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【挨拶】わが国の経済・物価情勢と金融政策

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埼玉県金融経済懇談会における挨拶要旨

日本銀行政策委員会審議委員 石田 浩二
2014年2月26日

目次

I.はじめに

日本銀行の石田でございます。本日は、埼玉県の行政および経済界を代表される皆様に、ご多忙のところお集まりいただきありがとうございます。また、皆様には、日頃より調査統計局のほか日本銀行各部署の業務運営に多大なご協力をいただき、この場をお借りして御礼申し上げます。

この金融経済懇談会は、日本銀行の政策委員が各地を訪問し、金融経済情勢や金融政策についてご説明申し上げるとともに、各地の経済・金融の現状や日本銀行の政策に対するご意見などを拝聴させていただく機会として開催しております。

本日は、まず私の方から、日本銀行の金融政策と経済・物価情勢についてお話させていただき、その後、皆様から当地の実情に即したお話やご意見などを拝聴させていただきたいと思っております。

II.日本銀行の金融政策

1.「物価安定の目標」の導入と政府・日本銀行の共同声明

日本銀行は、昨年1月の金融政策決定会合において、「物価安定の目標」を消費者物価の前年比上昇率で2%とすることを決定しました。また、同時に、政府との共同声明を公表し、デフレからの早期脱却と物価安定のもとでの持続的な経済成長の実現に向けて、政府と日本銀行の政策連携を強化し、一体となって取り組むことを文書で明確にしました(図表1)。共同声明の中で、日本銀行は、「物価安定の目標」のもとで金融緩和を推進し、これをできるだけ早期に実現することを目指すとしている一方、政府は、機動的なマクロ経済政策運営に努めるとともに、日本経済の競争力と成長力の強化に向けた取り組みを具体化し、これを強力に推進することに加え、財政運営に対する信認を確保する観点から、持続可能な財政構造を確立するための取り組みを着実に推進するとしています。

2.量的・質的金融緩和

次に、現在の日本銀行の金融政策についてお話します。

日本銀行は、昨年4月初の金融政策決定会合において、消費者物価の前年比上昇率2%の「物価安定の目標」を、2年程度の期間を念頭に置いてできるだけ早期に実現するため、「量的・質的金融緩和」を導入しました(図表2)。この新しい金融政策では、量的な金融緩和を推進する観点から、金融市場調節の操作目標をそれまでの無担保コールレート・オーバーナイト物から、中央銀行が直接供給するお金の総量であるマネタリーベース(日本銀行券発行高と貨幣流通高、日銀当座預金の合計値)に変更しています。そのうえで、そのマネタリーベースを年間約60〜70兆円に相当するペースで増加させています。マネタリーベースを増加させる手段は、主に長期国債の買入れであり、日本銀行の長期国債保有残高が年間約50兆円に相当するペースで増加するよう買入れを行っています。なお、買入れる長期国債の平均残存期間も、従来の3年弱から、国債発行残高の平均並みの7年程度に延長しています。

また、国債の買入れ以外にも、資産価格のリスクプレミアムに働きかける観点から、ETF(指数連動型上場投資信託)とJ-REIT(不動産投資信託)について、保有残高がそれぞれ年間約1兆円、約300億円増加するよう買入れを行っています。この「量的・質的金融緩和」については、2%の「物価安定の目標」の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで継続することとしています。また、その際、経済・物価情勢について、上下双方向のリスク要因を点検し、必要な調整を行っていくこととしています。

以上が「量的・質的金融緩和」の基本的なフレームワークです。昨年4月の導入からまもなく1年が経過しますが、この間、マネタリーベースは2012年末の138兆円から2013年末には202兆円まで拡大しており、本年末の270兆円に向けて順調に積み上がってきています(図表3)。また、長期国債の保有残高も同様に89兆円から142兆円まで増加しており、本年末の190兆円に向けて、こちらも順調に積み上げが進んでいます。

3.貸出支援基金

このほか、日本銀行は、強力な金融緩和政策により供給している大量のマネタリーベースが貸出増加や成長力強化の取り組みに利用されることを促すための政策として、「貸出支援基金」を運営しています。この貸出支援基金には、「貸出増加を支援するための資金供給」と「成長基盤強化を支援するための資金供給」の2つがありますが、先週行われた金融政策決定会合において、規模を2倍としたうえで、1年間延長することを決定しました(図表4)。具体的には、前者については、金融機関が貸出を増加させた額の2倍まで、日本銀行からの資金供給を受けられるようにしたほか、後者については、本則の総枠を3兆5千億円から7兆円に倍増しました。また、両資金供給について、固定金利0.1%で4年間の資金供給を受けられることとしました。

貸出支援基金は、これまで金融機関が貸出を総額として増やしていく動きをサポートしてきたほか、企業や金融機関が成長基盤を強化する取り組みを進めるうえで「呼び水」としての効果を発揮してきたと評価しています。日本銀行としては、今回の見直しが、貸出増加や成長基盤の強化に向け、金融機関の一段と積極的な行動や企業・家計の前向きな資金需要の増加を促すことを期待しているところです。

