このページの本文へ移動

金融政策決定会合議事要旨

(2004年 6月14、15日開催分)*

  • 本議事要旨は、日本銀行法第20条第1項に定める「議事の概要を記載した書類」として、2004年7月12、13日開催の政策委員会・金融政策決定会合で承認されたものである。

2004年 7月16日
日本銀行

(開催要領)

1.開催日時
2004年6月14日(13:59~15:50)
6月15日( 8:59~11:30)
2.場所
日本銀行本店
3.出席委員
  • 議長 福井俊彦 (総裁)
  • 武藤敏郎 (副総裁)
  • 岩田一政 (副総裁)
  • 植田和男 (審議委員)
  • 田谷禎三 (審議委員)
  • 須田美矢子(審議委員)
  • 中原 眞 (審議委員)
  • 春 英彦 (審議委員)
  • 福間年勝 (審議委員)
4.政府からの出席者
  • 財務省 津田 廣喜 大臣官房総括審議官(14日)
    山本 有二 財務副大臣(15日)
  • 内閣府 大守  隆 大臣官房審議官(経済財政運営担当)(14日)
    伊藤 達也 内閣府副大臣(15日)

(執行部からの報告者)

  • 理事平野英治(15日)
  • 理事白川方明
  • 理事山本 晃
  • 企画室審議役前原康宏
  • 企画室審議役山口廣秀
  • 企画室調査役内田眞一
  • 金融市場局長中曽 宏
  • 調査統計局長早川英男
  • 調査統計局参事役門間一夫
  • 国際局長堀井昭成

(事務局)

  • 政策委員会室長秋山勝貞
  • 政策委員会室審議役武井敏一
  • 政策委員会室調査役村上憲司
  • 企画室調査役清水誠一
  • 企画室調査役正木一博

I.金融経済情勢等に関する執行部からの報告の概要

1.最近の金融市場調節の運営実績

 金融市場調節は、前回会合(5月19、20日)で決定された方針1 に従って運営した。この結果、当座預金残高は31~34兆円台で推移した。

  1. 「日本銀行当座預金残高が30~35兆円程度となるよう金融市場調節を行う。なお、資金需要が急激に増大するなど金融市場が不安定化するおそれがある場合には、上記目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う。」

2.金融・為替市場動向

 短期金融市場では、日本銀行による潤沢な資金供給のもとで、無担保コールレート翌日物(加重平均値)は、概ね0.001%で推移した。ターム物レートも、引き続き低位で安定的に推移している。ただ、足許においては、短期国債レートが若干強含んでいるほか、ユーロ円金利先物レートも、期先限月を中心に上昇している。

 債券市場では、わが国株価の上昇や内外の経済指標を眺めた景況感の改善を受け、10年物国債流通利回りは1.8%台まで上昇している。ごく最近では、長期ゾーンに加え、2年物国債などの中期ゾーンの金利も上昇傾向にある。市場参加者が注目する債券利回り変動要因をみると、景気動向や株価、海外金利の動きに加え、足許にかけて物価動向が金利上昇要因として意識され始めた様子が窺われる。昨年の金利上昇局面と比較すると、今のところ、円金利スワップ・レートの対国債スプレッドには大きな変化はみられていないほか、インプライド・ボラティリティも急激な上昇はみていない。この間、社債流通利回りの対国債スプレッドは、概ね横這い圏内での動きとなっている。

 株式市場では、わが国経済についての強めの経済指標や米国株価の反発を受けて、日経平均株価は、5月初の水準まで値を戻し、足許では11千円台半ばで推移している。主体別売買動向をみると、個人や信託が買い越しとなっている。5月に売り越しとなった海外投資家は、足許では再び買い越し基調に転じており、市場では、先行き、海外投資家の前向きな投資姿勢が継続するとみられている。

