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金融政策決定会合議事要旨

(2001年10月29日開催分)*

  • 本議事要旨は、日本銀行法第20条第1項に定める「議事の概要を記載した書類」として、2001年11月29日開催の政策委員会・金融政策決定会合で承認されたものである。

2001年12月 4日
日本銀行

開催要領

1.開催日時
2001年10月29日(9:00~13:59)
2.場所
日本銀行本店
3.出席委員
  • 議長 速水 優(総裁)
  • 藤原作弥(副総裁)
  • 山口 泰(副総裁)
  • 三木利夫(審議委員)
  • 中原伸之(審議委員)
  • 植田和男(審議委員)
  • 田谷禎三(審議委員)
  • 須田美矢子(審議委員)
  • 中原 眞(審議委員)
4.政府からの出席者
  • 財務省 藤井秀人 大臣官房総括審議官
  • 内閣府 小林勇造 政策統括官(経済財政−運営担当)

(執行部からの報告者)

  • 理事松島正之
  • 理事増渕 稔
  • 理事永田俊一
  • 企画室審議役白川方明
  • 企画室参事役雨宮正佳
  • 金融市場局長山下 泉
  • 調査統計局長早川英男
  • 調査統計局企画役吉田知生
  • 国際局参事役沼波 正

(事務局)

  • 政策委員会室長横田 格
  • 政策委員会室審議役中山泰男
  • 政策委員会室調査役斧渕裕史
  • 企画室調査役衛藤公洋
  • 企画室調査役清水誠一

I.「経済・物価の将来展望とリスク評価」の公表日時の変更

 冒頭、議長から、10月30日に公表予定の「経済・物価の将来展望とリスク評価」について、公表日時を本日中に繰り上げるとの提案がなされ、委員の了承を得た。また、本件については、直ちに対外公表することとされた。

II.金融経済情勢等に関する執行部からの報告の概要

1.最近の金融市場調節の運営実績

 金融市場調節については、前回会合(10月11、12日)で決定された金融市場調節方針1にしたがって、弾力的な資金供給を行った。9月積み期最終日(10月15日)にかけては、市場で外銀を中心とした超過準備保有の増大が意識され、資金調達圧力がやや強まったことを受け、日銀当座預金残高を9兆円超まで増加させた。その後は、市場地合いをみながら、当座預金残高を徐々に減少させる調節を行った。こうした調節のもとで、オーバーナイト金利は0.002~0.003%と、総じて安定的に推移した。今後の調節に際しては、超過準備需要の動向が鍵となるが、外銀の超過準備保有が再び増加しているほか、地銀等の資金の出し手が資金放出姿勢を慎重化させていることから、当面、高水準の超過準備が続く可能性がある。

  1. 「日本銀行当座預金残高が6兆円を上回ることを目標として、潤沢な資金供給を行う。」

2.金融・為替市場動向

 前回会合以降の市場の動きをみると、米国株価が底固く推移していること等を背景に、わが国の株価は強含み、円の対ドル相場は下落した。また、長期金利は小幅の低下をみており、市場全体として良好な地合いとなった。もっとも、各市場とも、取引高が減少しており、先行き、方向感の乏しい展開が予想される。

 株価は、米国株の動きにつられる形で米国テロ事件直前の水準まで戻している。業種別にみると、足許では、電気機器、銀行、通信の戻りが目立つが、このうち銀行株は、テロ事件前のレベルには回復していない。先行きについて、市場では、米国経済に対する楽観的な期待が後退すれば、株価は再び調整色を強める可能性があるとの見方が多い。

 長期金利は、政府が今年度補正予算編成で財政構造改革路線を維持する姿勢を表明したことが好感されたこと等から、緩やかに低下している。引き続き、追加的な財政出動にかかる国債の需給悪化懸念と、資金需要が乏しいもとでの国債市場への資金流入の動きが、綱引きする展開が見込まれる。この間、社債流通利回りの対国債スプレッドは、高格付債では僅かに縮小している一方、低格付債では、信用リスクに対する投資家の見方が慎重化していることから、拡大する動きが続いている。

 円の対ドル相場をみると、米国株価の持ち直しなどを背景としたドル買いの動きや、国内投資家の外債投資増加が続くとの見方から、足許では円安方向に動いている。市場センチメントについても、ドル・ベア観の大幅な後退が窺われる。

