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【講演】通貨、国債、中央銀行 —信認の相互依存性—

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日本金融学会2011年度春季大会における特別講演

日本銀行総裁 白川 方明
2011年5月28日

目次

1. はじめに

本日は、日本金融学会にお招き頂き、大変光栄に存じます。どの学問分野でも学者、実務家、政策当局者が対話を重ねることは有意義ですが、金融論の世界では特にこのことが当てはまるように思います。自分自身、長く中央銀行の世界で仕事をしていますが、短期間ながら大学に身を置いたこともあり、相互の知的交流をもっと深めたいと強く願っています。本日はひとりの政策当局者、実務家の立場から、「通貨、国債、中央銀行」というタイトルで、日頃考えていることをお話したいと思います。

2000年代以降、世界の金融で起きた最大の出来事は、言うまでもなく、グローバルな信用バブルとその後の金融危機の経験でした。この一連の過程を振り返って、浮き彫りになったのは、政府に対する信認、金融システムに対する信認、中央銀行に対する信認が相互に影響を与え合っているという事実です。具体的に申し上げると、まず出発点、すなわち、危機に先立つバブル期では、ファニーメイやフレディマックといったGSE(Government-Sponsored Enterprise)による「暗黙の政府保証」が米国の住宅バブル発生の一因となりました。リーマン破綻後の危機の局面では、危機の終息のために、政府の信認を背景とした強力な行動が必要となりました。すなわち、民間金融機関に対する信認を回復し金融システムの安定を維持するために、欧米各国の政府は金融機関に対する大規模な資本注入や保証を余儀なくされました。マクロ経済政策の面でも、政府は経済の急激かつ大幅な落ち込みを回避するために、積極的な財政政策を展開しました。危機が終息した後も、政府の信認は重要な論点となっています。2009年後半以降、世界経済は次第に回復方向に向かい、その意味で、1930年代のような恐慌の回避には成功したと言えますが、今度は、財政バランスの悪化から、政府債務の信認が問われる事態になっています。現在、財政バランス悪化の問題が最も先鋭的な形で表れているのは、ギリシャ等、欧州周縁国のソブリン・リスク問題です。欧州周縁国は、ソブリン・リスクと金融システム、実体経済の負の相乗作用の問題に直面しています。この間、わが国はそうした国債金利の上昇という事態には直面していませんが、財政バランスの悪化は深刻です。

一方、中央銀行の世界に目を転じると、ここでも政府の信認を巡る論点は無関係ではありません。リーマン破綻後、わが国も含め先進国の中央銀行は非伝統的政策を採用しましたが、この政策は流動性供給という純粋な金融政策ではなく、多かれ少なかれ、準財政政策的な要素を帯びています。それだけに、中央銀行は金融政策としてどこまでの役割を担うべきか、すなわち、政府と中央銀行の関係、あるいは、金融政策と財政政策との関係は大きな論点になっています。

こうした一連の動きを振り返ってみると、本日、何故、私が「通貨、国債、中央銀行」というタイトルで話をしようとしているのか、ご理解頂けるのではないかと思います。

2. 信認の相互依存性

通貨と国債

最初に、通貨と国債という2つの金融資産の話から始めたいと思います(図表1)。通貨としては、銀行券と中央銀行当座預金からなる中央銀行通貨がまず挙げられます。わが国の現在の中央銀行通貨残高は122兆円に上ります。これに加え、中央銀行通貨に容易に引き換え可能な銀行預金も通貨として機能しており、その残高は1,024兆円です。言うまでもなく、通貨は決済手段、計算単位、価値の貯蔵手段として重要な役割を果たしています。一方、国債ですが、現在、発行残高は865兆円に上っています。国債は政府にとっては資金調達手段であり、中央銀行にとっては金融調節の手段であり、民間金融機関や投資家にとっては、重要な運用手段です。また、国債は多くの場合、信用リスクが無視できるリスクフリー資産であるため、国債金利は金融市場における様々なプライシングの基準としての役割も果たしています。

