このページの本文へ移動

金融政策決定会合議事要旨

(2002年 2月28日開催分) *

  • 本議事要旨は、日本銀行法第20条第1項に定める「議事の概要を記載した書類」として、2002年4月10、11日開催の政策委員会・金融政策決定会合で承認されたものである。

2002年 4月16日
日本銀行

開催要領

1.開催日時
2002年2月28日(9:00〜13:54)
2.場所
日本銀行本店
3.出席委員
  • 議長 速水 優 (総裁)
  • 藤原作弥 (副総裁)
  • 山口 泰 (  副総裁  )
  • 三木利夫 (審議委員)
  • 中原伸之 (  審議委員  )
  • 植田和男 (  審議委員  )
  • 田谷禎三 (  審議委員  )
  • 須田美矢子(  審議委員  )
  • 中原 眞 (  審議委員  )
4.政府からの出席者
  • 財務省  谷口 隆義 財務副大臣
  • 内閣府  小林 勇造 内閣府審議官

(執行部からの報告者)

  • 理事松島正之
  • 理事増渕 稔
  • 理事永田俊一
  • 企画室審議役白川方明
  • 企画室参事役和田哲郎
  • 企画室参事役雨宮正佳
  • 金融市場局長山本謙三
  • 調査統計局長早川英男
  • 調査統計局企画役吉田知生
  • 国際局長平野英治

(事務局)

  • 政策委員会室長橋本泰久
  • 政策委員会室審議役中山泰男
  • 政策委員会室調査役斧渕裕史
  • 企画室企画第2課長梅森 徹
  • 企画室調査役衛藤公洋
  • 企画室調査役清水誠一

I.ペイオフ解禁に伴う流動性預金金利の上限規制の件

1.執行部からの報告内容

 本年4月からのいわゆる「ペイオフ解禁」後、1年間に限り全額保護が続けられる流動性預金の金利に関し、2月21日、金融庁長官および財務大臣から、臨時金利調整法に基づき、日本銀行政策委員会に対し、この上限を定めるよう発議がなされた。

 これを受けて、政策委員会は、同法に基づき金融審議会への諮問を行い、金融審議会より、2月25日、金融機関の流動性預金金利の最高限度の定めに関する答申を受けた。

2.委員による採決

 金融審議会の答申通り、流動性預金に関する金利の最高限度の定めを変更し、その旨金融庁長官および財務大臣に報告することが、全員一致で決定された。また、本件については、決定会合終了後、適宜の方法で公表することとされた。

II.金融経済情勢等に関する執行部からの報告の概要

1.最近の金融市場調節の運営実績

 金融市場調節については、前回会合(2月7、8日)で決定された方針1にしたがって運営した。資金供給オペでは、引き続き、オファー額に対して応札額が下回る「札割れ」が多発しているが、オペ回数の増加などの工夫により、15兆円程度の当座預金残高を維持している。こうした調節のもとで、無担保コールレート(オーバーナイト物)は0.001%で推移した。

  1. 「日本銀行当座預金残高が10〜15兆円程度となるよう金融市場調節を行う。なお、資金需要が急激に増大するなど金融市場が不安定化するおそれがある場合には、上記目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う。」

2.金融・為替市場動向

(1)国内金融資本市場

 短期金融市場では、資金の出し手が年度末越えとなる資金運用に慎重姿勢を強めていることから、ユーロ円金利の3か月物が2月初の0.1%程度から足許0.18%となるなど強含んでいる。今後の展開を注視する必要がある。

 長期金利は、株安・円安の一服を受け海外投資家の売り圧力が後退したほか、期末を控えた銀行の売りも一巡したが、海外格付機関による日本国債の格下げ方向での見直し公表などもあって、1.5%を挟む神経質な展開が続いている。

 社債流通利回りの対国債スプレッドは、信用リスクに対する市場参加者の根強い警戒感を反映して、低格付債を中心に引き続き拡大気味に推移している。銀行に対する市場の見方も厳しさを増しており、銀行発行債利回りの対国債スプレッドも一段と拡大している。