3.海外金融経済情勢

 米国では、前回会合以降に明らかになった経済指標から、テロ事件の経済への影響の大きさが改めて確認された。すなわち、企業や家計のコンフィデンスの大幅な悪化に加え、個人消費の落ち込み、生産の急減など、実体経済面でも大きな影響が生じている。なお、足許では、週間チェーンストア売上高など、大幅な落ち込みの後、幾分改善の動きを示す統計が一部にあるが、これらについても、テロ事件前の水準にまで回復しているわけではない。こうした経済活動の落ち込みが一過性のものに止まらなければ、米国景気の後退色が強まり、世界経済全体へも悪影響を及ぼすことが懸念される。このような経済情勢を背景に、FF先物金利は、次回FOMC(11月6日)における0.25%の利下げを織り込む展開となっている。

 米国株価は、積極的な金融・財政政策による米国経済の早期回復期待などから、概ねテロ事件以前の水準にまで回復している。しかし、最近の経済指標が芳しくないことや、企業収益の見通しが下方修正されていることを踏まえると、足許の株価の戻りを力強い株価回復の端緒とみることは難しいと考えられる。

 欧州では、ドイツ、フランス、イタリア等の主要国で、輸出の伸び鈍化や設備投資の減速などから、景気減速が明確化している。また、失業率が上昇傾向にあるなど、雇用環境も悪化しつつあり、個人消費にも減速の兆しが窺われる。

 東アジア諸国では、IT関連財を中心に輸出が落ち込んでいるため、生産が減少基調にあるなど、景気の減速が続いている。国毎にみると、台湾、シンガポールは、本年の成長率予想がマイナスとなるなど、落ち込みが目立っている。この間、中国は、7%程度の高成長を維持しているが、それでも、輸出の増勢鈍化から、期を追って成長率が低下している。

 そのほか、エマージング諸国では、アルゼンチンの動向が最大の注目点である。同国の債券の対米国債スプレッドは、このところ幾分縮小したとはいえ、なお20%を上回る水準にあり、注意を要する。こうした不安定な情勢の影響が、ブラジルやトルコに波及するリスクも懸念される。

4.国内金融経済情勢

(1)実体経済

 前回会合以降に公表された経済指標や、先般の支店長会議における各地の報告からは、「生産の大幅な減少の影響が雇用・所得面にも拡がっており、景気の調整は厳しさを増している。加えて、米国における同時多発テロ事件の発生を契機として、景気の先行きに対する不透明感が一段と高まっている」との景気判断を変えるような材料はみられなかった。

 まず、輸出については、7~9月期も、これまでとほぼ等速で減少していることが明らかとなった。輸出動向の鍵を握る世界の半導体出荷の業界見通しをみると、今年については、春時点の予想に比べ大幅に下方修正されている。ただ、先行きについては、来年春以降、伸びを高める姿が展望されている。一方、7~9月期の輸入は、輸出をやや上回る減少となったが、これは、国内のパソコン販売の不振や情報関連の生産減少などが影響していると考えられる。

 雇用面では、夏季賞与が、非製造業および中小企業を中心に前年を下回る着地となった。企業収益が2年連続増益の後の割には、やや弱い結果であったと評価できる。

 個人消費関連では、各種販売統計は区々の動きとなったが、このところ、やや弱めの指標が目立っている。この間、9月の消費動向調査では、雇用環境に対する見方を中心に消費者コンフィデンスが慎重化していることが確認された。

 物価についてみると、企業向けサービス価格は下落が続いている。9月の消費者物価(除く生鮮食品)は、前月に比べ、前年比マイナス幅が僅かに縮小した。財別にみると、被服や耐久消費財の下落幅が幾分縮んでいる。

 本日公表された生産指数は、前月比−2.9%と、前月の予測に比べ、電気機械や一般機械を中心に、マイナス幅が拡大した。この結果、7~9月期は、前期比−4.3%となり、本年第1四半期以降、前期比マイナス幅が幾分拡大する傾向にある。この間、在庫については、電子部品で減少してきているほか、素材でも積み上がりに歯止めが掛かりつつあるが、全体では、調整終了までなお時間を要する状況にあると考えられる。

(2)金融環境

 10月のマネタリーベース前年比は、銀行券の堅調な伸びが続く中で、当座預金が大幅に増加していることから、前月に引き続いて高い伸びとなる見通しである。

 9月のマネーサプライについては、前年比+3.7%と伸びを高めたが、その内訳をみると、預金通貨の伸びが高まっていることが特徴的である。この背景としては、米国テロ事件の発生や大型企業倒産の影響等から、企業の流動性需要が高まった可能性が考えられる。

