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【挨拶】わが国の経済・物価情勢と金融政策群馬県金融経済懇談会における挨拶要旨

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日本銀行政策委員会審議委員 櫻井 眞
2018年5月24日

1.はじめに

日本銀行の櫻井でございます。本日は、群馬県の各界を代表する皆さまとの懇談の機会を賜りまして、誠にありがとうございます。また、皆さまには、日ごろより日本銀行前橋支店の業務運営に際して様々なご支援を頂いております。この場をお借りして厚く御礼申し上げます。

本日は、皆さまから、当地経済に関するお話や、私どもの政策・業務運営についての忌憚のないご意見を承りたく存じます。まず、私から、国内外の経済動向や日本銀行の政策運営等について、先月公表した「展望レポート」の内容を中心に、私なりの見方も交えながらお話しさせて頂きます。

2.内外経済の現状と先行き

海外経済

まず、海外経済の動向です。海外経済は総じてみれば着実な成長を続けています。金融危機以降停滞していた世界の貿易活動が、このところはっきりと回復しています(図表1)。そうした下で、先進国から新興国へと好影響が波及し、回復のモメンタムが幅広い地域に拡がっています。2月以降やや不安定化していた国際金融市場も、足もとは落ち着きを取り戻しつつあるようです。

やや仔細にみると、米国経済は拡大しています。輸出が増加基調にあり、企業や家計のマインドも改善しています。米国政府による拡張的な財政政策も、短期的には内需の押し上げに寄与すると見込まれます。欧州経済も、基調としてはしっかりとした回復を続けています。このところ、いくつかの経済指標で減速感がみられますが、昨年末にかけての高い伸びの反動や、天候やストライキといった一時的な要因によるものと思われます。

新興国では、中国経済は総じて安定した成長を続けています。輸出が増加しているほか、公共投資の伸びが内需を下支えしています。NIES・ASEANも輸出が増加基調にあるほか、企業や家計のマインド改善、各国当局の景気刺激策等により、内需も底堅く推移しています。ブラジル・ロシア・南ア等の資源国経済は、インフレ率が落ち着き各国中銀が金融緩和に取り組む中で、緩やかな回復を続けています。

2月以降、米国を中心に国際金融市場がやや不安定化する場面がみられました。もっとも、昨年後半から米国の財政拡張期待等により株価が大きく上昇していたほか、一部で市場のボラティリティ低下に賭ける金融商品への投機的な動きが過熱していたこともあり、その反動が強く生じたものと思われます。足もとは、そうした動きも一巡し、国際金融市場は落ち着きを取り戻しつつあるようです。

先行きも、海外経済は着実な成長を続けると考えられます。世界的に製造業の貿易活動が堅調に推移する下で、先進国・新興国がバランスよく成長すると見込まれます。IMFが先月発表した世界経済見通しでは、世界経済の成長率は、2018年、2019年ともに+3.9%と、昨年の+3.8%から緩やかに伸び率を高めていく姿が予想されています。

国内経済の現状

次に、国内経済の動向です。海外経済の着実な成長が続く下で、きわめて緩和的な金融環境と政府支出にも支えられ、わが国の景気は緩やかに拡大しています。企業部門、家計部門の双方で所得から支出への前向きの循環が強まっており、外需主導から内需の回復を伴うより自律的な成長へと移行しつつあります。実質成長率は、昨年末にかけて8四半期連続のプラスとなりました(図表2)。直近1-3月期は小幅のマイナスとなりましたが、天候不順等の一時的な要因が影響したものと思われます。高めの成長が続いてきたことで、資本や労働の稼働率を示すマクロの需給ギャップはプラス幅を徐々に拡大しています。一部で供給制約が強まる中で、企業は人員の増強や、省力化や生産能力増強を企図した設備投資、非効率なビジネス・プロセスの見直し等、供給能力の拡充に向けた取り組みを進めています。結果として、わが国の経済は、需要と供給の両面でバランスよく成長を続けています。