 株価は、空売り規制強化の動きなどを背景に売り手控え気分が強まるなか、前回会合以降、幾分持ち直しに転じている。

(2)為替市場

 円の対米ドル相場は、米国経済の底入れ期待がドル買い材料視されているものの、米国株価が上昇力に乏しいこと、内外当局の円安牽制発言が意識されていることから、ドル買いの動きが強まるには至っておらず、132〜134円台のもみ合いで推移した。

3.海外金融経済情勢

 前回会合以降、米国経済では底入れを示唆する指標が増加しているほか、東アジアでも輸出・生産が下げ止まってきており、全体に、景気の足場が徐々に固まってきつつある印象である。

 米国については、民間エコノミストによる2002年成長率見通しが、現在の景気後退が始まった昨年3月以降で初の上方修正となった。27日に公表されたFRBの経済見通しでは、本年10〜12月期のGDP前年比が2.5〜3.0%となっている。ただ、(1)最終需要の回復力が弱いとみられること、(2)海外経済に不安があること、(3)金融市場でリスク回避指向がみられることなどから、過去の景気回復局面に比べ今回の回復力は弱いとの見方が中心的である。

 米国金融市場では、年央にかけての利上げを織り込む動きに変化はない。直近では、先物金利やインプライド・フォワード・レートが幾分低下する等、年後半以降の回復テンポに対する見方の慎重化が窺われる。この間、株価は予想比強めの経済指標という好材料があったものの、企業会計を巡る懸念もあり、方向感に欠ける展開となった。

 欧州では、なお景気の減速が続いている。しかし、ドイツの海外受注が持ち直しつつあるなど、一部には調整圧力の緩和に繋がる動きもみられている。

 NIEs、ASEAN諸国では、世界的なIT関連財の在庫調整進捗を背景に、総じて輸出・生産が下げ止まり、景気減速に歯止めがかかりつつある。一方、中国では、輸出の伸び率低下から成長率が鈍化しており、1月の消費者物価は前年比−1.0%と下落幅を拡大した。

4.国内金融経済情勢

(1)実体経済

 前回会合以降の経済指標をみる限り、「引き続き悪化している」との景気判断を変える材料はないが、先行きについては明るい材料も出始めている。

 需要項目別にみると、1月の輸出は10〜12月期に続きマイナス幅が縮小した。財別には、自動車が減少に転じたが、鉄鋼、化学等中間財は増加している。情報関連は減少が続いているが、NIEs諸国の輸出持直しやDRAM市況の回復等を踏まえると、電子部品も減少幅は縮小していくとみられる。

 設備投資関係では、10〜12月の機械受注が7〜9月に続き大きく減少した。個人消費は、1月の家電販売が10〜12月対比で減少するなど引き続き弱めの動きとなっている。

 このような最終需要動向のもとで、生産は減少を続けている。1月の鉱工業生産は、前月予測対比では下方修正となった。電気機械の下方修正が続いているが、半導体部品などが増加に転じている。在庫も順調に減少しており、予測指数の動きも踏まえると、生産の減少幅の縮小傾向ははっきりしてきている。

 この間、物価面では、1月の企業向けサービス価格指数の下落幅が幾分拡大した。広告料金の低下が続いているほか、一般サービスでの値下げの動きがやや目立ってきている。

(2)金融環境

 銀行貸出は、前年比減少幅を拡大している。資金需要の弱さが基本的な背景とみられるが、金融機関は、信用力の低い先を中心に貸出姿勢を慎重化させる傾向を強めている。企業の資金需要について、金融機関からは、(1)設備資金需要がさらに減少している、(2)低格付けCP、社債の発行不振に伴う振り替わり需資は限定的である、(3)期末運転資金需要も落ち込みが大きい、といった声が聞かれている。

 このところCP、社債市場などにおいて信用スプレッドが拡大傾向にあるほか、金融機関の年度末越え資金繰り懸念等を背景にターム物金利が上昇するなど、不安定な動きが窺われている。こうした状況を踏まえると、3月末にかけて、金融市場がさらに不安定化したり、企業金融が一段と厳しさを増すなど、金融面に起因するダウンサイド・リスクに一層の警戒が必要な状況になってきている。