 為替市場では、ポジション調整的な円買い・ドル売りが優勢な展開となり、円の対ドル相場は109~110円前後まで上昇している。

3.海外金融経済情勢

 米国では、家計支出や設備投資といった最終需要が着実に増加している。また、生産や企業収益が増加するとともに、雇用も明確な改善傾向を辿っている。このように、米国ではバランスのとれた景気拡大が続いており、この間、インフレ率はごく緩やかに上昇している。米国の期待インフレの代理変数をみると、物価連動国債と普通国債との利回り格差や各種アンケート調査結果は、いずれも、足許でのガソリン価格上昇と軌を一にして高まっている。

 ユーロエリアでは、輸出が米国やアジアの景気拡大を背景として持ち直しているほか、ユーロ高の一服もあって企業コンフィデンスが緩やかに改善している。ただ、生産の回復は滞っているほか、消費者コンフィデンスも引き続き低水準にある。このため、回復のモメンタムは弱い状態が続いている。物価面では、5月の消費者物価は、エネルギー価格を中心に前年比上昇率が高まった。

 東アジアでは、景気が順調に拡大している。中国では、内外需ともに力強い拡大が続いているが、足許、固定資産投資や重工業の生産は、高水準ながらも、増勢が鈍化している。また、マネー指標や銀行貸出についても、増加ペースが幾分鈍くなっている。この間、消費者物価は、前年比上昇率が高まっているが、食料品を除いたベースでは、ここ数か月同様の伸びが続いている。NIEs、ASEAN諸国・地域では、情報関連財を中心に輸出・生産が増加基調にある。物価面をみると、景気回復や原油価格上昇などを反映して、消費者物価の前年比は緩やかに上昇している。

 米欧の金融市場をみると、米国では6月の0.25%、年末までの累計1%ポイント超の利上げが織り込まれている。ユーロエリアでは、年内の金融政策は据え置きとの見方が大勢となっている。長期金利は、米国ではレンジ内での推移となったが、欧州では緩やかに上昇した。株価は、米欧とも景気拡大への期待感から上昇した。

 エマージング金融市場では、5月上旬に幅広い地域で生じたトリプル安の動きは一段落している。ただ、一部の国では、独自の要因から通貨の下落や対米国債スプレッドの上昇が引き続きみられている。

4.国内金融経済情勢

(1)実体経済

 輸出は、高い伸びを示した1~3月に比べて増勢は鈍化しているものの、米国や東アジアを中心とした海外経済の拡大を背景に、着実に増加している。輸入についても、国内景気が回復する中で、情報関連や資本財・部品等を中心に増加を続けている。

 設備投資は、法人季報では、10~12月に前期比+6.3%の大幅増となった後、1~3月はその反動から+0.6%の伸びに止まったが、均してみれば、堅調な増加傾向が続いていると言える。業種別・規模別にみると、前期に大幅増となった製造業・中堅中小企業が高水準を維持したほか、非製造業・中堅中小企業も、サービス業を中心に足許は増加している。先行指標をみると、4月の機械受注は、製造業は大幅な増加となったが、非製造業はほぼ横這いの動きとなった。

 企業収益について、法人季報をみると、全産業・全規模ベースで着実な改善を続けている。内訳をみると、逸早く回復した製造業・大企業がその後も緩やかに増益を続ける中、製造業・中小企業や非製造業でも改善傾向がはっきりしてきており、収益の回復に広がりが窺われる。

 個人消費をみると、販売統計は区々の動きとなったが、家計調査の4月の消費水準指数は大幅な増加となり、全体としてやや強めの動きが続いている。この間、消費者心理を示す指標も総じて改善傾向を続けている。

 こうしたもとで、生産は、1~3月に前期比+0.5%となった後、4月の1~3月対比は+2.5%の増加と再び伸びを高めた。生産予測指数や企業ヒアリングを踏まえると、4~6月の生産はしっかりとした増加が見込まれる。4月の在庫は、財別に異なる動きとなっているが、全体として横這い圏内で推移している。内訳をみると、素材業種では、原材料高の価格転嫁を進める狙いもあって生産が抑制気味であり、在庫がこのところ減少している一方で、電子部品は在庫積み増し局面入りが明確化している。