やや仔細にみると、企業部門では、海外経済の着実な成長を背景に輸出が増加基調にあります(図表3)。当地でも、輸送用機械を中心に輸出が好調です。富岡製糸場や温泉地を訪れる外国人が増えていますが、こうしたいわゆるインバウンド需要の増加も輸出の伸びに寄与しています。景気の緩やかな拡大が続く下で、企業の収益や業況感も改善基調にあります。人手不足が続き、一部で部品調達の遅れやそれを見越した前倒しの発注が増えるなど徐々に供給制約が顕現化する中で、企業は、省力化や生産能力増強を企図した設備投資を積極化させています。3月短観では、全産業全規模ベースの業況判断DIが、7期連続で改善し1991年以来の良好な水準となりました(図表4)。設備投資計画も、2017年度は前年比+4.3%、2018年度も+2.0%としっかりと増加を続ける姿が見込まれています。

家計部門をみると、雇用者数の増加に伴い、労働需給が着実に引き締まっています。有効求人倍率はバブル期のピークを越え、失業率も2.5%とほぼ完全雇用の状態にあります(図表5)。企業は、採用の対象を拡げたり、非正規から正社員への転換を進めるなどしながら、労働力の確保に積極的に取り組んでいます。賃金は、労働需給を反映しやすいパート労働者ではっきりと上昇しています。雇用者の大部分を占める正社員の賃金は、依然緩やかな伸びに止まっていますが、2018年度のベースアップが昨年に続き前年実績を上回る見込みにあるほか、正社員の賃金を引き上げる企業の割合も高まるなど、徐々に改善基調が強まる兆しもみられています(図表6)。このように雇用・所得環境が改善する下で、個人消費も緩やかに増加しています(図表7)。

国内経済の先行き

先行きも、わが国の景気は、きわめて緩和的な金融環境と景気刺激的な財政政策に支えられ、緩やかな拡大を続けるとみています。海外経済の着実な成長に伴い、輸出は増加基調を維持すると見込まれます。企業部門、家計部門の双方で所得から支出の前向きの循環が持続する下で、設備投資や個人消費も増加基調を辿ると思われます。なお、2019年に予定されている消費増税の影響は、不確実性は大きいものの、2014年よりは小さくなる可能性が高いと考えています。前回は、引き上げ幅が大きかったことに加え、直後に2回目の増税が見込まれていたため、特に高額な商品等で駆け込み需要とその反動が大きくなった面があるように思います。また、軽減税率の適用や教育無償化等の措置も、家計の負担軽減に寄与するでしょう。

先月日本銀行が公表した「展望レポート」では、政策委員の見通しの中央値として、2018年度の実質GDP成長率を+1.6%と予想しています(図表8)。3か月前の私どもの予想と比べても幾分上方修正されています。その後、2019年度、2020年度にかけて、循環的な設備投資の減速やオリンピック関連需要の一巡などを背景に、潜在成長率に近い+0.8%程度に収れんしていく姿を見込んでいます。

もちろん、こうした見通しには不確実性が伴います。主なリスクとしては、海外要因が警戒されます。特に、保護主義的な通商政策の拡がりを懸念しています。過去、貿易や投資の自由化は、技術革新の進展と相俟って世界経済の成長をけん引してきました。貿易・投資活動を通じて新たな技術が拡散し、地域横断的な生産性の向上と更なる技術の発展が促されてきました。今後、保護主義的な動きが強まり、貿易や投資が抑制されると、世界経済はその主要な推進力を失うことになるでしょう。また、米国の経済政策運営にかかる不透明感も強まっています。好況が続き、政府が拡張的な財政政策に取り組む下で、物価上昇の加速や財政収支の悪化に対する懸念が高まる場合には、金利が上昇し、株価の下落や国際資本フローの変調につながる恐れがあります。その他、英国のEU離脱交渉、北朝鮮や中東に関する地政学的なリスクも警戒されます。いずれもわが国に大きな影響をもたらす可能性があることから、引き続きこうしたリスクに十分留意しながら、内外経済の動向をしっかりと点検していきたいと思います。