 この間、マネタリーベースは、1月に続いて、2月も一段と伸びを高める見通しである。マネーサプライも、投信等からの資金シフトの動きを主因に伸びを高めつつある。

III.金融経済情勢に関する委員会の検討の概要

1.景気の動向

 景気の現状については、前回会合における「引き続き悪化している」との判断を変更する必要はないとの見方が大勢を占めた。景気の先行きに関しては、海外経済の底打ちや国内在庫調整の進捗などから、輸出・生産面からの下押し圧力は減じており、悪化テンポは徐々に和らいでいく、との見方が概ね共有された。

 まず海外経済については、IT分野の調整が終了しつつあるなど、全体的に明るい情報が増えている点が認識された。このうち、米国に関しては、多くの委員が、過去の回復局面に比べ、回復力や持続性は慎重にみておく必要があるものの、底入れしつつあるとの見解を述べた。ただし、ひとりの委員は、(1)1〜3月期の好調さは、多額の税還付や財政支出、歴史的暖冬に伴う住宅建設の伸びなど一時的な要因によるところが大きい、(2)不動産投資に行き過ぎがみられるといった懸念材料を挙げ、依然かなり厳しいとの認識を示した。欧州については、複数の委員が、景気減速が続いているものの、一部の景況感指数に改善傾向がみられるようになったと述べた。東アジアについては、IT関連財を中心に輸出が底を打った可能性が高く、回復に向かっている点が認識された。

 わが国の景気の先行きについては、以上のような海外経済動向のもとで、輸出環境は改善に向かっており、先行き輸出・生産面からの景気下押し圧力は減退する、との見方が共有された。

 しかし、多くの委員は、(1)不良債権問題など構造問題を抱えていること、(2)株価や信用スプレッドなど金融資本市場が不安定なこと、(3)雇用・賃金の調整圧力はなお強いとみられること、(4)こうしたなかで国内民需も引き続き脆弱とみられることなどを踏まえると、まだ先行きを楽観できない、と指摘した。ある委員は、前回会合以降、株安等を背景に企業マインドが一段と悪化しているのがこの間の最大の変化点であると述べた。

 さらに、別のひとりの委員は、世界的なデフレ傾向、過去最悪の賃金・雇用情勢などの懸念材料を挙げ、足許の消費水準指数が86年以来の低水準となるなかで、景気は生産調整中心の後退局面から消費型不況に移行しつつあり、生産・輸出面で多少持ち直しても景気全体の厳しさは変わらない、との認識を示した。同委員は、日本企業の賃金の高さが国際競争力低下、失業増に繋がっていると付け加えた。

 物価動向についても、前回会合と同様、景気が悪化を続けるもとで、物価に対する低下圧力が引き続き働くとの認識が共有された。ただし、ある委員は、サービスの価格は下落が続いているが、財の価格は、(1)在庫調整の進展に伴う需給バランスの改善、(2)企業再編が進むなかで、限界コストまで下がった財価格を是正する動き、(3)円安に伴う内外価格差の縮小などから下げ止まりないし一部底打ちの動きもみられつつある、と指摘した。別の委員は、米国北東部の干ばつが原油在庫、さらには先行き原油価格に及ぼす影響に留意が必要と述べた。

2.金融面の動向

 金融環境に関しては、大方の委員が、(1)年度末やペイオフ解禁を控え、金融システム、銀行経営に対する懸念が徐々に強まっていること、(2)各種信用スプレッドの拡大、年度末越え金利の強含みなど、金融資本市場がやや不安定化していること、(3)株価も幾分持ち直しに転じているが引き続き不安定な地合いにあること、などに言及した。ある委員は、金融面の脆弱性に起因する景気のダウンサイド・リスクに細心の注意を払うべき局面になっていると述べ、そうした認識は他の委員にも共有された。

 これに関連して、複数の委員は、このところ表面的には落ち着いていたジャパン・プレミアムの発生に着目した。他の委員は、金融機関による手許保有現金の積増しや流動性確保の動きは、金融機関自身の不安心理の表われではないかと述べた。何人かの委員は、株価低迷の主因は銀行株の不振にあると分析した。ある委員は、銀行株不振は不良債権の抜本処理を求める市場の警告であると述べた。

 このほか、ある委員は、財政規律に対する懸念から長期金利が神経質な動きを続けており、今後国債格下げなどのショックがあった場合に長期金利が急上昇しかねない点も、リスク要因として挙げた。

