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【挨拶】平成28年全国証券大会における挨拶

日本銀行総裁 黒田 東彦
2016年9月29日

目次

1.はじめに

本日は、平成28年全国証券大会にお招き頂き、誠にありがとうございます。日本証券業協会、全国証券取引所協議会、投資信託協会に加盟の皆様におかれましては、常日頃より証券市場の発展に尽力され、これを通じて日本経済の安定的な成長に貢献されています。皆様のご努力に対し、日本銀行を代表して、心より敬意を表します。

本日は、最初に、日本銀行の金融政策運営についてご説明し、次に、金融システムの現状と証券業界への期待についてお話しします。

2.日本銀行の金融政策運営

日本銀行は、先週行われた金融政策決定会合において、これまでの金融緩和策についての「総括的な検証」を行いました。また、その検証結果を踏まえて、金融緩和強化のための新しい枠組みである「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を導入しました。

新しい政策枠組みは、2つの要素から成り立っています。第1に、金融市場調節によって長短金利の操作を行う「イールドカーブ・コントロール」、第2に、消費者物価上昇率の実績値が安定的に2%の「物価安定の目標」を超えるまで、マネタリーベースの拡大方針を継続する「オーバーシュート型コミットメント」です。

イールドカーブ・コントロール

まず、「イールドカーブ・コントロール」について説明します。日本銀行は、1月のマイナス金利の導入以来、大規模な国債の買入れとの組み合わせによって、イールドカーブ全体にわたって金利の低下を促してきました。その結果、国債金利だけでなく貸出金利なども大幅に低下しており、景気に大きなプラスの影響をもたらしました。ただ、一方でイールドカーブの過度な低下やフラット化は、金融機関収益への影響が大きいほか、保険や年金などの運用利回りの低下を通じて、マインド面に悪影響を及ぼす可能性もあります。新しい枠組みでは、経済・物価情勢だけでなく、金融情勢も十分踏まえたうえで、2%の「物価安定の目標」を実現するために最も適切なイールドカーブを追求していくこととします。

具体的には、毎回の決定会合で決定・公表する「金融市場調節方針」において、(1)日本銀行当座預金に適用する短期金利および(2)10年物国債利回りの操作目標、の2つの金利水準を示します。今回の決定会合では、概ね現状程度のイールドカーブをイメージして、短期政策金利を−0.1%とするとともに、10年物国債金利がゼロ%程度で推移するよう長期国債の買入れを行うこととしました。また、買入れ額は、年間増加額約80兆円をめどとしました。

イールドカーブ・コントロールを中心とする新しい枠組みでは、従来の枠組みに比べて、情勢に応じてより柔軟に対応することが可能です。結果として、政策の持続性も高まるものと考えています。

オーバーシュート型コミットメント

次に、「オーバーシュート型コミットメント」について説明します。日本銀行は、生鮮食品を除く消費者物価指数の前年比上昇率の実績値が安定的に2%を超えるまで、マネタリーベースの拡大方針を継続するという新しいコミットメントを導入しました。

ここで「量的・質的金融緩和」導入以降の3年間を振り返りますと、企業収益は過去最高水準となり、失業率は3%まで低下しています。過度の円高は是正され、株価も上昇しました。3年連続でベアが実施され、消費者物価はエネルギー価格の影響を除けば2年10か月連続でプラスです。わが国の経済は、「物価が持続的に下落する」という意味でのデフレではなくなりました。このように、「量的・質的金融緩和」は、経済・物価の好転をもたらしました。

しかしながら、2%の「物価安定の目標」は実現できていません。これは、(1)原油価格の下落、(2)消費税率引き上げ後の需要の弱さ、(3)新興国発の市場の不安定化などの「逆風」によって、実際の物価上昇率が低下し、もともと過去の物価にひきずられやすい予想物価上昇率が弱含んだことが主な要因です。

「オーバーシュート型コミットメント」は、弱含んでしまった予想物価上昇率を引き上げるためのものです。もともと2%の目標を実現するということは、景気変動などを均して平均的に2%を実現するということですから、2%をオーバーシュートする局面は想定されています。しかし、金融政策には効果が現れるまでに時間差があることを踏まえると、実際に2%を超えるまで金融緩和を続ける、というのは極めて強いコミットメントです。これによって、2%の「物価安定の目標」の実現に対する人々の信認を高めることが狙いです。