3.物価の現状と先行き

物価の現状

続いて物価情勢についてお話しします。先週公表された4月の消費者物価(除く生鮮食品)は、前年比で+0.7%でした(図表9)。これには、エネルギー価格の上昇が相応に寄与しています。エネルギー価格の影響も除いた消費者物価の前年比は+0.4%と、依然として緩やかな伸びに止まっています。

景気の改善が長く続く下で、賃金や物価は伸び悩んでいます。背景として、様々な要因が指摘されています。個人的には、経済の供給面の変化に注目しています。例えば、労働需給のひっ迫がメディア等を通じてクローズアップされる中で、政府や企業の様々な取り組みもあって、これまで低下基調にあった労働力率が上昇に転じています(図表10)。また、企業が労働力の定着を企図して非正規から正社員への転換等に取り組む中で、正社員として働く機会がないことからやむを得ず非正規として働いていた労働者の数は減少しています(図表11)。企業による省力化を企図した設備投資や、非効率なビジネス・プロセスの見直し等の取り組みも進んでいます1 。こうした変化は、いずれも労働投入や労働生産性といった供給面の拡大につながり得るものです。需要の増大に伴う賃金・物価の上昇圧力は、こうした供給面の拡大により緩和されている面があるように思います。

  1. さくらレポート別冊「非製造業を中心とした労働生産性向上に向けた取り組み」(2017年12月)では、企業の生産性向上に向けた取り組みの実例をご紹介しています。

物価の先行き

もっともこうした状況がいつまでも続くとは考えていません。労働力率の上昇や、正社員への転換、ビジネス・プロセスの見直しといった取り組みには一定の限界があります。やや長い目でみれば、いずれこうした形での供給面の拡大が賃金・物価の上昇を抑制する効果は減衰するものと思われます。

また、経済の供給面の拡大は潜在的な成長力の向上につながります。供給面の拡大が長く続いてきたことで、成長期待が高まり、家計の恒常所得や企業の予想収益が改善してくれば、消費や設備投資が活発化し、賃金・物価を押し上げる効果も期待できます。

以上のように、足もとの供給面の拡大の動きは、短期的に賃金・物価の上昇を遅らせることはあっても、それを長期に亘り低位に止める要因にはならないと考えています。実際に賃金・物価が上昇してくれば、いわゆる「適合的な期待形成」を通じて人々が予想する物価上昇率も高まると予想されます。こうしたことから、日本銀行が「物価安定の目標」として定める2%の物価上昇率達成に向けたモメンタムは維持されていると評価しています。

なお、「展望レポート」では、政策委員の見通しの中央値として、2018年度の生鮮食品を除く消費者物価の上昇率を+1.3%、2019年度、2020年度については、消費税率引き上げの影響を除くベースで、それぞれ+1.8%と予想しています(前掲図表8)。

4.金融政策

長短金利操作付き量的・質的金融緩和

日本銀行は、2016年9月に金融緩和政策を強化するための新たな枠組みとして「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を導入しました(図表12)。この枠組みは、主に2つの要素からなります。

一つは、「イールドカーブ・コントロール」です。2%の「物価安定の目標」に照らして最適と考えられる長短金利の形成を促します。現状、短期の政策金利を-0.1%、10年物国債金利の操作目標を0%程度としています。きわめて緩和的な金融環境を維持することで、わが国の企業や家計の前向きな経済活動をサポートするものです。