 企業金融について、10月の「主要銀行貸出動向アンケート調査」ををみると、企業の資金需要は、大企業、中堅企業を中心に減少傾向が続いているが、銀行の貸出運営スタンスには、大きな変化は窺われない。ただ、子細にみると、信用枠、信用リスク評価、担保設定については厳格化の方向にあり、今後の動きを注意深くみていく必要がある。

 この間、企業倒産については、このところ概ね横這い圏内で推移している。

III.金融経済情勢に関する委員会の検討の概要

1.景気の現状

 会合では、前回会合(10月11、12日)以降に明らかになった経済指標等の評価を中心に検討が行われたが、結論としては、前回会合時点での「生産の大幅な減少の影響が雇用・所得面にも拡がっており、景気の調整は厳しさを増している。加えて、米国における同時多発テロ事件の発生を契機として、景気の先行きに対する不透明感が一段と高まっている」という判断を変更する材料はないとの見解が、大方の委員に共有された。とくに、多くの委員から、企業部門の調整が個人部門に徐々に波及しつつあるとの認識が示された。

 まず、テロ事件後の米国経済の動向について、ひとりの委員は、(1)積極的な金融財政政策が打ち出されている、(2)株式市場や社債発行市場などの金融市場の機能が回復している、(3)原油価格が安定しているなどの理由から、ここへきて過度の悲観論は後退している、と指摘した。ただ、この委員を含めた何人かの委員は、消費者心理の冷え込みとその消費支出への影響等から、短期的には、米国経済の減速は避けられない、との見方を示した。また、複数の委員は、安全確保のための様々なコスト上昇が生産性の低下に繋がりかねない、と述べた。さらに、ひとりの委員は、米国経済への依存度が高い東アジア諸国でも、輸出の改善が依然としてみられず、生産や企業収益の落ち込みを通じて内需にも悪影響が出てきている、と付け加えた。

 また、ある委員は、米国と一部中東諸国との関係が緊張すれば、原油価格に悪影響を与えることが懸念される、と発言した。

 こうした海外経済の減速を背景に、わが国の輸出の落ち込みと、その関連分野の生産の減少が続いている、との指摘が相次いだ。何人かの委員は、在庫調整、生産調整の終了時期は来年にずれ込むことがはっきりしてきた、との趣旨を述べた。また、別のある委員は、輸出の減少から、わが国の貿易収支の黒字額が大きく減少していることに懸念を示した。

 個人消費に関しては、複数の委員が、雇用環境の悪化を背景に、消費者心理が大きく慎重化していることに注目した。これらの委員は、消費マインドの動きが、今後、消費支出へどのような影響を与えるか、注視する必要がある、と発言した。

 消費者物価が下落を続けていることについても、複数の委員が言及した。このうち、ひとりの委員は、経済全体としては、物価下落と景気後退の悪循環であるデフレ・スパイラルに至っているとは言えないとの見方を示したが、同時に、別のある委員とともに、素材産業の一部では、商品市況の下落と出荷量の減少がともに生じ、企業収益に大きな影響が及んでいる、と指摘した。

 この間、ひとりの委員は、(1)景気動向指数はいずれも下方修正されている、(2)企業内失業の圧力を考慮すると、失業率は先行き7%を上回る可能性がある、(3)賃金の減少や失業率の上昇が個人消費に悪影響を及ぼすのは時間の問題である、(4)日米の株価は、来年以降、再び反落する可能性が高く、わが国の金融経済情勢は来年3月までに一層不安定化する、といった点を挙げて、他の委員に比べて慎重な景況感を示した。

2.金融面の動き

 金融面では、何人かの委員が、株価や円相場は、米国テロ事件以前の水準に戻っており、市場環境は全体として落ち着きを取り戻している、との評価を示した。また、ある委員は、9月後半のわが国の円売り介入や、最近の本邦投資家による外債投資増加が、米国債券市場の安定化と円高懸念の後退に寄与している面がある、と指摘した。さらに、この委員を含む複数の委員は、エマージング市場についても、落ち着きを取り戻している、との見方を述べた。

 もっとも、米国株価については、複数の委員が、このところ回復傾向にあるものの、先行きの経済情勢次第では再び下落するリスクがある、との意見を述べた。

 国内の短期金融市場については、多くの委員が、流動性需要はなお不安定である、との認識を示した。その背景としては、外銀や一部の地銀が、短期市場における運用意欲を低下させており、その結果、超過準備の動きが振れやすくなっていることがある、と指摘した。このうち、ある委員は、短期金利が取引コストを賄えないほどにまで低下しているため、生保などの投資家の中にも、短期金融商品での運用比率を引き下げる動きがみられる、と述べた。