 雇用・所得環境をみると、求人関連指標は改善傾向を続けている。また、労働力調査でみた雇用者数の増加傾向が次第に明確化してきているほか、毎月勤労統計の常用労働者数も4月は前年比でプラスに転じた。賃金については、相対的に賃金の低いパート比率が上昇していることなどから一人当たり平均でみてなお緩やかに低下しているが、雇用者所得は下げ止まってきている。

 物価動向について、国際商品市況をみると、銅などの非鉄の価格は高止まっている。また、原油価格は中東情勢の不透明感が強まる中で、4月後半以降、大幅に上昇している。足許、原油価格の上昇には歯止めがかかったように窺われるが、しばらくは高値圏で推移するとの見方も根強い。こうした原油高に為替円安の動きも加わって、交易条件は悪化している。国内商品市況についても、原油高の影響等を受けて上昇を続けている。

 国内企業物価は、内外の商品市況高や需給環境の改善を反映して、上昇している。5月の指数は、前年比が+1.1%となったが、3か月前比でみると、上昇率が幾分鈍化した。需要段階別にみてみると、原材料価格の上昇は中間財には転嫁されているが、最終財、特に消費財へはほとんど波及していない。最近の原油高の影響は、これから現れてくると考えられることから、先行きも国内企業物価の上昇は続く可能性が高い。

 消費者物価(除く生鮮食品)をみると、4月の全国は、診療代の押し上げ寄与が剥落し、前年比で−0.2%と前月に比べてマイナス幅が拡大した。先行き、原油価格の上昇がある程度押し上げ要因として働くと考えられるが、基調的には、消費者物価の前年比は小幅のマイナスで推移すると予想される。

(2)金融環境

 民間銀行貸出の減少幅は、月々の振れを均してみれば、引き続き小幅ながら縮小傾向にある。金融機関は、利鞘設定スタンスを弾力化しつつ、貸出の残高確保を優先する姿勢を一段と明確化している。貸出種類別にみると、昨年は住宅ローンの増加が目立っていたが、最近では企業向け貸出のマイナス幅圧縮が全体の貸出減少幅の縮小に寄与している。企業向け貸出については、今年に入り大企業向けおよび中堅中小向けともにマイナス幅が縮小している。そのうち、設備投資資金貸出の新規実行額がここへきてプラスに転じていることが注目される。また、企業部門の資金過不足額をみると、設備資金や運転資金などの資金使途が増加し、資金余剰幅は縮小している。以上のように、民間の資金需要の減少テンポは幾分緩やかになってきていることが窺われる。

 貸出金利をみると、全体として極めて低い水準で推移する中で、短期、長期とも、このところやや弱含んでいる。

 資本市場調達についてみると、CP・社債とも発行に際しての信用スプレッドは低位安定しており、良好な発行環境が続いている。こうしたもとで、CP・社債の発行残高は引き続き前年を上回って推移している。エクイティ・ファイナンスは、5月は株価がやや軟調に推移したこともあって、増資が減少した。

 この間、企業の資金繰り判断は改善が続いている。また、企業からみた金融機関の貸出態度判断についても、緩和傾向が継続している。

 マネタリーベースの伸び率は、前年比7%台となっている。マネーサプライ(M2+CD)をみると、5月は前年比+2%となっている。このところ伸びをやや高めていることの背景としては、民間資金調達のマイナス幅が幾分縮小していることが考えられる。

II.金融経済情勢に関する委員会の検討の概要

1.経済情勢

 経済情勢について、委員は、前回の会合以降明らかになった経済指標は強めのものが多いと指摘したうえで、景気回復が続いており、生産活動や企業収益からの好影響が雇用面にも及んできている、との認識を共有した。先行きについても、回復の動きが継続する蓋然性が高まっており、前向きの循環も明確化していく、との見方が示された。

 こうした情勢認識の背景について、何人かの委員は、(1)海外経済が拡大を続けていること、(2)国内では、企業収益や設備投資の増加の裾野が広がりつつあるほか、雇用面でも改善がみられること、(3)企業の構造調整圧力が和らいでいること等を指摘した。ひとりの委員は、これまで景気回復の家計部門への波及の弱さをひとつの理由に「緩やかな回復」との基調判断を維持してきたが、最近の雇用面の改善等を捉えて、「緩やかな」という形容詞を外してもよい局面になったのではないか、との考えを述べた。他の大方の委員もこの考えに同意した。