 ひとりの委員は、以上のような金融環境を総括して、(1)年度末に向けて金融市場で不安が拡大することになれば、金融緩和の効果浸透に支障を来しかねない、(2)このような金融面のリスクの高まりは金融機関の不良債権処理の遅れに起因している、(3)政策当局や金融機関は金融システムに対する内外の信認回復に足る措置を早急に講じる必要がある、と述べた。

 この間、ある委員は、9月以降の本格的な量的緩和が、外国為替市場等マーケットに好影響を与えているほか、M2+CDの伸びにもプラスの影響を与えているとの認識を示した。

IV.当面の金融政策運営に関する委員会の検討の概要

 続いて、当面の金融政策運営について、検討が行われた。

 大方の委員は、前回会合以降、景気判断を変更する材料は見当たらないものの、金融資本市場が不安定化しており、こうした傾向が強まると、これまでの金融緩和の効果浸透に支障を来しかねない、との懸念を共有した。こうした認識を踏まえ、年度末に向けて一層潤沢な流動性供給に努めるとともに、資金供給手段や担保面での工夫を併用しつつ、市場の安定確保と緩和効果の浸透に万全を期す必要がある、との見解が大勢を占めた。

 まず、金融市場調節方針に関しては、前回会合から景気判断自体は変わっていないことから、大方の委員が「10〜15兆円程度」との目標自体は変更する必要はない、との認識を示した。ただ、現下の市場動向を踏まえると、年度末に向けて15兆円を大幅に上回る供給が必要となる可能性が高いという点も強く意識された。このため、従来の「なお書き」より踏み込んで、目標を上回る資金供給を行っていく姿勢を調節方針のなかで明示し、市場参加者に安心感を与えることが適当である、との考え方が概ね共有された。

 同時に、4月以降の市場動向については、なお不確実性が高いことも指摘された。複数の委員は、期明け後に流動性需要が急減する可能性があると述べ、現行の「10〜15兆円」という幅を持たせた目標は据え置くことが適当との見解を示した。一方、ある委員は、ペイオフ解禁に伴って金融機関による市場での資金放出姿勢が慎重化し、高い流動性需要が続く可能性にも留意すべきと述べた。

 担保面の工夫に関しては、日銀の資金供給力向上や期末流動性不安の除去等の観点から、可能な範囲で適格担保の拡大を図ることが適当との意見が数多く出された。具体策としては、複数の委員が、かねて金融機関から要望のあった預金保険機構向け、地方交付税特別会計向けの貸付債権を挙げた。このほか、別の複数の委員は、期明け以降に向けた課題として、円滑な資金供給と信用プレミアムの安定に資する意味で、より広範な適格担保基準の見直しも検討する余地があると指摘した。

 また、多くの委員がロンバート型貸付の活用にも言及し、年度末越えの臨時措置として、公定歩合の適用期間を拡大することが適当であると述べた。

 次いで、長期国債買い入れの増額について議論が行われた。多くの委員は、(1)札割れが多発するなかで、短期オペの負担を幾分軽減し、期末に向けて一層潤沢な資金供給に万全を期していく必要があること、(2)さらに期明け後は資金需要が減退する可能性があることの両面を踏まえ、ここで長国買い入れを増額しておくことは意義がある、との考え方を概ね共有した。

 なお、この議論の過程で、何人かの委員は、金融調節上、今のところ長国買い入れの増額は必ずしも必要とは言えないものの、この段階で潤沢な資金供給に向けた日本銀行の決意を示すことには意味があろうと述べた。もっとも、ひとりの委員は、(1)先行きを見越した資金供給円滑化の観点も否定はしないが、少なくとも当面15兆円の当預残高を維持するために増額する理由に乏しい、(2)もともと増額の判断は執行部に委ねている訳であり、実際に支障が生じた時に機動的に増額すれば良い、と指摘した。