ところで、通貨も国債もそれ自体は債務証書に過ぎません。言うまでもなく、債務者は、中央銀行通貨は中央銀行、銀行預金は民間銀行、国債は政府です。いずれも素材として価値を有している訳ではないにもかかわらず、価値あるものとして認められ、その機能を発揮しうるのは、究極的には、通貨や国債の保有者がその発行主体を信認しているからです。勿論、信認の重要性は金融論で最も強調されていることのひとつであり、新しい論点ではありません。政府も中央銀行も民間銀行もいずれも信認を得るために、最大限の努力をしています。政府の場合は、中長期的な財政バランス維持の努力がこれに当たります。中央銀行について言うと、金融政策や最後の貸し手、金融監督等を通じて、物価の安定や金融システムの安定を図ることです。民間銀行の場合は、信用仲介や決済サービスを提供するうえで、資本基盤の維持や様々なリスク管理に努めることです。政府や中央銀行、民間銀行は、こうしたかたちで信認維持に努力しています。

本日私が述べたいことは、それぞれの主体に対する信認はこうした自らの努力だけでなく、他の主体に対する信認が確保されていることや、社会の構成員が信認の重要性をお互いに理解することによっても支えられているということです。多少、結論を急ぎすぎたように思いますので、以下では、そうした信認の相互依存とでも言うべき側面について、詳しくお話をしたいと思います。

民間金融機関の信認の裏付けとしての政府の意思

第1に、民間金融機関の預金—あるいはより一般的に金融機関債務—への信認は、政府の信認にも大きく依存します。リーマン破綻後のグローバル金融システムの動揺と終息の過程はこのことを端的に示しています。リーマン破綻後、金融機関はお互いに疑心暗鬼になり、インターバンク資金市場はほとんど機能停止状態に陥りました。このような状況下、中央銀行は民間金融機関の流動性不足に対処するために、「最後の貸し手」として積極的に資金を供給しました。危機時における流動性供給は極めて重要ですが、リーマン破綻の時には、それだけでは金融システムの安定を回復することは出来ませんでした。金融システム不安と実体経済の悪化が相乗作用を及ぼし、資本不足というソルベンシーの能力への信認が大きく低下する事態になったからです。問題が流動性不足ではなく資本不足の問題に転化した結果、政府が民間金融機関に対し資本を注入したり、金融機関のシニア債務を保証することによって、信認を回復することが必要となりました。因みに、今回のグローバル金融危機において、米国、英国、ドイツ、フランスの4カ国の政府が投入した公的支援の金額は日本円に換算して約84兆円にも上りました1。このことは、通貨や金融システムの安定は最終的には政府の信認にも大きく左右されることを物語っています。

  • 1 2010年3月までの米英独仏4カ国の公的資金注入総枠。日本銀行「金融システムレポート」(2010年3月)参照。

政府の信認の裏付けとしての国民の意思

このように政府の信認の重要性を申し上げた上で、第2に申し上げたいことは、「政府の信認」は最終的には国民の意思によって支えられているということです。グローバル金融危機後、景気悪化に伴う歳入の減少、積極的な財政政策や金融機関への公的資金注入の結果、各国の財政状況は大きく悪化しました。IMFによれば、G20諸国のうち先進国の財政赤字は2007年にはGDP対比で1.7%にとどまっていましたが、2009年には9.4%の赤字に転落し、2011年も8.0%と高水準の赤字が見込まれています(図表2)。因みに、G20先進国の公的債務残高増加の約半分は歳入の減少によるもので、財政刺激策および金融機関への公的支援の影響も2割近くに達していると試算しています2

財政状況が悪化すると、政府の支払い能力に対する信認が低下します。先程述べたように、民間金融機関の信認は政府の信認にも大きく左右されます。政府の信認が低下すると、当然、保有国債の価値の下落、担保価値の下落に伴う資金調達能力の低下をはじめ、様々なルートを通じて、民間金融機関の信認にも影響します。その結果、調達金利が上昇したり流動性調達が困難化することによって、実体経済に悪影響が及びます。そうなると、税収が落ち込み、政府の支払い能力に対する信認が低下します。言い換えると、ソブリン・リスク、金融システム、実体経済の間に負の相乗メカニズムが作用することになります。欧州周縁国のソブリン・リスク問題の原因は、国によって異なりますが、共通しているのは今述べた負の相乗メカニズムが働いていることであり、これが問題の核心と言えます。先程触れたように、政府は民間金融機関が金融危機に直面した際、公的資金を注入したり、景気後退時には拡張的な財政政策を運営することによって、経済や金融システムの安定に貢献することに成功しましたが、そうしたことが可能になる前提条件は、財政支出を裏付ける将来の収入が確保されていると信じられていることです。言い換えると、増加した財政支出に対し、これを財源的に裏付ける収入の見込みがないと認識されると、公的資金の注入や拡張的な財政政策の有効性も低下しますし、逆効果になる危険すらあります。非常時における政府の各種の積極的施策が成功するかどうかは、中長期的な財政バランスの維持に関して政府への信認が維持されているかどうかにかかっています。非常時における政府の各種の積極的施策は、政府への信認という「ストック」の存在を前提に初めて成立するものです。そして、このストックの実体は、詰まるところ、財政バランスを維持していく国民の意思です。そうした国民の意思と無関係に、政府が「打ち出の小槌」のように財政政策を無限に展開できる訳ではありません。