 市場動向から読み取れるクレジット・リスクの動きについて、ひとりの委員は、クレジット・デフォルト・スワップ・レートに着目し、わが国金融機関に対する市場の見方は、中間期末を越えたにも拘わらず引き続き厳しい、と述べた。さらに、日本国債に対するリスク・プレミアムも幾分拡大しており、気懸かりである、と続けた。

 そのほか、ある委員は、企業金融に関して、97~98年頃のような信用収縮の動きはないが、銀行貸出スタンスの二極化傾向が続いている中、企業収益の圧迫から資金繰りが悪化している企業が一部に出始めているようであり、今後の動向には注意を要する、と指摘した。もうひとりの委員も、最近のような景気情勢が続く限り、金融機関による貸出先の選別は厳しくならざるをえないとの見方を述べた。

 なお、ひとりの委員は、短期金融市場の機能が低下していることや、本来淘汰されるべき企業の延命に伴い過当競争による価格下落に目に余る動きがみられることは、いずれも長期にわたる金融緩和の副作用とも言える、との見解を示した。

3.経済・物価の将来展望とリスク評価

 当会合において「経済・物価の将来展望とリスク評価」を決定し、公表することを踏まえ、委員は、本年度(2001年度)下期から来年度(2002年度)にかけての経済・物価の展望や、こうした標準見通しに影響を与え得るリスク要因についても、議論を行った。

 まず、何人かの委員が、今回、先行きの経済・物価動向を展望するうえでは、不確実な要因が従来以上に多いという点を強調した。これらの委員は、不確実性として、(1)もともと世界的なIT需要の動向や米国経済の先行きが見極め難かったこと、(2)米国テロ事件というさらに評価の難しい事態が発生したこと、(3)わが国の構造改革の進捗や財政再建の影響も先行き見通しを難しくしていること、を指摘した。

 そのうえで、大方の委員は、先行きの標準的な見通しについて、(1)本年度下期は、輸出・生産の大幅な減少の影響が内需面に拡がっていく可能性が高く、厳しい調整過程を辿ることは避けられない、(2)来年度については、米国などの海外経済の回復時期が来年度前半になるとみれば、年度下期にかけて、わが国の景気は全体として下げ止まりに向かう、(3)ただ、その場合でも、景気の明確な回復にはなお時間を要する可能性が高い、との認識を示した。さらに、複数の委員は、国内需要が自律的に回復する要因は乏しいと言わざるをえず、当面の日本経済にとっては、構造調整圧力もさることながら、海外経済の動向が大きなポイントとなる、との趣旨を付け加えた。

 このような実体経済の動向を反映して、物価は、需要面から低下圧力が強まりやすい状況にあり、供給面から安値輸入品の流入や生産性向上等を背景に物価下落圧力が作用し続けることと合わせ、本年度から来年度にかけても、なお緩やかな下落傾向が続く可能性が高い、との見方が共有された。

 こうした標準的な見通しに関連して、ある委員は、下落傾向が続く物価情勢をどう評価するかという観点からコメントした。この委員は、重要なポイントは、今後、デフレが加速したり、デフレを起点としたマイナスの動きが経済に拡がってくるかであるが、今回の標準的な見通しにおいては、デフレ・スパイラルのような状況に陥ることは想定されていない、と述べた。そのうえで、この委員は、物価の下落が小幅に止まっている理由は何か、物価下落により、多額の債務を抱える企業や政府部門はどのような影響を受けるか、さらに金融資産と実物資産の間での資産選択はどのように変化するか、といった点について、注意深く点検していく必要があると続けた。

 次に、標準的な見通しに対して、下振れないし上振れとなる可能性(リスク要因)について議論が行われた。多くの委員は、まず、米国経済をはじめとする海外経済や、IT関連分野の動向を挙げた。

 ある委員は、世界経済の先行きは極めて不確実であり、その回復時期は、標準シナリオで想定した来年度前半よりさらに後ずれするリスクがあることを強調した。もうひとりの委員も、テロ事件の影響が一過性のものに止まる可能性は低く、米国経済の停滞が続くリスクを認識すべきである、と述べた。さらに、別のある委員は、米国経済は、過剰投資、過剰消費の調整過程にあり、マクロ経済政策の効果は必ずしも大きくないかもしれない、との見方を示した。また、この委員は、世界経済の同時減速の中で、保護主義の台頭から国際貿易が一段と縮小する懸念があると付け加えた。

