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【挨拶】 イノベーションが拡げる金融の未来 パリ・ユーロプラス主催フィナンシャル・フォーラムにおける挨拶の邦訳

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日本銀行総裁 黒田 東彦
2017年12月4日

1.19世紀のパリ万博 ―新たな技術が切り拓く未来の展望―

本日は、パリ・ユーロプラス主催フィナンシャル・フォーラムにお招き頂き、誠にありがとうございます。

現在急速に進展している情報技術分野のイノベーションは、金融、さらには経済社会全般を、大きく変革しようとしています。この中で、人々は、世界が先行きどう変わっていくのか、人間の役割はどのように変化していくのか、期待と若干の不安を持ちながら、見守っている状況であるように思えます。

もっとも、技術が未来をどう変えていくのかということに強い関心が集まった時代は、過去にもありました。とりわけ19世紀後半には、重工業の発達や電気の普及、鉄やガラスなど新素材の大量生産などを受け、やはり、技術進歩が先行きの経済社会を変革する可能性が大いに注目されていました。この時代、パリは5度にわたり万国博覧会を開催し、新しい技術が切り拓く20世紀の展望を示すとともに、これらの技術と人々とを近づける役割を果たしました。

実際、これらの万博の際に、エッフェル塔やオルセー駅、アレクサンドル三世橋やグランパレなど、新しい素材や工法を取り入れた建造物が数多く作られ、その後もパリのシンボルとなり続けています。また、興味深いエピソードとしては、ボルドーワインの格付も、1855年パリ万博の際に導入されています。このように、世界的なイベント開催に合わせてフランスワインの「データベース化」を行ったことは、フランスワインを世界的なブランドに押し上げるうえで、大いに貢献したように思います。

加えて、パリの地下鉄も、1900年のパリ万博の時に、初めて建設されました。地下鉄はその後、20世紀以降の都市交通の中心となっていった訳ですが、とりわけ私が心を惹かれるのは、パリの地下鉄の入口に施されたアールヌーボー装飾です。アールヌーボーは、鉄やガラスといった新しい素材を積極的に取り入れながら、これを人間の感性と融合させ、未来の美術や建築の新しい方向性を示すものであったと思います。

2.情報技術革新とフィンテックの意義

このように、19世紀後半のパリ万博は、都市建築や交通、さらには芸術など幅広い分野にわたり、科学技術がどのように経済社会の発展や生活の向上に繋がり得るのかという「ビジョン」や「展望」を提示し、その後の20世紀における、科学技術の広範な応用に寄与したように感じます。

それとのアナロジーで考えれば、現在急速に進行している情報技術革新についても、「これらがどのような世界の実現に寄与するのか」、「日々の生活にいかなる便益をもたらし得るのか」といったビジョンや展望を多くの人々が共有できれば、大きな意義を持つことでしょう。すなわち、このようなビジョンや展望を共有することで、人々が新しい情報技術のメリットを身近に感じ、また、新技術の導入に伴う不安を払拭していくことが期待されます。そうなれば、幅広い主体が協調しながら、新技術を金融や経済の発展に役立てる方向に応用していくことが、より容易になると考えられます。

この点、新しい情報技術を金融イノベーションに活用していく「フィンテック」は、未来の金融サービスや経済発展の可能性を切り拓く、以下に述べるようなビジョンや展望を提示してくれるものと考えられ、関係者がこれらの具現化に向けて取り組んでいくことが期待されます。

まず、フィンテックは、「世界中の人々に、各人に合った金融サービスを届けられる可能性」を拡げるものといえます。具体的に申し上げれば、フィンテックにより、これまで銀行店舗やATMといった金融インフラが行き渡っていなかった新興国や途上国でも、今や急速に普及しているインターネットやスマートフォンを新たな媒体として、金融サービスを提供することが可能となっています。このため、新興国や途上国では、いわゆる「金融包摂(financial inclusion)」の観点から、フィンテックへの期待が高まっています。また、ビッグデータやAIの利用などを通じて、それぞれの顧客のニーズに合わせて金融サービスをカスタマイズすることも、より容易になると考えられます。

