要の顕在化ペースの鈍化や政府の各種施策による下支え効果の減衰によってペースを鈍化させつつも、雇用者所得の増加に支えられて、個人消費は増加を続けるとの見方を共有した。一人の委員は、高い賃上げ率は消費マインドの改善などにも繋がり得るとの見方を示した。ある委員は、企業の構造改革が進み、家計の将来への期待が高まれば、感染症の影響下で高まった貯蓄率は平時に戻り、個人消費の持続的な押し上げが期待されると述べた。一方、別のある委員は、物価上昇による家計の金融資産の目減りや低調な実質賃金、将来不安の重石もある中、ペントアップ需要が、感染症の影響下で控えていた分まで取り戻すほどに顕在化するかどうかには不確実性があるとの見方を示した。

雇用者所得について、委員は、経済活動の改善を背景に、正規・非正規ともに雇用が増加していくことに加え、労働需給の引き締まりや物価上昇を反映して賃金上昇率も高まることから、増加を続けるとの見方を共有した。そのうえで、委員は、今年の春季労使交渉における賃上げの状況やその含意について議論を行った。一人の委員は、来年以降も賃上げの動きが定着していくかどうかが重要であり、物価対比で十分な賃金上昇が続くか、それが個人消費を支えていけるか、注視していきたいと述べた。この点に関し、ある委員は、人手不足が強まる中、来年も高い賃上げが期待できるとの見解を示した。別のある委員も、今年度初任給を引き上げた企業は、賃金カーブ全体の形状を維持する観点もあって、来年度もそれなりの賃上げを想定しているのではないかとの見方を示した。複数の委員は、4月の支店長会議においても、様々な地域で、人手不足などを背景に賃上げ率を引き上げる動きがみられているという報告があったと指摘した。この間、一人の委員は、今年の賃上げ率には一時的な増加という面もあるとの見方を示した。そのうえで、この委員は、原材料高への対応として、価格転嫁が有力な選択肢として加わりつつあるが、物価上昇に負けない賃上げを持続するためには、長年の課題である事業・賃金構造の改革を通じて、中小企業の輸出拡大を含め、企業の国際競争力と稼ぐ力を強化していくことが必要であり、労働市場改革への企業の対応や構造改革の動向に注目していると述べた。

こうした議論を経て、委員は、中心的な成長率の見通しは、本年1月の展望レポート時点と比べると、2022年度と2023年度は、個人消費を中心に下振れ、2024年度は概ね不変との認識を共有した。

続いて、委員は、物価情勢の先行きの中心的な見通しについて議論を行った。委員は、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、現在2%を上回って推移しているが、輸入物価の上昇を起点とする価格転嫁の影響が減衰していくため、今年度半ばにかけて、プラス幅を縮小していく可能性が高い、その後は、マクロ的な需給ギャップが改善し、企業の価格・賃金設定行動などの変化を伴う形で中長期的な予想物価上昇率や賃金上昇率も高まっていくもとで、振れを伴いながらも、再びプラス幅を緩やかに拡大していくとの見方を共有した。一人の委員は、人手不足による人件費上昇や海外のインフレの影響もあって、物価は、当面、上昇を続けるとの見方を示した。別の一人の委員は、販売価格を引き上げて、賃上げや人手不足対応の投資の原資とするような動きもみられてきており、物価と賃金の前向きの循環に向けた兆しがみえつつあるとの見方を示した。この間、複数の委員は、物価上昇率がプラス幅を縮小したあと再び2%に向けて上昇していくには、賃金動向や企業の成長期待、中長期の予想物価上昇率などの基調的な要素が改善し、サービス価格をはじめとする粘着的な価格が上昇していく必要があるとの見解を示した。この点について、一人の委員は、サービス価格は、賃金上昇などを背景に今後伸び率が高まる可能性があると指摘した。別の一人の委員は、ベアによる恒常的な所得上昇は、コストプッシュ要因に比べて消費者物価をより持続的に押し上げるほか、一時的な所得上昇に比べて消費性向の押し上げ効果が高いとみられるため、賃金と物価の持続的な好循環に繋がりやすいとの見解を示した。何人かの委員は、企業の価格設定スタンスに変化はみられているものの、既に輸入物価がピークアウトしていることや、わが国では需要超過を受けて販売価格を引き上げる動きが米欧ほどにはみられていないことなどを踏まえると、米欧のように物価上昇率が高止まりする可能性は大きくないとの見方を示した。