 同時に、ほとんどの委員は、海外経済の面では、地政学的リスクに加えて、米国および中国経済の動向や原油価格上昇の影響について、また国内経済では、回復の動きが非製造業や家計部門にどのように波及していくかについて、先行き、丹念に点検していく必要がある、との考えを明らかにした。この間、ある委員は、景気回復の持続力を強めるためには、財政再建が重要な課題のひとつであると指摘し、それに関連して、インフレ期待が過度に高まることは望ましくない、との考えを述べた。

 海外経済に関して、多くの委員は、米国や中国を中心に世界経済が順調に拡大している、との認識を示した。

 まず、米国について、何人かの委員は、注目されていた雇用情勢が明確な改善傾向を辿り、バランスのとれた景気拡大が続いている、との見方を述べた。これらの委員は、今後、物価動向とそれを反映した金融市場の動きが注目される、と発言した。複数の委員は、物価については、今後の労働生産性の動きが鍵になると述べた。このうちひとりの委員は、先行き、需給ギャップの縮小や予想インフレ率の高まり、ユニット・レーバー・コストの上昇が予想されることを踏まえると、低インフレ率が維持されるかは不確実である、との見方を示した。別のある委員は、ユニット・レーバー・コストの上昇が、原油高の影響とあいまって、むしろ企業収益を圧迫する可能性にも留意する必要がある、と述べた。もうひとりの委員は、米国の低金利環境が修正される過程では、ポジションの巻き戻しから、ハイイールド市場やエマージング市場等が不安定化するリスクがある、と指摘した。

 中国経済については、何人かの委員は、これまで採られてきた景気過熱抑制策の効果もあって、投資や生産活動、マネー指標等についてスローダウンが窺われ、景気過熱のリスクは幾分後退しつつある、との認識を示した。これらの委員は、今後、こうした調整が順調に行われるか、見守る必要がある、と続けた。

 内需面では、設備投資について、何人かの委員が、(1)法人季報で非製造業や中小企業にも投資増加の動きが窺われたこと、(2)資本財出荷は堅調な増加傾向が続いていること、(3)先行指標である機械受注は製造業を中心に着実に増加していること、といった最近明らかになった指標に言及しつつ、設備投資は先行き製造業中心に増加することが予想される、との認識を示した。これらの委員は、収益水準や売上高利益率がバブル経済崩壊後の最高レベルに達しているほか、企業センチメントが改善していることが設備投資増加の基本的背景にある、とコメントした。ただ、ひとりの委員は、機械受注では非製造業がなお横這い圏内に止まっており、設備投資の裾野拡大はまだ十分には確認できていない、と発言した。また、別のある委員も、設備投資増加の持続性をみていくうえで、製造業の投資が情報関連に集中していることや、原油価格上昇が企業収益に悪影響を及ぼす惧れがあることにも留意する必要がある、との意見を述べた。

 こうしたもとで、企業の生産について、ある委員は、4月は1~3月対比+2.5%と再び伸びを高めたことを指摘したうえで、予測指数や企業ヒアリングを踏まえれば、生産は4~6月を通して比較的しっかりと増加することが見込まれる、との見解を示した。在庫に関しては、複数の委員が、全体としては横這い圏内で推移しており、引き続き、生産の増加が途切れにくい状態が維持されている、との評価を述べた。ただ、このうちひとりの委員は、電子部品で在庫積み増し局面入りが明確化しており、好調な内外需からみて直ちに在庫調整圧力が高まるとは思わないが、電子部品の今後の在庫の動きは注意してみていきたい、と付け加えた。