 反面、IT分野および海外経済の調整が比較的速やかに進展する可能性についても何人かの委員から指摘された。複数の委員は、IT産業における在庫調整は順調に進んでいる、と述べた。また、別の複数の委員は、米国の政策効果を過大に期待するのは適当ではないが、それでも、積極的な金融財政政策が米国、さらには世界経済の落ち込みを抑えることが期待できる、との見解を示した。

 また、何人かの委員は、リスク要因として、金融資本市場の動向を指摘した。

 これらの委員は、テロ事件を契機に国際的な資本移動は不安定性を増しており、そうした中で国内の株価が下落し、わが国の経済活動を下押しするリスクに留意が必要である、と述べた。このうちのひとりの委員は、今後、テロ資金対策により自由な資本移動がある程度抑制される可能性があることも心配される、と付け加えた。また、別の複数の委員は、米国株価が足許回復しているとはいえ、各種バリエーション指標からみると割高であると考えられ、先行き再び下落するリスクがある、との見方を示した。

 ただ、別のある委員は、各国の金融当局が強力な緩和姿勢を示しており、こうした動きが金融資本市場の安定化に繋がることを期待したい、と発言した。

 不良債権処理の動向とその影響についても、多くの委員が着目した。ある委員は、リスク要因としては、不良債権問題の帰趨をもっとも注目しているとしたうえで、処理の行方によっては、実体経済、金融市場に大きなインパクトが生じる惧れがある、と述べた。もうひとりの委員は、不良債権処理が早ければ倒産や失業の増加の可能性がある一方、処理スピードが遅くてもわが国の金融システムに対する信認の低下を招くリスクがあり、いずれにせよ厳しい状況にある、との見解を示した。この委員を含めた複数の委員は、不良債権問題が97~98年にみられた信用収縮の動きに繋がらないよう注意していく必要がある、と強調した。

 さらに、何人かの委員は、経済・財政の構造改革についても、経済・物価動向に影響を与える要因として、指摘した。ひとりの委員は、構造改革の影響については、まだ改革の具体化に向けた動きが始まったばかりの現時点ではなかなか織り込みにくく、改革の進捗に伴って考えられる、プラス、マイナス両面の可能性を認識しておく必要がある、との考えを述べた。この委員を含めた複数の委員は、構造改革の成果が早期に現れてくることを強く期待したい、と発言した。また、別のある委員は、内需中心の産業構造への転換を通じて、過当競争を是正すれば、価格下落の防止や産業競争力の強化に資する、との意見を表明した。

 また、財政構造改革の動きについては、ある委員は、現在の政府の方針を基本に据えれば、公共事業は減少傾向を続けることを前提に考えざるをえない、と発言した。もうひとりの委員は、財政再建は、単年度で考えるべきではなく、本来、将来の期待形成に働きかける政策課題であるとしたうえで、厳しい経済情勢に直面している中、財政のビルト・イン・スタビライザー機能まで抑えるような財政運営は避けるべきではないか、との意見を述べた。

 以上のような経済・物価動向の展望とリスク評価に対して、ひとりの委員は、(1)日本経済は急速なスピードで後退しており、今年度下期にかけて一段と後退が加速すると見込まれる、(2)海外経済が来年度前半に回復する可能性は相当低い、(3)物価下落の影響は、名目賃金の切り下げ等を通じてやがて個人消費にも及ぶ、(4)エマージング諸国の通貨の問題も存在する、といった点を指摘して、他の委員に比べより厳しい見方を示した。

 なお、「経済・物価の将来展望とリスク評価」に参考計表として掲載する、「政策委員の大勢見通し」2は、実質GDP(年度平均前年比。以下同じ)が2001年度「−1.2%~−0.9%」、2002年度「−1.1%~+0.1%」、国内卸売物価指数が2001年度「−1.2%~−1.0%」、2002年度「−1.3%~−0.9%」、消費者物価指数(除く生鮮食品)3が2001年度「−1.1%~−1.0%」、2002年度「−1.3%~−0.9%」となった。また、「政策委員全員の見通し」4は、実質GDPが2001年度「−1.6%~−0.6%」、2002年度「−1.7%~+0.2%」、国内卸売物価指数が2001年度「−1.5%~−0.9%」、2002年度「−1.9%~−0.5%」、消費者物価指数(除く生鮮食品)が2001年度「−1.3%~−0.9%」、2002年度「−1.7%~−0.5%」となった。