この間、エネルギー価格の変動の直接的な影響を受けない消費者物価(除く生鮮食品・エネルギー)の前年比について、多くの委員は、2023年度は2%台半ば、2024年度と2025年度は1%台後半となるとの見方を示した。

こうした議論を経て、委員は、中心的な物価の見通しは、本年1月の展望レポート時点と比べると、賃金の上振れなどから、2023年度、2024年度ともに幾分上振れているとの認識を共有した。

次に、委員は、経済・物価の見通しのリスク要因(上振れ・下振れの可能性)について議論を行った。委員は、海外の経済・物価動向、今後のウクライナ情勢の展開や資源価格の動向など、わが国経済を巡る不確実性はきわめて高いとの認識で一致した。また、そのもとで、金融・為替市場の動向やそのわが国経済・物価への影響を、十分注視する必要があるとの見方を共有した。

そのうえで、経済の主なリスク要因として、委員は、(1)海外の経済・物価情勢と国際金融資本市場の動向、(2)ウクライナ情勢の展開やそのもとでの資源・穀物価格の動向、(3)企業や家計の中長期的な成長期待の3点を挙げた。

このうち、「海外の経済・物価情勢と国際金融資本市場の動向」について、委員は、米欧の物価上昇率はひと頃に比べれば低下しているものの、依然として世界的にインフレ圧力が続くもとで、各国中央銀行は利上げを継続しており、国際金融資本市場では、インフレの抑制と経済成長の維持が両立できるかが懸念されているとの認識を共有した。ある委員は、特に、米国における金融引き締めなどの影響および、中国における雇用・所得環境や不動産市場における調整の可能性などに注目していると述べた。また、米欧の一部金融機関の経営を巡る不確実性などにより、市場のリスクセンチメントが悪化する局面がみられた点について、何人かの委員は、一部金融機関を巡る問題は、各国当局による迅速な対応によって収束しつつあるが、米欧における金融引き締めの影響は、金融システム面を含めて様々な経路で表れる可能性があり、今後も注視していく必要があると指摘した。

この間、委員は、前回1月の展望レポートで主なリスク要因の一つとして挙げていた「内外における新型コロナウイルス感染症が個人消費や企業の輸出・生産活動に及ぼす影響」について、政府が5月8日に新型コロナウイルス感染症の感染症法上の分類を季節性インフルエンザ等と同じ「5類」に変更することや、感染症によって内外経済・金融市場が影響を受けるリスクが低下したことを踏まえ、今回は記述を落とすことが適当であるとの認識で一致した。

物価のリスク要因について、委員は、上記の経済のリスク要因が顕在化した場合には、物価にも影響が及ぶほか、物価固有のリスク要因として、(1)企業の価格・賃金設定行動や、(2)今後の為替相場の変動や国際商品市況の動向、およびその輸入物価や国内価格への波及には注意が必要であるとの認識で一致した。ある委員は、マクロ的な需給ギャップが改善し、予想物価上昇率や賃金上昇率も高まっていくもとで、2%の「物価安定の目標」に近づいていくとみているが、時間がかかるほか、先行きの不確実性も大きいとの見解を示した。別のある委員は、人手不足の深刻化等を受けて、来年度以降の企業の賃上げ率や販売価格、さらには中長期的な予想物価上昇率が上振れるリスク、世界経済が想定以上に減速する等によって物価が下振れるリスクの双方に注意すべきであると述べた。一人の委員は、家計の節約志向の高まりや低調な実質賃金などを考えると、先行き、物価は2%をかなり下回る水準まで低下し、そのまま2%に戻らなくなるというシナリオにも注意しておく必要があるとの見方を示した。

リスクバランスについて、委員は、経済の見通しについては、2023年度は下振れリスクの方が大きいが、その後は概ね上下にバランスしているとの見方で一致した。また、物価の見通しについては、2023年度は上振れリスクの方が大きいが、2025年度は下振れリスクの方が大きいとの見方で一致した。