  • 2 IMF “Fiscal Monitor,” May 2010を参照。

中央銀行の信認の裏付けとしての政府・国民の意思

信認の相互依存という点で第3に申し上げたいことは、中央銀行に対する信認は中央銀行の努力だけで達成されるものではなく、中央銀行の信認の重要性に対する政府や国民の支持や理解が不可欠であるということです。グローバル金融危機以降、各国の中央銀行は非伝統的な政策を大規模に実行しました3。「非伝統的な金融政策」の内容は、前提となる「伝統」が国によって異なるため、普遍的な定義がある訳ではありませんが、イングランド銀行の場合、非伝統的な政策は資産買入れプログラム(Asset Purchase Programme)の下で大規模に実施した長期国債の買入れでした。日本銀行の場合、長期国債の買入れは過去50年近く継続的に行っており、その意味では「伝統的な金融政策」のひとつです。日本銀行がリーマン・ショック以降採用してきた非伝統的な政策のひとつは、社債やCP、上場株式投資信託(ETF)、不動産投資信託(REIT)等の買入れでした。FRBの場合、最も典型的な非伝統的な金融政策はCPやモーゲージ担保証券の買入れでした。

このように、中央銀行は経済や金融の安定を維持するために積極的に行動しましたが、積極的な行動をとることが出来る大きな前提条件は、中央銀行に対する信認が維持されていることです。このことの意味を、中央銀行のバランスシートの拡大を例にとって説明します。金融システム不安時には流動性に対する需要が増加しますし、短期金利も極めて低い水準にあり中央銀行預金を保有する機会費用も無視できることから、量が拡大しても物価上昇率が上がる訳ではありません。実際、日本でも米国でも中央銀行当座預金やマネタリーベースが著しく増加しても、物価上昇率は上がっていません(図表3)。中央銀行にとって重要なことは、将来経済環境が変化し金利引き上げの必要があると判断された時に、必要な行動を速やかにとることができるかということです。「何らかの理由」によって中央銀行は迅速な行動がとれないだろうと国民や市場参加者が判断するようになると、供給されている通貨量が極めて多くなっているだけに、その段階で、激しいインフレにつながることになります。「何らかの理由」としては、様々なことが考えられます。例えば、民間金融機関の保有する国債のキャピタル・ロスや政府の発行する国債の金利上昇に対する懸念が金利引上げの反対論の論拠になるかもしれません。そうした反対論はいつの時代にも存在しますが、国債の発行残高が多いほど、また、低金利が長く続くほど、そうした反対論は強くなります。

中央銀行への信認が何によって形成されるかは複雑ですが、どの国も信認確保のために周到な制度設計を行うとともに、実際の政策運営に当たっても注意深く行動しています。この点は後ほど、もう少し詳しく説明します。

  • 3 リーマン破綻以降に各国中央銀行が採用した非伝統的な措置については日本銀行企画局「今次金融経済危機における主要中央銀行の政策運営について」(2009年7月)参照。