また、フィンテックは、情報技術の活用を通じて、金融業務や金融サービス全般の効率化や生産性の向上にも貢献するものです。さらに、IoT(Internet of Things)やeコマース、シェアリングエコノミーなど広範な産業と金融サービスとの新たなネットワークを創り出す潜在力も有しています。これらは、新しい成長の芽を育てることなどを通じて、「生産性向上を通じた成長力の引上げ」という、先進国共通の課題の克服にも貢献すると考えられます。

加えて、フィンテックは、日々の生活の利便性向上やさまざまな社会的課題の解決にも、金融面から貢献し得るものと考えられます。例えば、日本をはじめ、多くの先進国で人口高齢化が進む中、高齢者の金融取引をサポートするとともに、詐欺などの被害を防ぐことが、ますます重要な課題となっています。そうした課題の克服には、生体認証やAIが貢献し得るように思います。また、AIやビッグデータ分析を活用した迅速な信用リスク評価、あるいは安価な送金サービスの提供などにより、いわゆる「金融弱者」とされてきた人々も、貸出や送金などの金融サービスに、よりアクセスしやすくなることが考えられます。さらに、AIなどを活用したロボアドバイザーは、安価かつ使いやすい資産運用サービスの提供を通じて、日本の長年の課題となっている「貯蓄から投資へ」という流れを後押しすることが期待されます。

このように、フィンテックが、新興国や途上国のみならず、先進国においても成長力の引き上げや社会的課題の克服に寄与し得ることを反映し、パリや東京など先進国の主要都市では、金融振興の取組みにおいて、フィンテックを大きな柱に据えています。東京都は昨年11月に、東京の金融振興を企図して、「国際金融都市・東京のあり方懇談会」を設置しました。この懇談会には、日本銀行からも関係局の幹部が参加しましたが、ここでの議論でも、フィンテックと資産運用業の振興が2つの柱と位置付けられています。

3.日本銀行の取り組みと中央銀行の視点

日本銀行は2016年4月、決済機構局内に「FinTechセンター」を設立し、中央銀行としての立場から、フィンテックの推進に積極的に取り組んでいます。あわせて、行内に、組織横断的な「FinTechネットワーク」を形成し、フィンテックに関わる情報や知見の共有も進めています。

また、日本銀行ではこれまで4度にわたり「FinTechフォーラム」を開催し、情報セキュリティやオープン・イノベーション、分散型台帳技術、ビッグデータなど、関心の高いテーマを取り上げてきています。さらに、昨年11月には、「マネーの将来像」に焦点を当てたコンファレンスを、東京大学と共同で開催したほか、本年4月には、AIをテーマとしたコンファレンスも開催しています。

加えて、日本銀行では、分散型台帳技術に関するECBとの共同調査など、さまざまな調査研究活動を通じて、新しい情報技術や、その影響の理解に努めています。これらと並行して、私を含む日本銀行幹部は、情報技術革新やフィンテックが金融や経済に及ぼす影響などに焦点を当てた講演を近年積極的に行い、日本銀行の考え方を伝えるよう努めています。

以下では、中央銀行として、フィンテックが金融や経済に及ぼす影響をみていく上で重要だと感じている点を、改めて4点ほど申し述べたいと思います。

第一に、金融機能を担う主体の拡がりです。フィンテックの特徴の一つとして、IT企業やスタートアップ企業など、伝統的な金融機関とは異なる新しいプレイヤーが、金融分野に数多く参入していることが挙げられます。このことが、金融サービスの提供主体や金融市場の構造、さまざまな経済主体の間のリスク分担などにどのような変化をもたらすのかは注目されます。中央銀行としては、新しい技術が支払決済や金融の効率性の向上に結びつくとともに、これらの安全性や安定性がしっかり確保されるよう、注意深く見ていく必要があると考えています。