3.金融政策運営に関する委員会の検討の概要

以上のような金融経済情勢に関する認識を踏まえ、委員は、金融政策運営に関する議論を行った。

先行きの金融政策運営の基本的な考え方について、委員は、経済・物価情勢を踏まえると、現行の金融緩和を継続することにより、賃金の上昇を伴う形で「物価安定の目標」を持続的・安定的に達成することが重要であるとの見解で一致した。何人かの委員は、先行きの物価上昇率は一旦低下すると見込まれるほか、海外経済の不確実性も高いこと、今後の賃上げの持続性や中長期的な予想インフレ率の動向についての評価はまだ難しいことなども踏まえると、現行の金融緩和を継続することが適当であるとの見解を示した。ある委員は、2%の「物価安定の目標」の持続的達成のためには、賃金上昇を伴う形で実現する必要があると指摘した。そのうえで、この委員を含む複数の委員は、今年の春季労使交渉では事前の予想以上の賃上げが実現する見通しであるが、名目賃金上昇率が物価対比で十分に高まるよう、金融緩和の維持によって賃上げのモメンタムをしっかりと支え続けることが必要であると述べた。ある委員は、物価見通しは幾分上振れているが、「2%を超えるインフレ率が持続してしまうリスク」より、「拙速な金融緩和の修正によって2%実現の機会を逸してしまうリスク」の方がずっと大きいと述べた。別のある委員も、高い物価上昇率が続く可能性にも当面注意していく必要があるが、2%をかなり下回ったまま戻らなくなるシナリオの方が、中期的にはより重要と思われるとの見方を示した。そのうえで、これらの委員は、効果と副作用の両面に目配りしつつ、粘り強く金融緩和を続けていくべきであるとの見解を示した。別のある委員も、2%の「物価安定の目標」の実現は視野に入ってきたと思うが、上下双方向にリスクがあり、当面は、金融緩和の継続が適当であるとの見解を示した。この間、一人の委員は、わが国経済には、賃金と物価の好循環の兆しが表れはじめており、政策対応が後手に回らないよう、基調判断を適切に行う必要があると述べた。別の一人の委員は、超低金利が経済主体の行動様式に組み込まれている状況下、金利の急変動は避ける必要があり、物価や賃金の動向を謙虚に見つめ、早すぎず遅すぎず対応することが必要であるとの見解を示した。ある委員は、これまで、家計および企業、金融機関は、低金利環境を前提にした資金運用・調達活動を行ってきたと述べ、将来の金利変動に対する各経済主体の備えが十分であるかを確認していく必要があるとの見方を示した。

長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)について、委員は、金融市場調節上の様々な工夫により、金融市場調節方針に沿って、長期金利はゼロ%程度で推移しているとの認識を共有した。また、委員は、足もと、イールドカーブの歪みの解消が進んでいると指摘し、イールドカーブ・コントロールの運用を見直す必要はないとの見方で一致した。この間、ある委員は、国債金利の指標金利としての機能度など、市場機能は依然低いままとの声が多い点を指摘した。そのうえで、この委員は、イールドカーブ・コントロールは、円滑な金融を阻害している面も大きいと感じており、見直しを検討してもよい状況にあると考えているが、国際金融市場の状況を踏まえるともう少し様子をみることが適当であると述べ、今後の債券市場サーベイ結果に注目していると付け加えた。

以上の議論を踏まえ、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針について、委員は、長短金利操作に関し、その運用を含め、従来の方針を維持することが適当であるとの見解で一致した。また、長期国債以外の資産の買入れに関しても、委員は、従来の方針を維持することが適当との意見で一致した。

次に、委員は、先行きの金融政策運営方針について議論を行った。多くの委員は、政府による感染症法上の分類の変更や、感染症によって内外経済・金融市場が影響を受けるリスクが低下したことを踏まえると、感染症に条件づけて金融政策運営方針を記述することは適当ではなくなったのではないかとの意見を述べた。ある委員は、当面、現在の金融緩和継続が適当であり、フォワードガイダンスの修正が金利引き上げ容認ととられないように、慎重を期すべきであると述べた。この点について、一人の委員は、感染症の影響は低下したとはいえ、内外経済や金融市場を巡る不確実性はきわめて高いと述べたうえで、仮に該当箇所の記述を見直すとしても、粘り強く緩和を続ける、必要に応じて追加緩和措置を講じる、という日本銀行の金融緩和姿勢に変わりはないことを明確に情報発信することが適当であると述べた。別の一人の委員は、2%の「物価安定の目標」の達成にはなお時間がかかる状況であり、目標達成まで金融緩和を続けるというフォワードガイダンスは、目標達成に対する日本銀行の強いコミットメントを示す観点で有用であると述べた。ある委員は、この機会を捉え、日本銀行が、金融政策運営方針についてこれまで説明してきた内容、具体的には、(1)賃金上昇を伴う形で、2%の「物価安定の目標」を持続的・安定的に実現することを目指していること、(2)経済・物価・金融情勢に応じた機動的な対応を行う方針であることも含め、記述を再整理することが適当ではないか、との見解を示した。別の一人の委員は、物価に上振れリスクがある中、「政策金利については、現在の長短金利の水準、または、それを下回る水準で推移することを想定している」という文言を残しておくことが適当かという論点もあると述べた。