もう一つが、「オーバーシュート型コミットメント」です。これは、生鮮食品を除く消費者物価の前年比が実績として安定的に2%を超えるまで日本銀行がマネタリーベースの拡大方針を継続するという強力なコミットメントを示すものです。日本では、過去長期に亘り物価上昇率が低位で安定していました。日本の企業や家計にとって、低い物価上昇率は「常識」であり、経済活動を行う上での当然の前提となってきました。今後物価を安定的に引き上げていくためには、実際に2%を上回る物価上昇を経験することで、企業や家計の行動様式を変えていくことが必要だと考えています。

今後の金融政策運営

足もとの弱めの物価動向に照らすと、当面は現行の枠組みの下で粘り強く緩和的な金融環境の維持に取り組むことが適当と思われます。その際、以下の2点に留意する必要があると考えています。

第一に、需要と供給のバランスが大きく崩れることがないよう、注意してみていく必要があると思います。先ほど申し上げたように、供給面の拡大の動きは、やや長い目でみればいずれ減速する可能性があります。一方、「イールドカーブ・コントロール」は、予想物価上昇率や潜在的な経済の成長力が高まるに連れて、その緩和効果を増幅する仕組みを内包しています。その点、先行きは供給面の拡大ペースの減速や、金融面からの需要刺激効果の強まりに伴い、需要と供給のバランスに変化が生じる可能性があります。需給のバランスが極端に偏った状況が長く放置されると、無用に経済の振幅を拡大する恐れがあります。この点は、後程もう少し詳しくお話しさせて頂きます。

第二に、長期に亘り緩和的な金融環境を維持することで金融システムが不安定化することのないよう留意する必要があります。先日日本銀行が公表した金融システムレポートでは、全体として日本の金融システムに過熱感はみられないものの、金融機関の貸出スタンスなどいくつかの指標は過熱に近い状態にあることが示されました。また、低金利環境の下で、金融機関の収益が長期に亘り圧迫されると、金融仲介機能に影響が生じる恐れもあります。

今後も、こうした点について毎回の金融政策決定会合で点検し、必要に応じて、最適な金融政策のあり方について、真摯に検討していくことが必要だと考えています。

5.経済の供給面の変化と金融政策運営について

これまで、賃金・物価の上昇が遅れている背景として、経済の供給面の拡大にかかるいくつかの要因に触れました。以下では、これまでのお話と重複する部分もありますが、やや長い目でみた日本経済の供給面の変化と、そうした下での金融政策のあり方について、私なりの見方を整理してお話ししたいと思います。

経済の供給面の変化

日本では、1990年代以降、長期に亘る需要不足とデフレの下で経済の供給面に様々な変化が生じてきました。企業は、過剰雇用に苦しんだ経験から、採用スタンスを厳格化するとともに雇用の非正規化を進めてきました。結果として、希望する職が得られず、就職を諦めたりやむを得ず非正規社員として働く人々が増えました。また、設備の過剰を解消するため新規の投資を抑制した結果、設備は老朽化し、新たな技術が必ずしも積極的に導入されてこなかったように思います。さらに、過剰サービスの提供や過度な値下げといった過当競争が蔓延し、労働生産性を低下させてきた面もあるのではないでしょうか。元来循環的な景気後退が、供給面に影響を及ぼすことで長期的な成長力を低下させる効果をヒステリシス(履歴効果)と呼びます。日本では、度重なる深刻な景気後退の下で、まさにヒステリシスが生じてきたように思います。

一方、足もとにおいては、過去に生じたヒステリシスが希薄化する下で、急ピッチでの供給面の拡大が実現しているようです。例えば、潜在的に働く意欲を持っていた人々が労働市場に参加し、またやむを得ず非正規として働いていた労働者が正社員としての職を得る機会が増えています(前掲図表10、11)。これまで機会を窺いながら実施されずにいた設備投資が実行に移され、また過剰サービスを取りやめ人員を再配置するなどしながら非効率なビジネス・プロセスを見直す取り組みも進められています。こうした変化を通じて労働投入が増え、労働者の生産性も高まる中で、過去に大きく低下した日本経済の長期的な成長力は再び強まりつつあります。今の日本経済は、本来の実力を取り戻すリハビリの途上にあるといっても良いかもしれません。