  • 2今回、先行きの不確実性が従来以上に大きいことに鑑み、各政策委員は最大0.5%のレンジの範囲内で見通しを作成することとした。「大勢見通し」は、9名の政策委員の見通し値(各項目毎に計18個)のうち上から2個、下から2個、計4個の値を除いて、「幅」で示したもの(政策委員が単一の値で見通しを作成した場合は、当該値を2個と数える)。
  • 3消費者物価指数の見通しは、2000年基準で作成。
  • 4政策委員の作成した全見通し値を最大値、最小値の「幅」で示したもの。

IV.当面の金融政策運営に関する委員会の検討の概要

 以上のような金融経済情勢を踏まえて、当面の金融政策運営の基本的な考え方が検討された。

 大方の委員の金融経済情勢に関する認識は、(1)「生産の大幅な減少の影響が雇用・所得面にも拡がってきており、調整は厳しさを増している。加えて、米国における同時多発テロ事件を契機として、景気の先行きに対する不透明感が一段と高まっている」という前回会合での判断を変える材料は得られていない、(2)また、先行きについても、厳しい調整過程を辿ることは避けられない、(3)短期金融市場では、流動性需要が不安定な状態が続いている、というものであった。

 こうした認識を踏まえ、これらの委員は、当面、特定の当座預金残高目標を定めず、現在の柔軟な金融市場調節方針を維持し、潤沢な流動性を機動的に供給していくことが適当である、との見解で一致した。このうちひとりの委員は、そうした金融調節の結果、当座預金残高が大きく振れる場合には、その背景について執行部より報告を受けたい、と付け加えた。 消費者物価指数の見通しは、2000年基準で作成。

 一方、ある委員は、(1)厳しい経済情勢を踏まえ、追加的な緩和措置を講ずるべき局面にあること、(2)量的ターゲットのもとでの政策効果が徐々に現れているとみられること、を理由に挙げて、「物価水準ターゲット」を導入するとともに、当座預金残高をさらに増額するべきであるとの意見を述べた。この委員は、当座預金の大幅増額に際しては、国債買い切りオペの増額や外債購入も必要になる、との考えをあわせて示した。さらに、流動性供給が物価上昇に繋がりにくいとの議論に対しては、長期国債などを購入することでベースマネーを供給し続ければ、いずれ物価上昇が実現し、デフレを克服できるはずである、と主張した。

 会合では、現在の潤沢な資金供給の効果について、多くの議論があった。ある委員は、8月の緩和措置後、株価や長期金利に目立った効果が現れなかったのは、中間期末を控えていたことや補正予算に関する思惑が生じていたこと等が影響していたのではないか、と述べた。そのうえで、この委員は、10月入り後、株式市場や為替市場が良好な地合いとなりつつある点を踏まえると、当座預金残高増額の効果が「染み出している」可能性も否定できない、との見方を示した。また、もうひとりの委員も、最近、本邦投資家が短期金融市場から期待収益率がより高い資産へ資金をシフトさせているように、そうした波及効果を期待できる動きが出てきている、と付け加えた。別のひとりの委員も、海外投資家が敏感に反応したなどの効果がみられた、と発言した。

 他方、別のある委員は、「染み出している」といっても、これは、コールレートが0.01%から0.001%に低下したことや、米国債のイールドカーブの動きなど、結局は金利の変化を反映したものではないか、との意見を述べた。これに対し、別のもうひとりの委員は、金融政策に対し市場が反応するにはある程度時間を要することもあり、最近の市場の動きが当座預金残高増額の直接的な影響なのか、それとも金利の変化を介したものなのかを区別することはなかなか難しい、との見方を示した。

 こうした議論を経て、多くの委員は、6兆円を上回る当座預金供給が金融市場への波及効果を強めていくのかどうか、もう少し時間をかけて見極めたい、という見解で一致をみた。このうちひとりの委員は、市場に緩和効果を浸透させるためには、絶えず必要額を上回る潤沢な資金供給を続けるという本行のスタンスを堅持することが重要である、と強調した。この委員は、金融面からの効果の波及を目指し、中長期金利や資産価格形成にかかるリスク・プレミアムを最小化していくことが必要である、と付け加えた。

 何人かの委員は、構造改革をはじめとする政府の役割について言及した。これらの委員は、日本経済に需要不足や構造調整圧力の残存といった根本的な問題があることを踏まえると、金融緩和だけで景気回復と物価下落防止を図っていくのは難しい、と主張した。このうち、ある委員は、現在の苦境を脱するには、不良債権処理によって金融システムの機能を回復させるとともに、規制緩和や財政支出の内容の見直しにより、民間需要を引き出すことが不可欠であるとして、これらの分野で、政府が主導的な役割を果たしていくことを期待する、と述べた。もうひとりの委員は、物価下落を阻止するという目的は、政府と日本銀行との間で共有されているはずである、との考えを示した。そのうえで、構造改革を進めれば短期的にはデフレ圧力が高まると想定される中、日本銀行は日本銀行として出来ることに全力を尽くしたいと考えているが、政府も必要な手段を講ずることを期待する、と発言した。

