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「フロア」撤廃に係るマーケット・リスク規制の一部改訂

(日本銀行仮訳)

1997年 9月19日
バーゼル銀行監督委員会

プレス・ステートメント

バーゼル銀行監督委員会は、遅くとも1997年末までに実施することとなっている「マーケット・リスクを対象とするための自己資本合意の改定(1996年1月)」を一部改訂することを決定した。この改訂の内容は、上記の改訂文言に添付される解説ノートにおいて説明されている。

マーケット・リスクの包括的なモデル化の一環として、内部モデルを利用して個別リスクを評価しようとする銀行に対しては、いわゆる「フロア」が適用される予定であったが、今般の一部改訂によって当該「フロア」は撤廃されることになる。「フロア」の撤廃によって、内部モデル・アプローチを採用する銀行は、本来であれば義務付けられていたであろう二重計算の負担を回避できるメリットがある。

当委員会は、個別リスクに係る銀行業界のモデル技術が「フロア」撤廃を可能にするレベルにまで十分進歩したことに意を強くしている。ただし、そのモデル技術の進歩が主にイディオシンクラティックな価格変動(idiosyncratic variation:一般的な市場変動によって説明することができない日々の価格変動部分)に関連したものであることも認識しており、現行のモデル手法によってイベントおよびデフォルト・リスクを的確に把握できるという点で合意に達したわけではない。当委員会と各国当局は、今後ともモデル技術の進歩を引続きモニターしていく所存であり、近い将来、銀行業界がこれらのリスクについても満足しうるようなモデル技術を構築することを期待する。しかしながら、それまでは内部モデルによって算出された個別リスクの額に対して、マルチプリケーション・ファクターとして3ではなく4を適用することとする。

本件に関する「自己資本合意の改定」の原文および解説ノートは、BIS Web Sitehttp://www.bis.org/(外部サイトへのリンク)において入手することができる。

解説ノート

バーゼル銀行監督委員会は、「マーケット・リスクを対象とするための自己資本合意の改定(1996年1月)」に関し、内部モデル・アプローチによる個別リスクに係る所要自己資本額は、標準的手法によって算出される個別リスクの50%に相当するフロアに服する、と定めた規定を削除することを決定した。

「マーケット・リスクを対象とするための自己資本合意の改定」が1996年初に発表されて以降、当委員会および各国銀行監督当局は、個別リスクの評価手法に関し銀行界との意見交換を続けてきた。イディオシンクラティックな価格変動(idiosyncratic variation:一般的な市場変動によって説明することができない日々の価格変動部分)のモデル化手法に関しては、当委員会は、モデル化の技術に十分な改善や進歩がみられたこと、ならびに、各銀行が用いている手法の間に当該価格変動のモデル化に関する一般的な基準を設定できる程度の類似性がみられたことを認識している。しかしながら、イベントおよびデフォルト・リスクに関しては、当委員会は、現在銀行が使用している手法によってこうしたリスクが的確に把握できているという合意には未だ達していない。すなわち、当委員会は、このリスクを計測し評価する手法には現在のところ大きなバラツキがあり、当該分野におけるモデル技術が急速に進歩していることから、現時点においてこのリスクの把握に関して一般的な基準を設定することは実際的ではないと認識している。