3. 財政を巡る課題

以上、信認の相互依存についてお話しましたが、次に、現在の日本の置かれた財政状況に即して、信認の重要性について述べてみたいと思います。

言うまでもなく、現在の日本の財政の状況は非常に深刻です(図表4)。一般政府のグロス債務の残高はGDP対比で198%という極めて高い水準になっています。日本の場合、海外主要国と異なり、政府部門が多額の金融資産を有しているため、政府部門の債務の状況を把握するためには、グロス債務ではなく、ネット債務でみる見方もありますが、このネット債務でみても、GDP対比で114%と、イタリアの103%を上回り、先進国では最悪の水準です。しかし、これまでのところ、海外で起きたような財政悪化に伴う通貨・金融危機は発生していません。財政バランス確保の必要性は一般論としては認識されていますが、長年、財政状況が悪いにもかかわらず、国債は円滑に消化され、長期国債の金利も低位で安定的に推移しているため、財政悪化に伴う危険に警鐘を鳴らす議論は、時として「狼少年」のような扱いを受けることもあります。しかし、どの国も無限に財政赤字を続けることが出来る訳ではありません。政府の支払い能力に対する信認は非連続的に変化しうるものです。ギリシャに始まった欧州のソブリン・リスク問題はこのことを端的に示しています。ドイツ国債に対する欧州周縁国の金利のスプレッド幅が明確に拡大し始めたのは2009年秋頃からでした(図表5)。2009年10月時点では2%以下のスプレッドでしたが、その後急激に拡大し、現在はギリシャで13.4%、アイルランドで8.0%、ポルトガルで6.6%という高水準になっています。これらの国のマクロ経済がこの間に劇的に変化した訳ではないにもかかわらず、金融市場での評価は大きく変化しています。

ところで、日本の長期国債の金利は2010年度中、平均で1.15%と低位で安定的に推移しています(図表6)。私が国際会議に出席して最も多く受ける質問のひとつは、「日本の財政状況は非常に悪いにもかかわらず、長期国債金利は何故、低位で安定しているのか」というものです。この問いに対して、経済理論に即して答えようとすると、取り敢えずの答えは低成長と低インフレに求められます。因みに、過去10年間の経済成長率と物価上昇率の合計、すなわち名目成長率と10年国債金利を比較すると、若干の乖離はありますが、大きな流れとしては、同様の動きとなっています(前掲図表6)。過去10年続いた状態が先行き10年も続くだろうと多くの投資家が予想する場合、日本の国債金利が低位で安定的に推移していることは取り敢えず「説明」できる現象です。しかし、低成長と低インフレを指摘するだけでは、答えは完結しません。と言うのも、長期金利は予想経済成長率と予想物価上昇率だけで決まるのではなく、それらにかかる不確実性を補償するリスク・プレミアムが上乗せされるからです。従って、長期金利が低いことを説明するためには、リスク・プレミアムが低いことの理由も併せて説明しなければなりません。この点に関しては、私は次の2つのことを指摘したいと思います。

第1は、わが国の財政状況は深刻ですが、最終的に財政バランスの改善に向けて取り組む意思と能力を有している筈であるとみられていることです。第2は、金融政策が物価安定のもとでの持続的な成長の実現という目的に合わせて運営されていることについて、信認が維持されていることです。このことは、同時に、この2つの点について信認が揺らぐと、リスク・プレミアムは上昇し、その結果、国債金利が上昇することも意味しています。それだけに、財政政策を運営する政府・国会や、金融政策を運営する中央銀行の責任は重大です。それと同時に、先程、それぞれの主体に対する信認は他の主体に対する信認によっても支えられているということを申し上げましたが、それぞれの信認の重要性を認識することが極めて重要です。結局のところ、通貨や国債に対する信認は、その重要性を意識した国民の意思によって担保されています。そうした国民の意思は、政策当局による十分な説明と、それに基づく状況の正しい理解があって初めて成り立ちうるものです。

いつの時代も将来は不確実性に満ちていますが、国民や市場参加者がかなり長い先の将来に関して予想を形成する場合、相反する2つの傾向があるように思います。ひとつは漠然とこれまでのトレンドが続くと考える傾向です。日本の現実に即して言うと、長期国債金利は長期間低位で安定的に推移してきたので、今後もこうした状態が続くだろうと考える傾向です。もうひとつは、一旦、何らかのきっかけで変化が起き始めた時に、過去に生じた大きな出来事の連想から急激な変化が起きてしまうだろうと考える傾向です。再び日本の現実に即して言うと、財政赤字の拡大や日本銀行の独立性が尊重されていないと感じられる出来事が起こると、最終的に激しいインフレが生じるだろうと考える傾向が生まれます。この両方の相反する傾向がどの時点でどのように変化するかは、なかなか事前には予想がつきません。ただし、はっきりしていることは、予想は非連続的に変化するということです。それだけに、政策当局の行動原理は明確でなければなりません。