以上のような委員の意見を受けて、議長は、執行部に対し、先行きの金融政策運営方針の記述について、考えられる対応案を示すよう指示した。執行部は、委員の意見を踏まえ、以下を内容とする対応案を示した。

  • 新たに、先行きの金融政策運営に関する包括的な記述を行うこととし、金融緩和を継続するという基本方針を示すことが考えられる。具体的には、「日本銀行は、内外の経済や金融市場を巡る不確実性がきわめて高い中、経済・物価・金融情勢に応じて機動的に対応しつつ、粘り強く金融緩和を継続していくことで、賃金の上昇を伴う形で、2%の「物価安定の目標」を持続的・安定的に実現することを目指していく」という記述が考えられる。
  • 「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の継続方針とオーバーシュート型コミットメントについては、従来と同じ記述とする。
  • 感染症に条件づけた政策方針については、政府による感染症法上の分類変更や感染症によって内外経済・金融市場が影響を受けるリスクが低下したことから、記述を整理する。ただし、日本銀行の金融緩和姿勢が後退したとの誤解を避けるため、上記基本方針の中で「粘り強く金融緩和を継続する」旨を明示することに加え、従来の記述にあった「必要があれば、躊躇なく追加的な金融緩和措置を講じる」という文言は維持することが考えられる。

執行部の説明のうち、「賃金の上昇を伴う形で」という文言を加えることについて、一人の委員は、日本銀行が賃金や企業収益も含めた好循環の中で物価目標の実現を目指しているということを丁寧に説明するよい機会ではないか、との考えを述べた。この間、複数の委員は、日本銀行が新たな政策目標を追加したという誤解を招くのではないか、と慎重な見方を示したうえで、文言に加えるのであれば、誤解を招かないよう、適切に対外コミュニケーションを行うことが必要であるとの意見を述べた。これらの議論を経て、委員は、先行きの政策運営方針の記述について、執行部が示した文案のような形で整理・明確化することが適当であるとの見方を共有した。

また、委員は、金融政策のレビューについても議論を行った。ある委員は、日本銀行は、1990年代後半以降、短期金利の実効下限制約に直面するもとで、様々な非伝統的な金融政策手段に踏み込んできたと述べた。そのうえで、この25年間を対象に様々な角度からレビューを行うことで、将来の政策運営に有益な知見を得られるのではないかと問題提起した。一人の委員は、これまで日本銀行が実施してきた金融緩和策は、その時々の金融・経済情勢を踏まえて必要と判断したうえで実施してきたものであると述べ、金融政策のレビューを行う場合には、わが国経済が置かれてきた状況との相互関係を踏まえて実施することが適当であるとの見解を示した。この委員は、今後も効果的に金融緩和を継続していくうえでもレビューは有益であると述べたうえで、客観的で納得性のあるレビューとするため、特定の政策変更を念頭に置くのではなく、多角的に行うことが望ましいと主張した。別の一人の委員は、日本経済が1990年代後半以降経験したことは、失業率と賃金上昇率の関係やマネーと物価の関係をはじめ、各種の学説からイメージされる姿とは必ずしも一致しないものも多いと指摘したうえで、幅広い視点で多角的にレビューを行うことに賛意を示した。別の一人の委員も、金融緩和が長期化している原因としては、バブル崩壊以降、デフレ均衡が長く続いたことで、物価や賃金が上がらないという「ノルム」が形成された点が大きいと指摘したうえで、金融政策の検証に際しては、幅広く分析を行う必要があると述べた。

以上のような委員の意見を受けて、議長は、執行部に対し、金融政策のレビューについて、考えられる対応案を示すよう指示した。執行部は、委員の意見を踏まえ、次のような対応が考えられると説明した。