 そのほか、本日、決定・公表する「経済・物価の将来展望とリスク評価」と金融政策運営との関係について、複数の委員が発言した。ひとりの委員は、今回の展望レポートを機に、追加的金融緩和を求める声が高まることがあろうが、これに対しては、できる限りの金融緩和に努力していること、そのうえで、様々な構造改革の取り組みが実を結んでいけば、金融緩和と相俟って、デフレ対策としても大きな力を発揮するはずであることを、丹念に説明する必要がある、との考えを述べた。もうひとりの委員も、中央銀行として適切な政策努力を継続していくとともに、日本経済再建のための建設的な議論をリードできるよう、従来以上に努力していくべきである、と同調した。

 なお、議論の過程である委員は、物価は世の中にある財・サービスと流動性の交換比率であるので、流動性を増やし続ければ、いずれはインフレになる、との考えを述べた。この委員は、その時点はいつか分からないが、そうしたリスクを念頭に置きつつ政策を運営しなければならない、と続けた。この点については、数人の委員より、そのような言い方では日銀がデフレとインフレのいずれを当面の主要なリスクと考えているのかうまく真意が伝わらなくなるので適当でないとのコメントが、デフレ防止を重視する観点から寄せられた。

V.政府からの出席者の発言

 会合の中では、財務省からの出席者から、以下のような趣旨の発言があった。

  •  日本銀行は前回の決定会合以降も概ね8兆円を上回る潤沢な資金供給を行っている。当座預金残高を増やすことについては、市場に安心感を与えるという心理的な経済下支え効果があると考えられる。したがって、今後とも、経済・市場動向を十分注視しつつ、これまでの方針を踏まえ、引き続き8兆円を上回る潤沢な資金供給を行って頂きたい。
  •  また、消費者物価指数をみると、物価の下落が依然として継続している。現在の持続的な物価の下落は企業活動や消費等様々な面で悪影響を与えており、日本銀行におかれては、物価下落を阻止するための政策論議を深めて頂きたいと考えている。
  •  先般、政府が取りまとめた「改革先行プログラム」においても、経済・物価動向の先行きや政府における本格的な構造改革への取り組みを踏まえ、デフレ阻止に向けて、適切かつ機動的な金融政策運営が行われるよう期待する旨、盛り込まれたところである。日本銀行は、物価の継続的な下落を防止するため、中央銀行としてなしうる最大限の努力を続けていく方針である旨を表明している。依然として物価下落に反転の兆しがみられない中において、人々の心理にも強く働き掛け、こうした日本銀行としての強い政策態度を市場に浸透させるとともに、これを実効あらしめるため、是非とも機動的に金融政策を運営して頂きたい。

 内閣府からの出席者からは、以下のような趣旨の発言があった。

  •  「改革先行プログラム」は、10月26日の経済対策閣僚会議で決定されたもので、その前に、総裁も出席されている経済財政諮問会議で議論されたものである。中身としては、構造改革の加速、前倒しのための規制改革等の制度改革を盛り込み、さらに金融再生法の改正や補正予算により手当てされる個別施策などを付け加えている。政府としては、本プログラムにしたがって構造改革を加速するとともに、構造改革全体の道筋を示す「改革工程表」に沿って着実に構造改革を進めることとしている。これによって、初めて民需主導の自律的な経済成長の展望が可能になるものと考えている。
  •  また、本プログラムには、日本銀行に対する期待も盛り込まれている。政府としては、日本銀行と密接に連携を図りつつ、出来るだけ速やかにデフレを阻止する必要があると考えており、日本銀行におかれても、デフレ阻止に向けて断固たる対応を行って頂きたい。

VI.採決

 以上のような議論を踏まえ、会合では、現状の金融市場調節方針を維持することが適当であるとの考え方が大勢となった。

 ただし、ひとりの委員は、「物価水準ターゲット」を導入したうえで、日銀当座預金残高を10兆円程度とし、さらに、資金供給の円滑な実施のため、保有長期国債の残高を銀行券発行残高までとする現在の制限を外すべきであると主張した。