 買い入れの増額幅については、複数の委員が大幅な増額の必要性を指摘したが、多くの委員は過去2回の増額時と同額が適当であると述べた。

 以上のような議論を経て、最終的な増額の要否と増額幅は、引き続き、昨年3月の枠組みのもとで執行部が判断していくことで良いとされた。

 この間、長国買い入れの位置付けについても何人かの委員が発言した。複数の委員は、需給改善等を通じてリスク・プレミアムつまり長期金利へ働きかける手段として長国買い入れを位置付ける考え方もありうるとした。このうちひとりの委員は、今買い入れを増額する場合には、何を目的にするのか明らかにする意味で買い入れのコンセプトの変更も必要となるのではないかと述べた。ただし、複数の委員は、長期金利に対する買い入れ増額の効果が不確実であり、財政規律等に対する懸念を喚起し逆効果となるリスクもある、長期国債の需給に影響を与える効果はむしろ政府の国債管理政策の方が大きい、といった留意点を指摘した。

 なお、複数の委員が、今回採りうるいくつかの選択肢について、執行部に対し実務的な観点からの説明を求めた。これに対し執行部は次のように述べた。

(1)金融市場調節方針

  • 最近の市場動向を踏まえると、コンピューター2000年問題時と同様、「目標にかかわらず一層潤沢な資金供給を行う」との方針を明確にすることは、市場参加者の安心感を醸成するうえで意味があると考えられる。

(2)ロンバート型貸付における公定歩合の適用期間の拡大方法

  • 昨年9月の決定会合では、その時点から起算して9月末越えを十分カバーするという意味で、公定歩合による利用上限を10営業日に拡大することとされた。
  • 今回は、年度末までまだ1か月以上あり、2つの積み期間にまたがっている。この期間をフルにカバーするためには、明日以降3月末を含む積み期間終了まで、制限を設けず公定歩合を適用する方法が考えられる。

(3)適格担保の拡大余地

  • 当面、多額の担保拡大が見込めるものとしては、預金保険機構向けおよび地方交付税特別会計向け貸付債権が考えられる(昨年末残高は、各17兆円、16兆円程度)。
  • 何れも政府向け、あるいは政府保証付きであり、信用度の面では問題ないが、譲渡制限が付されているため、これまでは適格としてこなかった。関係先との調整が必要となるため、現段階では、適格化に向けた検討を進めることとしてはどうか。

(4)長期国債の買い入れ増額

  • 年度末に向けて、15兆円を大幅に上回る潤沢な資金供給に万全を期す必要があること、一方で4月以降は資金需要が急減し短期の資金供給オペでの札割れが今以上に頻発する可能性があることを踏まえると、昨年3月の枠組みのなかで、長期国債の買い入れ増額が必要と判断できると思う。

 以上の議論を経て、金融市場調節方針に関しては、議長が、基本となる10〜15兆円という当座預金残高目標は維持しつつ、なお書きを「当面、年度末に向けて金融市場の安定確保に万全を期すため、目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う」としてはどうかと述べ、その考え方に大方の委員が賛同した。

 また、3月1日から4月15日までの間、公定歩合によるロンバート型貸付制度の利用を日数の制限なく可能にすること、預金保険機構向けおよび地方交付税特別会計向け貸付債権を適格担保化する方向で検討を進めることについても、概ね合意が形成された。

 長期国債の買い入れについては、委員による上記の議論を踏まえつつ、執行部の判断として、議長が、現在の月8千億円ペースを1兆円ペースに増額したいと述べた。

 この間、ひとりの委員は、より一層厳しい景気認識を踏まえて、インフレ・ターゲティングの導入、外債購入の開始、当座預金残高目標の引き上げを提案したいと述べた。この委員はロンバート型貸付制度の公定歩合適用期間の拡大は10営業日に限定することが適当であり、これも提案したいと述べた。同委員は、長期国債の買い入れについても言及し、(1)月1.5兆円ペースに増額すべきであり、そうしても当面銀行券の残高上限には達しない、(2)増額の判断は執行部に委ねているが、重要な点になっているのでこの場で了解を得るべきである、との意見を述べた。