  • わが国経済がデフレに陥った1990年代後半以降の25年間を振り返り、その間の金融政策運営と経済・物価・金融情勢との間の相互関係について多角的にレビューを行う。それらの分析結果をもとに、今後の金融政策運営にとって有益な知見を得ることを目指す。幅広い観点からレビューを行うため、1年から1年半程度の時間をかけて実施する。これらの方針について、今回の金融政策決定会合の対外公表文で公表する。
  • レビューは、客観性や透明性に十分留意して実施する。具体的には、(1)レビュー作業の途中段階において、可能なものは個別の結果を随時公表する、(2)締めくくりとして、最終的な結果を公表する、(3)レビューの過程では、政策委員会における議論に加え、外部の識者も交えたワークショップなどを開催して多様な知見を取り入れる、といった工夫を行う。

委員は、執行部から説明があったような形で金融政策の多角的なレビューを行うことが適当であるとの見解で一致した。ある委員は、今後の金融政策運営に活かすため、十分に時間をかけて、「失われた30年」における経済の構造変化やこれまでの政策の効果を総括することが必要であると述べた。一人の委員は、これまでの政策の成果ばかりを取り上げるのではなく、できるだけ客観的な分析・評価を行うことが重要であると述べた。これに対し、別の一人の委員は、マイナスの側面を必要以上に強調するのもバランスを欠き、適当ではないとの見方を示した。ある委員は、専門家だけではなく広く国民に理解してもらえるような成果物にすること、各施策や対外的なコミュニケーションを含め、幅広い論点についてレビューを行うことが適当であると述べた。この間、別のある委員は、日本銀行が、様々な非伝統的な金融政策手段を世界に先駆けて導入してきたこともあり、その効果と副作用も含めた検証を幅広く行うことは、わが国の経済・物価情勢やそのもとでの金融政策運営について、国際的に理解を深めてもらう意味でも価値があるのではないかと述べた。

4.政府からの出席者の発言

財務省の出席者から、以下の趣旨の発言があった。

  • 先日、植田総裁が総理と話された際、不確実性がきわめて高い中、経済・物価・金融情勢に応じて機動的な政策運営を行っていくことや、共同声明を直ちに見直す必要はないことについて認識が共有された。
  • 日本銀行には、植田総裁の下、新体制においても、政府と密接に連携しつつ、「物価安定の目標」の持続的・安定的な実現を目指して取り組むことを期待する。
  • 令和5年度予算は、3月28日に成立した。本予算は、防衛力の抜本的強化、こども政策、グリーントランスフォーメーションの推進、地域活性化など、わが国が直面する内外の重要課題の解決に道筋をつけ、未来を切り拓くための予算という位置付けである。今後、本予算の迅速かつ着実な執行を進めてまいりたい。

また、内閣府の出席者から、以下の趣旨の発言があった。

  • わが国の景気は、このところ、一部に弱さがみられるものの、緩やかに持ち直している。ただし、世界経済の減速リスクや金融資本市場の変動の影響には、十分注意する必要がある。
  • 政府は、国内投資拡大や研究開発の促進による生産性向上と価格転嫁を通じたマークアップ率の確保による賃上げを車の両輪で進める。
  • 金融政策運営の方針の記述の変更の趣旨については、対外的に丁寧に説明することが重要である。
  • 日本銀行には、経済・物価・金融情勢を踏まえつつ、2%の「物価安定の目標」を持続的・安定的に実現することを期待する。

5.採決

1.金融市場調節方針

以上の議論を踏まえ、議長から、委員の意見を取りまとめるかたちで、金融市場調節方針について、以下の議案が提出され、採決に付された。

採決の結果、全員一致で決定された。

金融市場調節方針に関する議案(議長案)

  1. 次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を下記のとおりとすること。

    1. (1)日本銀行当座預金のうち政策金利残高にマイナス0.1%のマイナス金利を適用する。
    2. (2)10年物国債金利がゼロ%程度で推移するよう、上限を設けず必要な金額の長期国債の買入れを行う。
  2. 1.に関し、長短金利操作の運用として、長期金利の変動幅を「±0.5%程度」とし、10年物国債金利について金額を無制限とする0.5%の利回りでの固定利回り方式の国債買入れ(指値オペ)を、明らかに応札が見込まれない場合を除き、毎営業日、実施すること。また、1.の金融市場調節方針と整合的なイールドカーブの形成を促すため、大規模な国債買入れを継続するとともに、各年限において、機動的に、買入れ額の増額や指値オペを実施すること。

採決の結果

  • 賛成:植田委員、氷見野委員、内田委員、安達委員、中村委員、野口委員、中川委員、高田委員、田村委員
  • 反対:なし

2.資産買入れ方針

議長から、委員の見解を取りまとめるかたちで、資産買入れ方針について、以下の議案が提出され、採決に付された。

採決の結果、全員一致で決定された。

資産買入れ方針に関する議案(議長案)