 その理由としてこの委員は、(1)米国の軍事行動が長期化し、その世界経済への悪影響が懸念される中、日本経済も外需頼みの回復はもはや期待できず、デフレ・ギャップが一段と拡大する状況にある、(2)不良債権問題の出口が見えず、これから行われる特別検査の結果如何では、来年3月にかけて金融情勢が非常に不安定化する惧れがある、(3)物価水準を現状以下には引き下げないという中央銀行の強い意思を、その達成時期を明確にする形で対外的に明らかにする必要がある、(4)現状の8兆円程度の当座預金供給は市場の需要をアコモデートしているに過ぎず、もう一歩踏み込んでさらなる量的緩和を行うために当座預金残高の目標を引き上げるべきである、といった点を挙げた。さらに、量的緩和の手段として、国債買い切りオペを月8千億円程度にまで増額するとともに、外債の購入も定期的に月2千億円程度実施するという形で補助的に用いることが適当である、と付け加えた。この委員は、外債の購入は毎月定額という形で行うのであれば、日銀法第33条に掲げられる通常業務の範囲内であり、為替介入と混同されることはないので法的に問題はないほか、実務面でもフィージブルである、との考えを述べた。

 この結果、以下の議案が採決に付されることになった。

 中原伸之委員からは、金融市場調節方式について、「2001年1~3月期平均の消費者物価指数(全国、除く生鮮食品)のレベル(99.1)を基準として、2003年1~3月期平均の同指数について、その基準レベル(99.1)を維持ないしはそれ以上に引き上げることを目的として、金融市場調節を行う」との議案が提出された。

 採決の結果、反対多数で否決された(賛成1、反対8)。

 次いで同委員から、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針について、「日本銀行当座預金残高が10兆円程度となるよう金融市場調節を行う。なお、資金需要が急激に増大するなど金融市場が不安定化するおそれがある場合には、上記目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う」とともに、これを円滑に実施するため、「3月19日決定の金融市場調節方式のうち、『ただし、日本銀行が保有する長期国債の残高(支配玉<現先売買を調整した実質保有分>ベース)は、銀行券発行残高を上限とする。』の部分を削除する」との議案が提出された。

 採決の結果、反対多数で否決された(賛成1、反対8)。

 議長からは、会合における多数意見をとりまとめるかたちで、以下の議案が提出された。

議案(議長案)

 次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を下記のとおりとし、別添のとおり公表すること。

 日本銀行当座預金残高が6兆円を上回ることを目標として、潤沢な資金供給を行う。

採決の結果

  • 賛成:速水委員、藤原委員、山口委員、三木委員、植田委員、田谷委員、須田委員、中原眞委員
  • 反対:中原伸之委員

 中原伸之委員は、(1)特定の数値を定めない調節方針は、金利の目標が暗黙裡に組み込まれているとの考えが一部にあるなど曖昧であり、執行部に裁量を与え過ぎている、(2)3月に決定した金融調節の枠組みにも拘わらず、特定の調節の目標値を決めないことは、日本銀行のクレディビリティーを失墜させる惧れがある、(3)現在の資金供給は市場の資金需要をアコモデートしているだけで、それを上回る積極的な量的緩和を進める必要がある、(4)日本銀行が自ら具体的な物価目標とその達成時期を定めないと、外部から物価目標と達成時期を押し付けられるリスクがある、と述べ、上記採決において反対した。

VII.「経済・物価の将来展望とリスク評価」の決定

 次に、「経済・物価の将来展望とリスク評価」の文案が検討され、採決に付された。採決の結果、賛成多数で決定され、即日、公表することとされた。

採決の結果

  • 賛成:速水委員、藤原委員、山口委員、三木委員、植田委員、田谷委員、須田委員、中原眞委員
  • 反対:中原伸之委員

 中原伸之委員は、(1)レポート全体の書き振りが楽観的過ぎる、(2)米国など海外経済の回復時期を来年度前半としているが、そのように展望することはできない──とくに米国において、雇用の悪化、企業収益の悪化を背景とした設備投資の減少、地方財政支出縮小の影響が深刻である──、という点を理由に、上記採決において反対した。

VIII.議事要旨の承認

 前々回会合(9月18日)の議事要旨が全員一致で承認され、11月1日に公表することとされた。

以上


(別添)

2001年10月29日
日本銀行

当面の金融政策運営について

 日本銀行は、本日、政策委員会・金融政策決定会合において、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を、以下のとおりとすることを決定した(賛成多数)。

 日本銀行当座預金残高が6兆円を上回ることを目標として、潤沢な資金供給を行う。

以上