海外でもヒステリシスの影響が指摘されています。特に2000年代後半の金融危機以降、世界的に経済の成長トレンドが下方にシフトしたことで、注目が高まりました。もっとも、日本では、世界に先駆けて、1990年代初頭から相次ぐ深刻な景気後退の度に成長トレンドが下振れてきました(図表13)。この点、日本ではヒステリシスの影響が相対的に強く残っている可能性があると思います。例えば、日本の労働生産性が他の先進国対比低いことはよく知られています(図表14)。視点を変えてみると、日本ではヒステリシスの希薄化に伴う供給面の拡大余地が大きいともいえると思います。実際足もと、日本の労働生産性は、他国にキャッチアップする形で相対的に早いペースで改善しているようです。

賃金・物価に対しては、こうした供給面の拡大の動きは、短期的に需要の増大に伴う上昇圧力を緩和する方向に作用しています。もっとも、現状を過度に悲観すべきではないと思います。既に申し上げたように、将来の「物価安定の目標」達成に向けたモメンタムは維持されています。また、物価はとにかく上がれば良いというものではありません。国民の生活が豊かになる下で、物価が緩やかに上昇していくことが望まれます。足もと、人々が希望に沿った形で労働に参加し、また、より効率的で無駄のない働き方への転換が進んでいます。結果として、長期的な経済の成長力は高まりつつあります。こうした変化は、まさに国民生活を豊かにするものだと思います。

金融政策のあり方

以上のような整理の下で、改めて金融政策のあり方について考えてみたいと思います。予め私の考えを申し上げると、金融政策は、現在のような適度に需給の引き締まった状態をできるだけ長く維持することを目指すべきだと思います。

これまでお話ししてきたように、足もとの日本経済は、物価の伸びが鈍いことを除けば、とても良い状態にあると思います。需要の増加に促される形で、供給面の拡大に伴う様々な恩恵がもたらされています。日本では、特に過去のヒステリシスの影響が強く残っていることから、こうした恩恵が相対的に大きい可能性があります。

もちろん、だからといって物価が上がらなくても良いというつもりはありません。日本銀行はできるだけ早期に「物価安定の目標」を達成すべきだと考えます。ただし、この「できるだけ早期に」の意味を取り違えてはいけません。なりふり構わず、闇雲にという意味ではありません。日銀法で定められた日本銀行の使命は、「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資すること」です。物価が上昇しても、結果として経済の健全な発展が阻害されるようでは本末転倒だと思います。

例えば、供給面の変化は相対的にゆっくりなので、需要の増加ペースを速めれば、供給制約が強まり物価が大きく上昇するかもしれません。もっとも、そうした形で経済の振幅が大きくなると、資源配分の効率性の低下等、様々な弊害が生じる恐れがあります。また、いずれ金融政策を慌てて引き締めることになり、ヒステリシスの解消も道半ばで途絶えるかもしれません。何より、こうした物価の上昇は長期的に安定しないように思います。そのような状況はおそらく誰も望まないのではないでしょうか。

こうした理解の下では、今後も適度に需給の引き締まった状態を維持することで、ヒステリシスの希薄化に伴う恩恵を享受しつつ、将来的な「物価安定の目標」の実現を目指すことが肝要と思われます。なお、そのために求められる金融政策は一律ではないことを付言しておきます。既に申し上げたように、やや長い目でみれば、ヒステリシスの希薄化が進捗するにつれて、いずれ供給面の拡大余地は縮小することになります。一方、予想物価上昇率や長期的な経済の成長力が高まるにつれて、「イールドカーブ・コントロール」による需要刺激効果は強まります。この点、先行きの政策運営に際しては、こうした外部環境の変化に伴い需要と供給のバランスが大きく崩れることがないよう細心の注意を払いながら、必要に応じて、最適な政策のあり方を予断を持たずに検討していくべきだと考えます。