 家計部門に関しては、何人かの委員が、新規求人などの労働需給関連指標が改善傾向を続けていることに加え、雇用者数の増加傾向が明確化している、との認識を述べた。これらの委員は、賃金についても、所定内給与が一頃に比べてマイナス幅が縮小していること等を挙げ、雇用者所得は下げ止まってきている、との評価を示した。このうちひとりの委員は、夏季賞与は業績好調な製造業を中心に増加が見込まれており、これが賃金全体の下げ止まりに繋がっていくことが展望できるのではないか、とコメントした。

 こうした中、個人消費について、何人かの委員は、家電販売や家計調査の消費水準指数、さらに消費者心理を示す指標等を踏まえ、個人消費は足許やや強めの動きを続けている、と述べた。複数の委員は、労働分配率の低下傾向に言及しつつ、持続的な個人消費の増加には所得増の裏付けが必要であることを主張した。この点に関連してもうひとりの委員は、雇用者所得の改善が明確になる中で、先行き、個人消費は緩やかに回復していくとみてよいのではないか、との見方を示した。

 物価面に関して、ほとんどの委員が原油価格動向に言及した。これらの委員は、原油高は足許一服しているが、水準自体は90年の湾岸危機以来の既往最高値圏での推移となっていると指摘したうえで、中東情勢の不透明感が残る中、中国、インドなども含めた世界的な需要拡大もあって、原油価格は先行きも暫く高止まりする可能性が高い、との認識を示した。多くの委員は、こうした原油など内外の商品市況の上昇や需給全体の改善を反映して、国内企業物価は上昇を続けている、と発言した。このうち複数の委員は、素材価格の上昇は中間財まで比較的大きく波及している、とコメントした。

 一方、消費者物価については、小幅の下落が続いているとの認識が大勢を占めた。ある委員は、(1)マクロの需給環境は改善方向にあるが、物価を上昇させるほどではない、(2)原材料価格の上昇は、企業段階でユニット・レーバー・コストの低下によりある程度吸収されている、(3)米価格上昇など昨年物価を押し上げた要因が夏場以降剥落する、と消費者物価を巡る環境について整理したうえで、基本的には、先行き、消費者物価は小幅のマイナス基調で推移すると考えられる、と述べた。もうひとりの委員は、企業はコスト上昇を輸出増による数量効果により吸収しているほか、東アジア諸国との国際競争の高まりや円高傾向も消費者物価を押し下げる要因として働いている、と付け加えた。

 もっとも、これらの委員を含む多くの委員は、先行き、原油高がガソリンなどの石油製品の価格上昇を通じて消費者物価の押し上げ要因として働くと予想されることや、順調な景気回復のもとで企業の価格設定スタンスが強気に傾く可能性があること等から、今後の物価の動きはこれまで以上に注意深くみていく必要がある、との趣旨を述べた。このうち複数の委員は、原油高の影響等から夏場においては消費者物価の前年比が一時的にプラスとなる可能性がある、と指摘した。

 この間、ある委員は、需給ギャップの縮小が物価上昇圧力に繋がり、それほど遠くない時期に消費者物価のプラス基調が実現するのではないか、との考えを述べた。これに対して、ある委員は、理論上は需給ギャップの縮小は物価を押し上げるが、需給ギャップを正確に計測することは難しいうえ、そうした需給面からの消費者物価への波及については、現状なお確認できていない、とコメントした。

2.金融面の動向

 金融面に関し、米国の利上げ観測が高まるもとで、多くの国・地域で株価と長期金利の調整がみられている中、ここにきてわが国の長期金利が上昇していることについて、議論が行われた。

 最近の長期金利上昇の背景について、多くの委員は、株価の上昇や内外の経済指標を眺めた景況感の改善を反映した動きではないか、との見方を示した。複数の委員は、海外の長期金利上昇の影響を受けている面もある、と付け加えたほか、ある委員は、中期ゾーンにまで金利上昇が及びつつあり、海外投資家を中心にデフレ脱却の可能性を予想し始めているように窺える、とコメントした。また、何人かの委員は、昨年夏の金利急騰時と比べると、スワップ・スプレッドやボラティリティ指標等は比較的落ち着いており、金融機関等が売り急ぐような状況には陥っていないように見受けられる、との認識を述べた。ひとりの委員は、金利上昇がインカム・ゲインを狙った機関投資家等の債券買い意欲を高めている、と発言した。もっとも、何人かの委員は、最近の長期金利の動きは急速である点には留意する必要があるとの認識を示した。ある委員は、市場にエネルギーが溜まっていただけに足許の金利上昇のピッチがやや速くなっていると指摘した。