財政当局については、中長期的な財政バランス維持に向けた取り組みが不可欠です。財政バランスの悪化は、現役世代を中心に将来の所得増加期待を低下させ、支出を抑制する要因になります。また、欧州周縁国のソブリン・リスク問題にみられるように、財政の維持可能性に対する信認が低下すると、財政と金融システム、実体経済の三者の間で負の相乗作用が生じ、経済活動にも悪影響が及びます。

4. 中央銀行と国債の役割

金融調節における国債の利用

財政当局と並んで、中央銀行の行動原理は明確でなければなりません。そこで、次に、国債との関係を意識しながら、中央銀行の行動原理の説明に移りたいと思います。

話の前提として、まず、日本銀行と国債市場の関わりについて説明します。日本銀行は金融調節に当たり、国債を活用しています(図表7)。因みに、2011年4月までの1年間で、中央銀行通貨は20.7兆円増加しましたが、これに対応して資産サイドでは国債買入オペによる長期国債が8.2兆円増加しました。金融市場における短期的な準備需要の変動に対しては、日本銀行に予め差し入れている担保を見合いに金融機関に資金を貸し付ける共通担保資金供給オペと呼ばれる調節手段を活用しており、2011年4月までの1年間で、この貸付は20.1兆円増加しましたが、担保のうち8割は国債が占めており、この面でも国債は大きな役割を果たしています4。国債を金融調節において活用しているという点では、先進国の中で多分、日本銀行が最も積極的です。

このように、日本銀行は金融調節に当たって国債を大いに活用していますが、中央銀行による国債買入れオペは、銀行券の供給や金融政策の運営のために行われているものであり、財政ファイナンスや国債金利の安定を目的として行われているものではありません。仮に中央銀行による国債買入れオペが財政ファイナンスや国債金利の安定を目的として行われていると受け止められるようになると、リスク・プレミアムが高まり、長期国債金利は上昇します。長期国債金利の上昇が実体経済の改善を反映している場合には、金利上昇は自然であり望ましいものですが、リスク・プレミアムの上昇による場合には、実体経済や金融機関経営にも悪影響が及びます。日本銀行は長期国債の買入れに関する原則を明確にしていますが、これは自らの行動に関する不確実性からリスク・プレミアムが高まり、経済・金融に悪影響を及ぼす事態を未然に防ぐ効果を有しています。すなわち、日本銀行は銀行券の発行残高を上限として、保有長期国債が将来にわたってその範囲に収まるように、買入れを行っています。こうした買入れの仕方は「銀行券ルール」と呼ばれています。時として、そうした「ルール」を設けることに対する批判が聞かれますが、仮に、これだけ多額の国債を買入れている中央銀行が、その買入れに当たっての基本原則も明らかにせずに行動すると、不確実性が増大し、リスク・プレミアムが発生することから、その分長期国債金利が上昇します。日本銀行は買入れの総額だけでなく、期間別の買入れ金額、買入れ頻度についても予め公表しています(図表8)。買入れ金額は、2009年に増額し、現在は月額1.8兆円、年間21.6兆円のペースで行っており、2010年度中の実績でみると、平均的な買入れ期間は約4年となっています。このことは定常状態では年間買入れ金額に平均的な買入れ期間を乗じた金額の国債、すなわち、82兆円を保有する姿に近付いていることを意味します。他方、現在の銀行券の発行残高は約81兆円です。従って、現時点では長期国債の保有額60兆円は銀行券の発行残高を下回っていますが、今の買入れペースを続けると、両者は接近します。将来の銀行券の残高は確実には予測できませんが、将来の所得水準に大きく依存しますし、金利水準や金融システムの安定度にも依存します。日本銀行としては、こうした将来の姿を予測しながら、出来るだけ安定的なテンポで国債を買い入れることが、経済・金融の安定にとって望ましいと判断しています。