 このほか、多くの委員が、政府が27日にとりまとめたデフレ対応策の取り組み状況に関連して、経済政策全般を巡って発言した。

 ひとりの委員は、今回の金融政策面の対応は、デフレ脱却に向けた政府の取り組みを支援する観点からみても、現時点で採りうる最大限の措置である、と総括した。そのうえで、多くの委員が、デフレ脱却は金融政策だけでは不可能であり、民間経済活動の活発化、総需要創出による需給バランスの改善が不可欠であるとの見解を示した。複数の委員は、そのための具体策に触れ、政府に、不良債権処理、税制改革、規制緩和等の分野で、早急かつ具体的な成果を期待したいと述べた。併せて、金融政策がその有効性を発揮しうるためにも、政府が財政規律について市場の信認を得ることが重要であるとの指摘もあった。

 何人かの委員は、金融資本市場の不安定化の背景には、銀行経営への懸念、不良債権処理の遅れがある、としたうえで、(1)銀行は、RCCなども活用しつつ不良債権を抜本処理し、早急に最終損失を確定させる必要がある、(2)その結果資本不足が生じた場合には公的資本注入も検討すべきである、との見解を示した。こうしたなかで、日本銀行も「最後の貸し手」としての役割を適切に果たすことにより、金融システム安定に万全を期していく必要があるとの認識も共有された。

 なお、今回の決定会合を前に、政府首脳が金融政策運営、特に長国買い入れの増額について記者会見等の場で具体的な発言を行ったことについて、多くの委員が発言した。

 大半の委員は、(1)政府の金融政策に関する意見については「政府の代表者が決定会合に出席して意見を述べ」、「その内容は議事要旨で公開される」という枠組みが日銀法上定められている、(2)この枠組みから離れて政府首脳が金融政策運営に関する具体的な発言を公に行うことは、政府・日銀の経済政策運営に対する信認を損ないかねない、(3)さらに、こうした発言は、市場を相手とする金融政策の有効性を阻害するばかりか、市場がネガティブに反応するリスクも高めている、と強調した。

 こうした委員の強い意見表明を受けて、議長は以下のように総括した。「最近の政府首脳のご発言については、日銀法の枠組みからみて問題であるばかりか、わが国の経済運営全体に対する信認を著しく傷つけていると言わざるをえない。本日政府からご出席の方々には、金融政策運営に関する政府のご意見はあくまで決定会合の場で伺い、それを議事要旨で公表するというルールを厳守して頂くよう重ねてお願いしたい。」

V.政府からの出席者の発言

 会合のなかでは、財務省からの出席者から、以下のような趣旨の発言があった。

  •  わが国経済は、穏やかなデフレが継続しており、デフレ克服に向けて日銀、政府一体となった取り組みが求められている。
  •  日本銀行は、今後とも、経済市場動向や金融情勢を十分注視し、金融システム安定にも配慮しつつ、特に年度末に向けての資金需要に的確に対応し、流動性確保に対して市場の不安が生じないよう一層潤沢な資金供給を行って頂きたい。
  •  物価下落に反転の兆しがみられないなかにおいては、従来の短期国債を中心とするオペの実体経済に与える効果は限定的なことから、例えば長期国債の買い入れ増額等、金融政策にあたりさらなる工夫を講じること等により、継続的な物価の下落を阻止し、物価を安定させていくとともに、わが国経済がデフレ・スパイラルに陥らないよう思いきった対応が採られるようお願いしたい。
  •  本日の決定会合は大変注目されている。その意味でも、金融調節事項については、市中にサプライズを起こすといった観点でご検討願いたい。ロンバート型貸付については、その利用が風評リスクへの惧れから有効に機能しないことがないようにお願いしたい。

 内閣府からの出席者からは、以下のような趣旨の発言があった。

  •  昨日の経済財政諮問会議において、経済財政政策担当大臣が「早急に取り組むべきデフレ対応策」について報告した。政府は、今後とも経済金融情勢の変化に即応し、引き続き、具体的で実効性のある施策を大胆かつ柔軟に展開していく。特に、不良債権の処理については、特別検査を踏まえた具体的進捗を図るとともに、金融危機を起こさないためにあらゆる手段を講じることにより、「いわゆる不良債権問題」の早期終結に目途をつけたいと考えている。
  •  金融政策については、効果の発現において、日銀のコミットメントが重要な鍵を握っている。政府としては、日銀と一体となって構造改革とデフレ克服に取り組んでいるという信認を確実なものとして参りたい。具体的政策手段は日銀の判断であるが、政府としては、総理の施政方針演説やデフレ対応策の指示を踏まえ、資金供給を増加させるための思いきった方策を実行に移して頂きたいと考えている。