 先行きについて、ある委員は、量的緩和政策継続への信認、企業の資金需要の低迷、消費者物価の小幅下落傾向、地価の継続的下落、政府の財政再建に向けた姿勢等を踏まえれば、一本調子の長期金利上昇の蓋然性は低いのではないか、との考えを述べた。ただ、多くの委員は、金融市場は世界の経済物価情勢や低金利環境の微妙な変化に伴いやや振れやすくなっているので、今後とも、市場の動きやその企業金融面、実体経済への影響について注視していきたい、との意見を示した。

 この間、銀行貸出について、ある委員は、企業のキャッシュフローが借入れ返済に充当される傾向が続いており、貸出は緩やかに減少している、との認識を述べた。一方、複数の委員は、金融機関が貸出スタンスをより積極化させていることや、企業の資金余剰幅が縮小していることに注目し、貸出減少幅の縮小の動きがマネーサプライの増加に繋がっていくかよくみていきたい、との考えを示した。また、別のある委員は、銀行の不動産関連ローンやファンドを通じた不動産投資の増加傾向が窺われており、それが地価の動きにどのような影響を与えるか、注目していきたいと、発言した。

III.当面の金融政策運営に関する委員会の検討の概要

 当面の金融政策運営について、委員は、前述のような経済金融情勢判断のもと、現在の「30~35兆円程度」という当座預金残高目標を維持することが適当であるとの認識を共有した。

 何人かの委員は、短期金融市場は極めて落ち着いており、市場の資金需要は十分充足している、との見方を示した。同時に、多くの委員は、ユーロ円金利先物レートの上昇にみられるように、金融市場がやや振れやすくなっている状況に鑑み、市場の動向を注意深くみていく必要がある、と述べた。

 現在の金融緩和策の効果について、何人かの委員が意見を表明した。ひとりの委員は、物価下落圧力の後退により短期実質金利が低下傾向にあるため、金融緩和効果は強まっているのではないか、と発言した。別のある委員は、景気回復が続いている中にあっては、消費者物価を基準とする「約束」が大きな意味を持ってきている、との認識を述べた。この委員は、短期金利がほぼゼロの状態が続く中、経済成長率は名目、実質ともに着実に高まっていると指摘したうえで、このことは現在の政策の景気刺激効果が金利面から強まっていることを意味し、こうした政策を継続することで、今後、緩和効果がより高まっていくと考えられる、と続けた。

 金融政策運営を巡る情報発信のあり方について、多くの委員から意見が出された。何人かの委員は、これまで通り、消費者物価に基づく現在の「約束」に従って量的緩和政策を継続していくことを説明していくことが重要である、と述べた。この点に関連して、別のある委員は、先行き、物価情勢の変化に伴い金融市場が動揺する可能性が考えられるため、昨年10月に示した「約束」の内容のうち、「消費者物価が先行き再び下落しないと見込まれる」との部分を一段と明確化することを検討すべきではないか、と発言した。これに対し、ひとりの委員は、「約束」の内容を変更することは、政策運営に対する信認を損なうほか、政策対応が遅れるとの予想を高め、かえって市場が不安定になるのではないか、と主張した。

 また、何人かの委員は、経済物価情勢について、市場の見方を十分理解したうえで、日本銀行の考え方を市場に正確に伝え、市場との認識の差異をできるだけ小さくすることが重要である、と指摘した。ある委員は、中央銀行が金利の水準について評価を示すことは避け、市場自身が情報を消化することが大切である、と付け加えた。

IV.政府からの出席者の発言

 会合では、財務省の出席者から、以下の趣旨の発言があった。

  • わが国経済の現状を見ると、景気は着実な回復を続けているが、デフレは緩やかながらも依然として継続しており、その克服こそが我々の直面している最大の懸案であることに変わりはなく、引き続き金融政策の役割は重要であると考えている。