このような認識に基づいて、当委員会は、個別リスクに内部モデル・アプローチを適用し、「フロア」と比較することなく個別リスクに係る所要自己資本額を算出することを認める場合の定性的および定量的基準を、イディオシンクラティック・リスクに関して設定した。同基準を満たすことのできない銀行は、標準的手法を用いて個別リスクに係る所要自己資本額を算出しなければならない(同基準の詳細については、別添の「マーケット・リスクを対象とするための自己資本合意の改定」を参照)。同基準は、銀行がイディオシンクラティックな価格変動をポートフォリオ全体の価格変動の一部として、正確に算定・評価することを確保することを目的としている。また、イベントおよびデフォルト・リスクの的確な把握に当該内部モデルが有効であることを銀行が立証できるまでは、個別リスクに係るモデル手法は、バックテスティングにおいて欠陥が発見された場合の一般市場リスク・モデルと同様に扱われることとなる。したがって、内部モデル・アプローチを採用して個別リスクに係る所要自己資本額を算出する際には、追加的な自己資本、すなわち、4のマルチプリケーション・ファクターが課されることとなる。マルチプリケーション・ファクターの最低値である3は、個別リスクに係るモデルが、マーケット・リスクのすべての関連要素を捉えられることが立証された場合にのみ適用され得る。

当委員会は、銀行界の不断の努力によって内部モデルが改善され、近い将来にトレーディング勘定の債券や株式に係るイベントおよびデフォルト・リスクを的確に把握しうるマーケット・スタンダードが確立されることを期待する。この目的のため、当委員会は銀行界と協力していく用意がある。また、当委員会と各国銀行監督当局は、個々のモデル手法が規制上の個別リスクの2つの要素をモデル化することが可能か否かを常時精査していく所存である。仮に、当委員会と各国銀行監督当局の双方に対して、ある手法がそうした包括的なリスクの把握に有効であることが立証された場合には、当該手法に基づいた内部モデルすべてについて、マルチプリケーション・ファクターの最低値である3が直ちに適用されることとなろう。ただし、万が一、その後のバックテスティングでモデルに重大な欠陥が見つかった場合には、マルチプリケーション・ファクターが再び4に戻されることもあり得る。当委員会と各国銀行監督当局は、そのようなモデル手法および手続きが適切かつ整合的なかたちで確実に実施されるよう、今後とも協力していく所存である。銀行界において、マーケット・スタンダードが確立されるならば、当委員会は速やかに今回の暫定的な取扱いにかえて、トレーディング勘定におけるイベントおよびデフォルト・リスクを把握するための一般的な指針を定める所存である。

当委員会は、銀行界がトレーディング勘定におけるイベントおよびデフォルト・リスクを把握するためのモデル技術を精緻化していくことを強く期待しているが、そのことをもって、銀行勘定における信用リスクのモデル化に関する何らかの決定がなされる兆候と解釈してはならない。当委員会は、トレーディング勘定におけるイベントおよびデフォルト・リスクのモデル化と、銀行勘定における信用リスクのモデル化とは全く別個のものであり、両者を混同してはならないと考えている。この点に関し、当委員会としては、トレーディング勘定における個別リスクの構成要素であるイベントおよびデフォルト・リスクをモデル化する試みは、債務不履行といった事態の発生によって短期間のうちに急激な市場価格の変動がもたらされうる危険性に焦点を当てたものであることを、ここで強調しておきたい。トレーディング勘定における個別リスクのモデル化と銀行勘定における信用リスクのモデル化とでは、市場価格が容易に入手可能であるか否か、日々時価評価を行っているかどうか、また、市場で金融商品を売買したり流動性のある金融商品によってヘッジしたりすることが可能であるか否か、といった点で明らかに相異なるものである。

「フロア」撤廃に係るマーケット・リスク規制の一部改訂

  1. 1)「マーケット・リスクを自己資本合意の対象とするための改定」(1996年1月)目次部分:
    • パートB(マーケット・リスクを計測するための内部モデルの利用)の下に「B.8 個別リスクの取扱い」を追加。
  2. 2)序文、セクション(b)、パラグラフ11:
    • 最終行を「個別リスクをモデルによって計測する銀行の所要自己資本については、セクションB.8を参照」に変更。
  3. 3)「B.4 定量的基準」(仮訳p.62)のセクション(k):
    • 削除し、以下のとおりに変更。
      (k)モデルを用いる銀行は、金利関連商品や株式の個別リスク(具体的には標準的手法を参照)に係る所要自己資本を賦課される。個別リスクに係る所要自己資本の具体的な算出方法については、下記セクションB.8を参照。
  4. 4)新項目の追加:
    (以下参照)