不確実性とコミュニケーション

最後に、今後の供給面の変化には、相応の不確実性を伴うことを指摘しておきたいと思います。過去に生じたヒステリシスがどの程度修復可能かについては多様な議論があり、学界などでも一致した見解は得られていないように思います。また、当然ながら、過去の日本の供給面の変化には、ヒステリシスだけでなく、人口動態などより構造的な要因も影響しています。そのため、先行き、供給面の拡大がどの程度持続するか、ひいてはこうした面から物価の上昇を抑制する効果がいつまで続くか、事前に正確な見通しを立てることは難しいと思います。

この点に関連して、先月公表した展望レポートで、物価上昇率が2%程度に達する時期にかかる見通しの記述を削除したことが話題になりました。見通しを示すこと自体は有意義だと思いますが、一部で「見通し」が「達成期限」として捉えられ、政策運営にかかる無用な憶測を生じさせてきた面があるように思います。これまでお話ししてきたように、金融政策を執り行う上では、様々な不確実性に配慮する必要があるため、特定の時期や計数のみに過度に注目が集まることは望ましくないと考えます。これらの点を踏まえ、私自身は、今回、そうした記述を削除することはやむを得ないと判断しました。むしろ、物価上昇のメカニズムやリスクに関する評価を丁寧に説明していくことが、市場とのより適切なコミュニケーションにつながると考えています。

以上、少し長くなりましたが、日本経済の供給面の変化と、そうした下での金融政策のあり方について、私なりの見方をお話しさせて頂きました。今後も日本銀行は、金融緩和政策に粘り強く取り組み、物価の安定を図ることを通じて、国民経済の健全な発展を全力でサポートしていきます。そうした下で、企業や政府の前向きな取り組みが続くことを期待しています。

6.おわりに ―― 群馬県経済について ――

結びにあたり、群馬県の経済についてお話ししたいと思います。

群馬県は、農業・工業・商業のバランスのとれた産業基盤を有しています。一大消費地である首都圏に近いほか、道路や鉄道などの交通・物流網が充実していることが強みです。さらに、観光分野においても、草津・伊香保・水上・四万といった日本有数の温泉地に恵まれているほか、世界遺産の「富岡製糸場と絹産業遺産群」、ユネスコ世界の記憶に登録された「上野三碑」、ユネスコエコパークに登録された「みなかみ町」など、恵まれた自然環境や歴史文化の魅力に溢れています。

群馬県経済の現状をみると、所得から支出への前向きな循環がみられる下で、回復の足取りはしっかりしたものになっています。課題としては、人手不足の問題が挙げられます。当地の有効求人倍率は趨勢的に上昇しており、労働需給は引き締まった状態にあります。若者や女性の流出により、構造的に人手不足が強まっていると聞いております。こうした下で、多くの県内企業は、省力化投資や事務効率化など労働生産性向上に向けた取り組みを積極化させているようです。

当地の産業界をみると、潜在的に高いポテンシャルを有しており、県内のみならず、グローバルな視点で経営戦略を立て、積極的に事業を展開している企業が数多くみられます。こうした企業の活動をサポートするかたちで、県をはじめ行政が主体となり、産学官および金融機関との連携を推進する仕組みが構築されています。具体的には、大規模なイベント開催やこれによる集客等を企図したコンベンション施設「Gメッセ群馬」の整備のほか、高い競争力を維持するため、次世代自動車やロボット、医療・ヘルスケア、環境・新エネルギー、観光といった重点産業分野の推進に向けた取り組みが進められており、県経済の活性化が期待されているところです。

こうした当地の皆さまの取り組みが結実し、群馬県経済が一層の発展を遂げることを祈念いたしまして、結びの言葉とさせて頂きます。

ご清聴、ありがとうございました。