VI.採決

 以上のような議論を経て、会合では、(1)年度末に向けて、金融市場の安定確保に万全を期すため、当面、日銀当座預金残高目標(10〜15兆円程度)にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行うこと、(2)ロンバート型貸付制度にかかる臨時措置として、3月1日から4月15日までの間、全ての営業日を通じて公定歩合による利用を可能とすること、について今会合で決定すべきとの考え方が大勢となった。

 ただし、ひとりの委員は、(1)インフレーション・ターゲティングを導入すること、(2)資金供給の円滑な実施のため外債買い入れを開始すること、(3)日銀当座預金残高目標を20兆円程度とすること、(4)ロンバート型貸付制度の公定歩合による利用日数を、今積み期間および次の積み期間に限り10営業日とすること、を提案したいと述べた。

 この委員は、これらの提案理由として、(1)物価目標を設定する必要があるが、物価上昇率の方が物価水準より国民にわかりやすく、世界の中央銀行でも一般的である、(2)資金供給手段の多様化の観点から外債購入が適当であり、介入と一線を画して外債を購入することは可能であるし法的にも問題がない、(3)3月末危機を未然に防ぐためにも、現状の15兆円前後を大幅に上回る目標とすべきである、(4)ロンバート型貸付の公定歩合適用期間を拡大すべきであるが、モラルハザード回避のため、現状5営業日から10営業日への拡大に止めるのが適当である、と述べた。

 この結果、以下の議案が採決に付されることになった。

 中原伸之委員からは、金融市場調節方式について、(1)「2003年10〜12月期平均の消費者物価指数(全国、除く生鮮食品)の前年同期比を1.0〜3.0%にすることを目的として、金融市場調節を行う」、(2)「日本銀行当座預金を円滑に供給するうえで必要と判断される場合には、実務体制等の準備が整い次第、外債の買い入れを開始する」、との議案が提出された。

 採決の結果、反対多数で否決された(賛成1、反対8)。

 次に同委員から、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針について、「日本銀行当座預金残高が20兆円程度となるよう金融市場調節を行う。なお、資金需要が急激に増大するなど金融市場が不安定化するおそれがある場合には、上記目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う」との議案が提出された。

 採決の結果、反対多数で否決された(賛成1、反対8)。

 さらに同委員から、「2月16日、3月16日に始まる2つの準備預金積み期間について、ロンバート型貸付の公定歩合適用上限日数を10営業日とし、3月1日より実施する」との議案が提出された。

 採決の結果、反対多数で否決された(賛成1、反対8)。

 議長からは、会合における多数意見をとりまとめるかたちで、以下の2つの議案が提出された。

議案(議長案)

1.次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を下記のとおりとすること。

 日本銀行当座預金残高が10〜15兆円程度となるよう金融市場調節を行う。

 なお、当面、年度末に向けて金融市場の安定確保に万全を期すため、上記目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う。

2.対外公表文は、別途決定すること。

採決の結果

  • 賛成:速水委員、藤原委員、山口委員、三木委員、植田委員、田谷委員、須田委員、中原眞委員
  • 反対:中原伸之委員

 中原伸之委員は、(1)昨年12月以降ほぼ15兆円が維持できている点を踏まえると、10〜15兆円という幅を持たせたディレクティブは不適切で、ピンポイントの残高目標とすべきである、(2)議長案は積極的な緩和とは言えず、年度末に向けて危機的状況を回避するためにも20兆円程度を目標とすべきである、(3)経済情勢の悪化に応じてフォワード・ルッキングな政策対応とすべきである、と述べ、上記採決において反対した。

議案(議長案)

1.平成14年3月1日から同4月15日までの間、臨時措置として、補完貸付制度基本要領(平成13年2月28日付政委第22号別紙1.。以下「基本要領」という。)に基づき同期間内に実施する貸付けについては、基本要領5.の定めにかかわらず、全ての営業日において、基準貸付利率を適用する扱いとすること。