「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」のもとでの政策運営

今後は、経済・物価のほか、金融情勢も踏まえて、2%の「物価安定の目標」に向けたモメンタムを維持するために最適なイールドカーブの形成を促すよう運営していきます。必要な場合には、政策の調整を行いますが、具体的な追加緩和手段としては、(1)イールドカーブ・コントロールにおける短期政策金利や長期金利操作目標の引き下げのほか、(2)資産買入れの拡大が考えられます。また、(3)状況に応じて、マネタリーベースの拡大ペースを加速させることを手段とすることもあります。日本銀行は、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を推進し、2%の「物価安定の目標」をできるだけ早期に実現します。

3.金融システムの現状と証券業界への期待

次に、金融システムの現状と、証券業界に期待する役割について、お話ししたいと思います。

銀行貸出は、積極的な融資姿勢のもと、堅調な伸びを続けています。また、機関投資家の有価証券投資でもリスクテイクの動きが拡がっているほか、家計の資産運用面でも、やや長い目でみれば、「貯蓄から投資へ」の流れが続いています。

この間、資本市場の動向をみると、株式売買高は高水準を維持しています。また、エクイティファイナンスは、このところやや低調となっていますが、社債市場では、緩和的な発行環境のもとで、年限が長めの社債の発行が増加しています。

このように、企業・家計の資金調達環境はきわめて緩和的な状況となっています。他方、マクロ的にみて、行き過ぎたリスクテイクや信用量の増加といった金融活動の過熱を窺わせる状況にはなっていません。現時点では、金融システムの安定性に大きな問題は生じていないと判断しています。

わが国経済が持続的成長を実現するためには、金融システムが安定性を維持しつつ、企業や家計の経済活動を支援する機能を一層高めることが重要です。この点、金融資本市場を通じたマネーの仲介機能を果たす証券会社への期待は、益々高まっていくと考えられます。

こうした認識を踏まえつつ、証券業界に期待する役割を、3点ほど挙げたいと思います。

第1に、多様化する投資家ニーズに的確に対応していくことです。わが国家計の金融資産は、引き続き預金が中心ですが、長い目でみれば、リスク性資産の比重が高まる傾向にあります。こうした背景には、近年における運用環境の改善やNISAの導入といった要因に加え、証券業界が顧客基盤拡大に向けて様々な取り組みを行ってきたことが、功を奏している面も大きいと考えています。

具体的には、各証券会社では、投信の商品性充実などに積極的に取り組んでおられます。また、家計の長期的な資産形成を支援するため、預かり資産残高の拡大を目指した営業方針を掲げ、取り組みを進めています。今後とも、顧客のライフサイクルに応じたサービスの充実を通じて、家計の資産形成の多様化を後押ししていくことを期待しています。

第2に、金融資本市場を通じたリスクマネーの円滑な供給を通じて、企業の成長を後押ししていくことです。最近では、低金利環境のもとで、超長期の社債や劣後債を発行する企業が増加するといった動きがみられています。企業が低金利環境を活用して資金調達を行い、これを将来の成長や財務基盤の強化のために活用していくことは望ましいことです。証券会社には、こうした動きを積極的にサポートして頂きたいと考えています。

第3に、市場インフラの整備に貢献していくことです。証券業界では、決済リスクの削減や利便性向上の観点から、国債や株式の決済期間の短縮化に向けた取り組みを進めています。こうした取り組みは、市場の魅力や機能度を高めていく上で大変重要なものです。

金融資本市場は、政策運営の場として、また、金融政策の波及経路のひとつとして、中央銀行にとっても極めて重要な存在です。日本銀行としては、皆様方と協力しながら、決済サービスの高度化や市場慣行整備への取り組みなどを通じ、わが国金融資本市場の安定性と機能度の向上に貢献していきたいと考えています。

4.おわりに

最後になりましたが、今後とも、皆様方のビジネスの発展、そしてわが国金融資本市場のさらなる発展を祈念いたしまして、私からのご挨拶とさせて頂きます。ご清聴ありがとうございました。