第二に、フィンテックが発展するもとで、新たな形の「システミックな重要性」が生じる可能性があります。グローバル金融危機後、大規模な銀行などを、「バランスシートの規模などに基づいて選定し、「システミックに重要な金融機関」と位置付けました。そのうえで、そうした金融機関の「システミックな重要性」が金融の安定を脅かすことのないよう、金融規制の面で、さまざまな対応が採られてきました。しかしながら最近では、金融サービスを含む広範なビジネスにおいて、多くの主体にグローバルな「ITプラットフォーム」を提供したり、これを基に膨大な「ビッグデータ」を蓄積する主体が、ますます大きなパワーを持つようになってきています。さらに、高速・高頻度の市場取引が拡大していますが、その実行に際して、多くの市場参加者が類似のアルゴリズムを用いるようになれば、そのことが市場の一方向の動きを増幅する可能性も考えられます。このような変化を踏まえますと、従来の「バランスシートの規模」などより、グローバルなITプラットフォームや膨大なビッグデータ、広く使われるアルゴリズムなどが、金融安定を維持する上で、ますますシステミックな重要性の度合いを増していく可能性も考えられます。

第三に、金融サービスの提供におけるビッグデータの重要性が高まる中、データセキュリティやプライバシー、データ活用に関する関係者の合意などが一段と重要になっていくと予想されます。こうした中、新しい情報技術を活用する金融サービスへの信認を維持する観点からも、関係者にはデータ保護やプライバシーへの十分な配慮が求められます。

第四に、金融業務におけるAIの利用が拡がる中、AIによる意思決定が「ブラックボックス化」し、これが顧客にとってのリスクに繋がるといった懸念が高まれば、AIを金融サービスの高度化に繋げていく動き自体が阻害されることになりかねないという点です。このため、AIを金融業務に応用していく場合、その決定過程のガバナンスや、AIを応用したサービスを利用する顧客などへのアカウンタビリティの確保も、重要な課題となるでしょう。これらの取り組みは、「新しい技術に対する人々の不安を払拭する」という面でも、大きな意味を持つものといえます。

4.おわりに

フランスと日本は、フィンテックを発展させていく上で、先進国として共通の課題も抱えているように思います。

新興国や途上国の場合には、それまで普及が十分でなかった基本的な金融サービスを普及させるだけで、ある程度市場の伸びが見込めます。この点、フランスや日本では、基本的な金融サービスは既に人々の間に概ね行き渡っています。こうした国々でフィンテックを大きく発展させるためには、既にある金融サービスを上回る付加価値を持つ、創造的なサービスを作り出すこと、そして、金融機関が前向きの経営改革を行っていくことが、強く求められることになります。そうした努力を怠れば、金融サービスの普及が既に進んでいる国々ほど、かえってフィンテックの分野で後れをとることになりかねません。

最後に、冒頭ご紹介したパリ万博のもう一つの特徴として、当時、江戸から明治への移行期にあった日本から、積極的な参加があったことを付言したいと思います。これは、歴史的な大転換点にあった日本が、未来の展望を得る上で、当時既に先進国であった欧州から多くを学び、改革の手掛かりを得たいという、強い意欲に裏付けられていたように思います。同時に、この時、日本からフランスに多くの浮世絵が持ち込まれました。これが西洋美術との交流や化学反応を通じて、ジャポニズム、さらには印象派という、西洋と東洋の文化的背景をともに取り入れた、新たな美術の創造に結び付いていきました。

このような歴史は、時に国境を越えて行われるインタラクティブな対話や、その中での多様な交流が生む化学反応が、新しい創造を生み出す上で、大きな役割を果たすことを示しています。こうした観点からも、科学技術分野をリードするとともに、それぞれが固有の歴史や文化を持つフランスと日本が、金融イノベーションやフィンテックの分野においても対話を強化していくことは、大変有益であると思います。

日本銀行としても、金融イノベーションやフィンテックに関し、フランス銀行との交流を、今後、一段と深めていきたいと考えています。

ご清聴ありがとうございました。