  • 4 日本銀行の国債オペの利用の詳細については、日本銀行金融市場局「2010年度の金融市場調節」(2011年4月)参照。

高橋財政期の日銀による国債引受け

ここで、時折聞かれることのある「日銀による国債引受け」の議論について、日本銀行の考えをご説明します。この点に関する各国の法的な取り扱いをみると、欧州では、中央銀行の国債引受けが明示的に禁止されているほか、新興国を含め世界の多くの国で、中央銀行による国債引受けは認められていません。わが国でも、財政法5条が本則で日本銀行による国債引受けを禁じています。このような取り扱いは、一旦中央銀行による国債引受けを始めると、初めは問題はなくても、やがて、通貨の増発に歯止めが効かなくなり、激しいインフレを招き、国民生活や経済活動に大きな打撃を与えたという歴史の教訓を踏まえたものです。このように通貨に関する基本原則が世界的に確立されている中で、日本銀行による国債引受けが行われると、通貨への信認自体を毀損することになります。こうした通貨への信認の毀損は、長期金利の上昇や金融市場の不安定化を招き、現在は円滑に行われている国債発行が困難になる惧れもあります。今回の東日本大震災の後も国債の入札発行は順調に行われていますが、わが国の財政状況が厳しいだけに、現在の安定的な国債発行環境を維持していくことは大事です。今回の震災の経験から、我々はインフラが破壊された場合に、国民生活や経済活動にいかに大きな影響が生じるかを改めて認識させられました。この点、通貨への信認あるいは十分に機能している国債市場は、わが国の金融・経済にとって重要なインフラの一角をなすものです。日本の財政状況は厳しく、日本経済も震災の大きな影響を受けている時であるだけに、国際的にも国内的にも通貨や国債への信認を維持することが極めて重要な課題となっていると思います。

この点で少し脇道に逸れますが、時々言及されることのある高橋財政期の日本銀行による国債引受けについても、簡単に触れたいと思います。日本銀行による国債引受けに対する考え方については既に申し上げましたが、以下で述べるように、当時と現在の金融経済情勢はそもそも大きく異なっている事実は意外に認識されていないように感じています(図表9)。

まず第1に、国債引受けの始まる前は金融引き締め期でした。当時のコールレ−トは6.6%と高い水準であったのに対し、現在は0.07%と極めて低い水準です。また、長期金利も当時の5.9%に対し、現在は1.1%台となっています。第2に、高橋財政が始まる直前の国債発行残高の対GNP比率は47.6%と、現在の対GDP比率の181.9%とは比較にならないほどの健全財政の状態でした。第3に、国債引受けは、是非の判断はともかくとして、資本移動規制の強化を伴うものでした。これに対し、現在は当時とは比較にならないほどに金融市場や経済のグローバル化が進んでおり、金融政策や財政政策が通貨の信認を壊すような方向で運営されると、長期金利にすぐ跳ね返る状況になっています。そして第4に、当時の国内金融市場は現在に比べて規模が小さく、国債市場が発達していなかったことです。当時の国債発行は、民間金融機関が引受けシンジケート団を組成して引き受けるか、郵便貯金等を原資とする預金部が引き受けるかたちが中心であり、多額の国債を速やか、かつ円滑に消化する方法はありませんでした。当時、日本銀行は国債を引き受けても最初の数年間、すなわち高橋是清蔵相の存命中は速やかに売却をしており、日本銀行による国債の保有残高やマネタリーベースが大きく増加した訳ではありません。いずれにせよ、現在は十分に発達した国債の発行市場が存在している点が大きな違いです。今回の震災後も、国債の発行は順調であり、応札倍率にも変化は見られません。

なお、高橋財政期に為替レートが円安になったことが指摘されることもありますが、1931年末に金本位制から離脱することによって、金本位制の下で人為的に割高に設定されていた固定為替レートが是正されたということです。これに対し、現在は変動相場制を採用しており、この面でも高橋財政が始まる前に置かれていた状況と異なります。