     政府は、先日(6月4日)、「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2004」を閣議決定し、早期のデフレ克服を目指し、日本銀行と一体となって政策努力を行うこととしている。

  • 日本銀行は、量的金融緩和政策継続のコミットメントを明確にし、それを堅持することとされているが、市場では金利が上昇するなどの動きも見られる。
  • 日本銀行においては、引き続き機動的な金融政策運営を実施して頂くとともに、市場において無用な混乱が生じることを未然に防止するために、緩和的な金融環境が当面維持されるという予想が揺らぐことのないよう、どのような新たな工夫が講じられるのか検討を進めて頂きたいと考えている。

 また、内閣府の出席者からは、以下の趣旨の発言があった。

  • 景気は企業部門の改善が進み着実な回復を続けている。一方、原油価格の動向等が内外経済に与える影響には留意する必要があると考えている。物価については、景気の着実な回復により需給ギャップが縮小する一方、銀行貸出の低迷等からマネーサプライの伸びが低い中で、素材価格の上昇により国内企業物価は僅かな上昇を示しているが、物価動向を総合的に勘案すれば、デフレ克服は道半ばの状況にある。
  • 従って、日本経済の重要な課題はデフレを早期に克服することと民需主導の持続的な成長を図ることである。このため、政府は、先般、「基本方針2004」を閣議決定した。政府は、本方針に従って、集中調整期間の仕上げの年になる16年度においては、構造改革の取組みを加速・拡大し、さらに集中調整期間後の17年度および18年度の2年間を「重点強化期間」と位置付け、日本銀行と一体となった政策努力によりデフレからの脱却を確実なものとしつつ、新たな成長に向けた基盤の重点強化を図ることとしている。このような取組みの結果、「平成18年度以降は名目成長率で概ね2%程度あるいはそれ以上の成長経路を辿る」と見込んでいる。
  • 日本銀行においては、量的緩和政策を引き続き堅持する姿勢を示しているが、今後とも政府との意思疎通を密にしつつ、効果的な資金供給に繋がるような処置を含め、さらに実効性ある金融政策運営を行って頂きたいと思う。また、金融資本市場の期待の安定化にも配慮しつつ、デフレ克服までの道筋を含め金融政策運営に関する透明性の一段の向上に努めて頂きたいと思う。

V.採決

 以上の議論を踏まえ、委員は、当面の金融市場調節方針について、当座預金残高目標を30~35兆円程度とする現在の調節方針を維持することが適当である、との考え方を共有した。

 議長からは、このような見解をとりまとめるかたちで、以下の議案が提出され、採決に付された。

議案(議長案)

 次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を下記のとおりとし、別添のとおり公表すること。

 日本銀行当座預金残高が30~35兆円程度となるよう金融市場調節を行う。

 なお、資金需要が急激に増大するなど金融市場が不安定化するおそれがある場合には、上記目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う。

採決の結果

  • 賛成:福井委員、武藤委員、岩田委員、植田委員、田谷委員、須田委員、中原委員、春委員、福間委員
  • 反対:なし

VI.金融経済月報「基本的見解」の検討

 当月の金融経済月報に掲載する「基本的見解」が検討され、採決に付された。採決の結果、「基本的見解」が全員一致で決定された。

 この「基本的見解」は当日(6月15日)中に、また、これに背景説明を加えた「金融経済月報」は6月16日に、それぞれ公表することとされた。

VII.議事要旨の承認

 前々回会合(4月28日)の議事要旨が全員一致で承認され、6月18日に公表することとされた。

以上


(別添)

2004年 6月15日
日本銀行

当面の金融政策運営について

 日本銀行は、本日、政策委員会・金融政策決定会合において、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を、以下のとおりとすることを決定した(全員一致)。  日本銀行当座預金残高が30~35兆円程度となるよう金融市場調節を行う。

 なお、資金需要が急激に増大するなど金融市場が不安定化するおそれがある場合には、上記目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う。

以上