2.対外公表文は別途決定すること。

採決の結果

  • 賛成:速水委員、藤原委員、山口委員、三木委員、植田委員、田谷委員、須田委員、中原眞委員
  • 反対:中原伸之委員

 中原伸之委員は、(1)過去の利用実績に照らすと、全営業日とする必要性には乏しい、(2)一方で、今後の利用拡大もありうることを想定すれば、モラルハザード回避のためにも、公定歩合の適用日数は10日に止めるべきである、と述べ、上記採決において反対した。

VII.対外公表文の検討

 以上の決定事項等にかかる対外公表文について、執行部が作成した原案に基づいて委員の間で議論が行われ、採決に付された。採決の結果、対外公表文(「本日の措置について」)が賛成多数で決定され、別紙のとおり、同日公表されることとなった。

採決の結果

  • 賛成:速水委員、藤原委員、山口委員、三木委員、植田委員、田谷委員、須田委員、中原眞委員
  • 反対:中原伸之委員

 中原伸之委員は、前述の議長案に反対の立場をとったことから、上記対外公表文についても反対した。

 なお、政策変更時の恒例に従い、同日、議長が記者会見を行うこととなった。

VIII.議事要旨の承認

 前々回会合(1月15、16日)の議事要旨が全員一致で承認され、3月5日に公表することとされた。

以上


(別紙)

2002年2月28日
日本銀行

本日の措置について

1.日本銀行による思い切った金融緩和策の結果、金融市場では、短期金利がほぼゼロ%に低下するなど、極めて緩和した状態が続いており、マネタリーベースも前年を3割近く上回る伸びとなっている。

2.しかし、年度末を控え、金融資本市場などの展開如何では、流動性需要がさらに高まる可能性がある。金融市場の安定確保に万全を期すことは、デフレ・スパイラルに陥ることを未然に防ぎ、景気の持続的回復を目指す上で、極めて重要である。

3.日本銀行としては、こうした観点から、以下の措置を講じることとした。

(1)年度末に向けた一層潤沢な資金供給

 当面、年度末に向けて金融市場の安定確保に万全を期すため、日本銀行当座預金残高目標(10〜15兆円程度)にかかわらず、流動性需要の増大に応じ、一層潤沢な資金供給を行う(別添参照)。

(2)長期国債買い入れの増額

 資金供給を円滑に行うため、長期国債の買い入れを、これまでの月8千億円(年9.6兆円)ペースから、月1兆円(年12兆円)ペースに増額する。

(3)ロンバート型貸付制度における公定歩合の適用期間拡大

 3月1日から4月15日(3月積み期間終了日)までの間、すべての営業日を通じて公定歩合による利用を可能とする(従来は、積み期間中、5営業日)。

(4)適格担保拡大の検討

 預金保険機構向けおよび地方交付税特別会計向け貸付債権の適格担保化について、譲渡制限の撤廃を含めて関係先との調整を行いつつ、実務的検討を早急に進める。

4.日本銀行の思い切った金融緩和が経済全体に浸透していくためには、迅速な不良債権処理を通じて金融システムの強化・安定を図るとともに、税制改革、公的金融の見直し、規制の緩和・撤廃等により経済・産業面の構造改革を進めることが前提となる。この点について、政府および金融機関をはじめとする民間各部門の一段と強力かつ果断な取組みを強く期待したい。

5.最近の物価の継続的な下落傾向は、輸入依存度の上昇等の供給構造の変化に加えて、経済全体の需給バランスの悪化を反映している。日本経済がデフレから脱却するためには、上記4.の措置を含む抜本的な対応により、民間経済活動の活性化を図り、わが国経済を持続的成長軌道に復帰させることが不可欠である。

6.日本銀行としては、今後とも、潤沢な資金供給を行うこと、および「最後の貸し手」としてシステミック・リスクの顕現化を回避することの両面において、中央銀行としてなし得る最大限の努力を続けていく方針である。

以上


(別添)

平成14年2月28日
日本銀行

当面の金融政策運営について

 日本銀行は、本日、政策委員会・金融政策決定会合において、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を、以下のとおりとすることを決定した(賛成多数)。

 日本銀行当座預金残高が10〜15兆円程度となるよう金融市場調節を行う。

 なお、当面、年度末に向けて金融市場の安定確保に万全を期すため、上記目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う。

以上