B.8 個別リスクの取扱い

1.内部モデルを利用する銀行については、そのモデルが一般市場リスクに関する定性的および定量的基準のすべてを満たし、かつ、以下に示す追加基準を満たす場合には、個別リスクに係る所要自己資本を内部モデルに基づいて算出することができる。追加基準を満たすことができない銀行は、標準的な手法を用いて算出した個別リスクに係る所要自己資本額が賦課される。

2.個別リスクの算出にあたり内部モデルを利用する場合、そのモデルは以下の基準を満たす必要がある。

ポートフォリオに関する過去の価格変動を説明できること1

リスクの集中度(リスクの大きさおよび構成要素の変化)を明示的に把握していること2

市場環境の悪化に耐え得ること3

バックテスティングによって、個別リスクを正確に把握していることが確認されること。

加えて銀行は、トレーディング目的の債券ならびに株式ポジションに係るイベントおよびデフォルト・リスクを正確に把握する手法を有していることを示さなければならない。

3.上記の基準を満たすものの、イベントおよびデフォルト・リスクを正確に把握する手法を有していない銀行は、内部モデルを用いて算出された個別リスクに係る所要自己資本に加え、次のパラグラフで定義される追加的な自己資本を賦課される。この追加的な所要自己資本は、イベントおよびデフォルト・リスクを正確に把握していない個別リスクに係るモデルを、バックテスティングによって欠陥が露見した一般市場リスクに係るモデルと同様な形で扱うものである。すなわち、銀行は個別リスクに係るモデル手法に関し、イベントおよびデフォルト・リスクを正確に把握していることを示すことができるまで、個別リスクに係る所要自己資本にスケーリング・ファクター4に相当するものを適用しなければならない。個別リスクに係るモデル手法に関し、イベントおよびデフォルト・リスクを正確に把握していることを証明することができれば、銀行はマルチプリケーション・ファクターの最低値である3を適用し得る。しかしながら、その後のバック・テスティングによってモデルに重大な欠陥が明らかとなった場合には、より大きいマルチプリケーション・ファクターである4が個別リスクに係るモデルに対し適用される可能性もある。

4.追加的な所要自己資本が課される銀行において、マーケット・リスクに係る所要自己資本総額は、内部モデルによって算出された一般市場リスクおよび個別リスクの合計額を最低3倍したものに、以下の何れかを加えることによって得られる。

(a)銀行監督当局によって設定された指針に基づいて分離された4 、バリュー・アット・リスクの個別リスク部分。

もしくは、銀行が選択すれば、

(b)個別リスクを含む債券および株式ポジションの部分ポートフォリオ5 に係るバリュー・アット・リスク。

(b)を選択する銀行は、予め当該ポートフォリオの構造を明らかにしておかなければならず、銀行監督当局の同意なしにその構造を変更してはならない。

5.内部モデルによって個別リスクを算出する銀行は、個別リスクが正確に把握されているか否か評価するため、バックテスティングを実施しなければならない。銀行が個別リスクのモデルの妥当性を確認するうえで用いるべき方法は、日々のデータを用いて、個別リスクを含んでいる部分ポートフォリオごとにバックテスティングを実施するというものである。この場合、重視されるべき部分ポートフォリオは、トレーディング目的の債券ならびに株式ポジションに係るものになる。しかしながら、トレーディング・ポートフォリオを、よりきめの細かいカテゴリーに区分している場合(例えば、エマージング・マーケット関連、トレーディング目的の社債など)には、その区分をそのままバックテスティングにも用いることが適切である。銀行は、部分ポートフォリオの構成要素を固定しなければならず、その構成を変更する場合には、銀行監督当局に対して、その変更が妥当であることを証明しなければならない。