長期国債以外の資産の買入れについて、下記のとおりとすること。

  1. ETFおよびJ-REITについて、それぞれ年間約12兆円、年間約1,800億円に相当する残高増加ペースを上限に、必要に応じて、買入れを行う。
  2. CP等は、約2兆円の残高を維持する。社債等は、感染症拡大前と同程度のペースで買入れを行い、買入れ残高を感染症拡大前の水準(約3兆円)へと徐々に戻していく。ただし、社債等の買入れ残高の調整は、社債の発行環境に十分配慮して進めることとする。

採決の結果

  • 賛成:植田委員、氷見野委員、内田委員、安達委員、中村委員、野口委員、中川委員、高田委員、田村委員
  • 反対:なし

3.対外公表文(「当面の金融政策運営について」)

以上の議論を踏まえ、対外公表文が検討された。議長から、対外公表文(「当面の金融政策運営について」<別紙>)が提案され、採決に付された。採決の結果、全員一致で決定され、会合終了後、直ちに公表することとされた。

6.「経済・物価情勢の展望」の検討

続いて、「経済・物価情勢の展望」の「基本的見解」の文案が検討され、議長から、委員の見解を取りまとめるかたちで、議案が提出された。採決の結果、全員一致で決定され、会合終了後、直ちに公表することとされた。また、背景説明を含む全文は、5月1日に公表することとされた。

7.議事要旨の承認

議事要旨(2023年3月9、10日開催分)が全員一致で承認され、5月8日に公表することとされた。

以上


  • (注)「10年物国債金利がゼロ%程度で推移するよう、上限を設けず必要な金額の長期国債の買入れを行う。」本文に戻る

別紙

2023年4月28日
日本銀行

当面の金融政策運営について

  1. 日本銀行は、本日、政策委員会・金融政策決定会合において、以下のとおり決定した。
    1. (1)長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)(全員一致)
      1. [1]次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針は、以下のとおりとする。
        短期金利:
        日本銀行当座預金のうち政策金利残高にマイナス0.1%のマイナス金利を適用する。
        長期金利:
        10年物国債金利がゼロ%程度で推移するよう、上限を設けず必要な金額の長期国債の買入れを行う。
      2. [2]長短金利操作の運用

        長期金利の変動幅を「±0.5%程度」とし、10年物国債金利について0.5%の利回りでの指値オペを、明らかに応札が見込まれない場合を除き、毎営業日、実施する。上記の金融市場調節方針と整合的なイールドカーブの形成を促すため、大規模な国債買入れを継続するとともに、各年限において、機動的に、買入れ額の増額や指値オペを実施する。

    2. (2)資産買入れ方針(全員一致)

      長期国債以外の資産の買入れについては、以下のとおりとする。

      1. [1]ETFおよびJ-REITについて、それぞれ年間約12兆円、年間約1,800億円に相当する残高増加ペースを上限に、必要に応じて、買入れを行う。
      2. [2]CP等は、約2兆円の残高を維持する。社債等は、感染症拡大前と同程度のペースで買入れを行い、買入れ残高を感染症拡大前の水準(約3兆円)へと徐々に戻していく。ただし、社債等の買入れ残高の調整は、社債の発行環境に十分配慮して進めることとする。
  2. 日本銀行は、内外の経済や金融市場を巡る不確実性がきわめて高い中、経済・物価・金融情勢に応じて機動的に対応しつつ、粘り強く金融緩和を継続していくことで、賃金の上昇を伴う形で、2%の「物価安定の目標」を持続的・安定的に実現することを目指していく。

    「物価安定の目標」の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を継続する。マネタリーベースについては、消費者物価指数(除く生鮮食品)の前年比上昇率の実績値が安定的に2%を超えるまで、拡大方針を継続する。引き続き企業等の資金繰りと金融市場の安定維持に努めるとともに、必要があれば、躊躇なく追加的な金融緩和措置を講じる。

  3. わが国経済がデフレに陥った1990年代後半以降、25年間という長きにわたって、「物価の安定」の実現が課題となってきた。その間、様々な金融緩和策が実施されてきた。こうした金融緩和策は、わが国の経済・物価・金融の幅広い分野と、相互に関連し、影響を及ぼしてきた。このことを踏まえ、金融政策運営について、1年から1年半程度の時間をかけて、多角的にレビューを行うこととした。

以上