ご存知のように、高橋蔵相は軍部の予算膨張に歯止めをかけようとして凶弾に倒れ、結局はインフレを招いたわけですが、偶々軍部の予算膨張を抑えられなかったのではなく、市場によるチェックを受けない引受けという行為自体が最終的な予算膨張という帰結をもたらした面もあったのではないかと思っています。現在、金融政策を巡ってよく用いられる言葉を使うと、引受けという「入り口」が予算膨張の抑制失敗という「出口」をもたらしたと解釈すべきではないかということです。この点、今日の目でみて興味深いのは、高橋財政期の日本銀行による国債引受けがあくまでも「一時の便法」として始まっているという事実です5。高橋蔵相は帝国議会での演説で、引受けによる国債の発行は一時的なものであることを述べていますが6、その後の歴史はこれが一時的なものではなかったことを示しています。現在、先進国はもとより、新興国でも中央銀行による国債の引受けは認められていません。中央銀行による国債の引受けは、初めは問題がなくてもやがて通貨の増発に歯止めが効かなくなり、激しいインフレを起こすことによって国民生活や経済活動を破壊します。人間は誘惑に弱い存在ですが、そうした弱さを自覚するがゆえに、予め中央銀行による国債の引受けを禁止するという強さをもった存在と言えます。

財政バランスの改善は、インフレによって達成される課題ではありません(図表10)。確かに、物価が上昇すれば、税収は増加するかもしれません。もっとも、過去20年間の日本のデータをみると、歳入の増減率と物価上昇率の間にはほとんど有意な関係は観察されません。歳入が増加しているのは実質成長率が高まっている時です。一方、歳出は社会保障費にしても公共工事費にしても、物価上昇により増加します。物価の上昇が長期金利に織り込まれれば、国債の利払い負担も増加します。これに対し、実質成長率が高まる時には、景気対策の必要性も低下することから、歳出の伸びも低下しています。本日は時間の関係で詳しくは申し上げませんが、財政バランスの改善には、歳出、歳入の見直し自体が必要です。それと並んで成長率の引上げも重要ですが、そこで言う成長率の引上げとは実質成長率の引上げです。この点に関しては、しばしば名目成長率の引上げが必要だと言われますが、この言い方はややミスリーディングです。この言い方ですと、実質成長率の引上げでも物価上昇率の引上げであっても、全く同じように財政バランスが改善するかのような印象を与えますが、単に物価が上昇するだけでは財政バランスは改善しません。何よりも必要なことは実質成長率の引上げに向けた地道な努力です。景気が良くなり実質成長率が上昇する時には、その結果として、物価も上昇します。

  • 5 深井英五『回顧七十年』(1941年)参照。
  • 6 「昭和八年度予算案説明中の公債政策に関する演説」、1933年1月21日、第64議会衆議院本会議、大蔵省編『昭和財政史』第6巻(1954年)参照。

5. 最後に

以上、「通貨、国債、中央銀行」というタイトルでお話をしてきましたが、そろそろ本日の話を締め括りたいと思います。経済の持続的な成長を実現する上で、通貨や金融システムは不可欠の存在です。この通貨や金融システムがその役割を果たすことを可能にしている最も重要な条件は、一言で言えば、信認です。信認を維持するためには、政府や中央銀行、民間金融機関それぞれが自らの信認をしっかりと守る努力をすることがすべての出発点です。政府は中長期的な財政バランス維持に努め、中央銀行は金融政策や最後の貸し手機能を適切に遂行することを通じて、物価や金融システムの安定を図らなければなりません。民間金融機関は決済サービスや信用仲介機能を適切に遂行しなければなりません。しかし、こうした努力だけでは、通貨や金融システムの安定は図られません。民間金融機関の信認は、政府の信認にも左右されます。政府の信認を維持するためには中長期的な財政バランスの確保が重要な前提条件ですが、これは国民の支持なしには実現しません。国債の信認は、中央銀行の信認によっても支えられています。そして、中央銀行の信認は、政府や国民が中央銀行の判断を尊重するかどうかによっても大きな影響を受けます。言い換えると、通貨や金融システムの信認は相互依存の関係にあります。信認は空気のような存在で平時は誰もその存在を疑いませんが、信認を守る努力を払わなければ、非連続的に変化し得るものです。そして、一旦、信認が崩れると、経済に与える影響は計り知れません。信認は非常に微妙な構築物です。冒頭、学者、実務家、政策当局者の対話の重要性を述べましたが、日本金融学会と日本銀行との間で、通貨や金融システムへの信認維持の重要性について社会の幅広い理解を求めていくために、今後とも協力関係を深めていくことが出来れば大変幸いです。

長時間ご清聴を有難うございました。