6.銀行は、個別リスクに係るバックテスティングにおいて、トレーディング損失がリスク管理モデルが想定したリスク量を超過した事例(exceptions)が発見された場合に、それを分析するプロセスを確立しなければならない。このプロセスは、個別リスクに係るモデルが不正確になった場合にそれを是正するための基礎的な手法として機能することが期待される。部分的なポートフォリオをバックテスティングした際に、本改定において定義された「レッド・ゾーン」に相当する超過回数がみられた場合には、その個別リスクに係るモデル手法は許容されない(“unacceptable”)という推定が働く。個別リスクに係るモデルが許容されなかった銀行は、直ちにそのモデルの問題点を是正するとともに、バックテスティングによって明らかにされたリスク量の不足に対して十分な自己資本を確保することが期待される。

(注)

  1. モデルの質に関する重要な事前的尺度としては、過去の価格変動がどの程度モデルによって説明されるかという点に焦点を当てた「適合度」を測る係数(“goodness-of-fit”measures)がある。この種の尺度でよく利用されるものの一つが、回帰手法で用いられる決定係数(R-squared measure)である。こうした尺度を用いた場合、銀行が用いるモデルは、過去の価格変動の大部分(例えば90%)を説明できるか、もしくは、当該回帰分析に組み込まれている要素によって捕捉されない残差の変動の推定値を明示的に含んでいる、ということが期待される。ある種のモデルについては、適合度を測る係数(goodness-of-fit measures)を計算することができないものもあろう。このような場合、銀行は、容認可能な代替的尺度で本件に関する規制上の目的に合致するようなものを定義するために、各国当局と協力することが期待される。
  2. 銀行は、そのモデルが、ポートフォリオ構成の変化に対して感応的であり、リスクの集中度が高まった場合により多くの所要自己資本を積むようになっていることを明らかにする必要があろう。
  3. 銀行は、市場環境が悪化した場合に、モデルがリスクの増大を知らせる機能を有していることを証明できなければならない。この証明は、少なくとも1クレジット・サイクル(one full credit cycle)分の観測期間を有し、クレジット・サイクルの下降局面においても当該モデルが不正確にならないことを示すことによって達成され得る。また、過去の実績値もしくは妥当と思われるシナリオに基づきワースト・ケースを想定したシミュレーションを実施することによっても可能である。
  4. 一般市場リスクと個別リスクを分離する手法としては、以下のものを挙げることができる。

株式

  • 株式市場は、当該国で広く受け入れられている株式指数など、市場全体を代表する単一の要因(single factor)によって規定されなければならない。
  • ファクター・モデルを利用する銀行は、一般市場リスク・ファクターとして、一つのファクターを指定する、もしくは複数のファクターを線形結合する(single linear combination)ことができる。

債券

  • 債券市場は、当該通貨に係るレファレンス・カーブによって規定されなければならない。このレファレンス・カーブとしては、例えば、政府債市場もしくはスワップ市場のイールド・カーブを挙げることができる。いずれにせよ、そのレファレンス・カーブは、十分な市場流動性の裏付けがあり、既に十分定着した市場をベースにしていなければならず、市場において当該通貨に係るレファレンス・カーブとして受け入れられていなければならない。

銀行は、4のマルチプリケーション・ファクターを適用することを目的として、バリュー・アット・リスクにおける個別リスク部分を特定するためにモデル手法を選択することができる。その場合の手法としては、以下のものが挙げられる。

  • 個別リスクに係るモデルを用いることによって変化したバリュー・アット・リスクの増加分を計測するもの。
  • 個別株のポジションを代表的な指数で置き換えた場合のバリュー・アット・リスク値との差を計算するもの。
  • 特定のモデルに内包された一般市場リスクと個別リスクを理論的に分離するもの。
  1. 5標準的手法の下で個別リスクが課されるポジションを含む部分ポートフォリオについて適用される。