4.金融環境・金融市場の状況

これらの政策のもとで、わが国の金融環境は緩和した状態にあります。企業の資金調達コストは、長期の新規約定平均金利が既往ボトムを更新するなど低水準で推移しているほか、CP・社債の発行環境も良好な状態にあります。また、銀行貸出については前年比増加を続けるもとで、信用金庫についても、夏場以降はプラスに転じています。企業からみた金融機関の貸出態度は改善を続けているほか、資金繰り判断も中小企業が90年代前半のバブル期以来の「楽である」超に転化するなど、企業規模を問わず改善しています(図表5)。

金融市場の状況をみると、長期金利については、日本銀行による長期国債買入れが進捗するもとで10年物国債金利は0.6%近傍の低水準で安定的に推移しています(図表6)。足もとの物価上昇率が1%台前半にあることから、実質長期金利はマイナスの領域にあるとみられます。為替については、振れを伴いながらも円安方向で推移しているほか、株価も基調的に水準を切り上げてきました。

この間、マネーストックをみると、投資信託や金銭の信託の伸び率が高い水準にあり、家計などの通貨保有主体がリスク資産を増やしている様子が窺われます(図表7)。

このように緩和的な金融環境は、足もと民間需要を刺激する効果を発揮しているとみられ、わが国経済が消費税率引き上げの影響を乗り越え、生産・所得・支出という前向きの循環メカニズムがしっかりと働いていくためのベースを形成しているとみています。

III.経済・物価情勢

1.海外経済の動向

次に、経済・物価情勢についてお話します。

まず、海外経済については、一部になお緩慢さを残していますが、先進国を中心に回復しつつあるとみています。先月公表されたIMFの世界経済見通しをみると、今年の世界全体の成長率は3.7%と昨年の3.0%から加速する見通しとなっています(図表8)。先進国、新興国・資源国の別にみると、成長率の水準自体は新興国・資源国の方が当然高くなっていますが、昨年から今年にかけての成長のモメンタムは先進国の方が上回っています。

主要国・地域別にみると、先進国では、米国の成長率が昨年から今年にかけて加速する見通しとなっています。米国経済は、昨年12月からの記録的な寒波の影響が1〜3月の成長率に対しマイナスの影響を与えることは避けられないとみていますが、家計部門のバランスシート調整がほぼ終了したとみられるなかで、財政面からの下押し圧力も和らいでいることから、春以降は生産や民間需要が堅調に推移し、景気回復の裾野は拡がっていくものとみられます(図表9)。雇用情勢も、寒波の影響から足もと一部弱い数字はありますが、失業率が低下傾向にあるなど改善基調が続いています。また、ユーロ圏についても、今年はマイナス成長から脱する見通しとなっています。引き続きディスインフレの進展は懸念されますが、金融資本市場が落ち着くもとで企業や家計のマインドは改善基調が続いており、生産などは緩やかながら持ち直してきています(図表10)。

このように、先進国には改善の動きがみられる一方で、新興国・資源国はバラつきがみられます。まず、中国については、昨年10〜12月の成長率は前年比7%台後半を維持しており、一頃に比べ低めではありますが安定した成長を続けています(図表11)。製造業PMIは足もとやや弱めの動きとなっていますが、基本的には政府によるコントロールの下で現状程度の安定した成長が続くものとみられます。その他の新興国・資源国については、NIEsは先進国の景気回復が波及するかたちで輸出を中心に上向きとなっている一方、ASEANはそれらを取り込む力が相対的に弱いことなどから、成長の勢いが鈍化した状態が続いています。とくに一部の国では政治情勢が不安定になっており、わが国との貿易面などへの影響が心配されます。

これら新興国・資源国については、米国FRBによる資産買入れの減額が進むなかで、経常収支赤字などの構造面での脆弱性を抱える一部の国において神経質な動きがみられた局面も一時期ありましたが、このところそうした動きは落ち着いてきています(図表12)。

2.わが国の経済情勢

(1)現状

実体経済

次に、わが国の経済情勢についてお話します。

現状については、緩やかな回復を続けていると判断しています。また、このところ消費税率引き上げ前の駆け込み需要もみられています。

先週公表された昨年10〜12月の実質GDPは前期比+0.3%と、4四半期連続のプラス成長となりました(図表13)。内訳をみると、個人消費や設備投資など民間需要の伸び率が7〜9月と比べて加速しています。個人消費については、冬のボーナスが増加するなど雇用・所得環境が改善するもとで、消費税率引き上げ前の駆け込み需要もあって耐久財などが増加しています。設備投資も、これまで企業の年度計画や収益の改善傾向と比べて勢いを欠く状態が続いてきましたが、10〜12月にようやくはっきりと増加しました。これに対し、輸出については、先進国を中心とした海外経済の回復傾向や為替相場の動向にもかかわらず、これまでのところ勢いを欠く状態が続いています。輸入が大幅に増加したことから、純輸出としては7〜9月に引き続き大幅なマイナス寄与となりました。

本年入り後の動きを示す経済指標は多くありませんが、消費関連では、1月の新車登録台数が季調済前月比+6.9%とかなり強めの動きとなっており、駆け込み需要が強まっている可能性があります(図表14)。一方、1月の実質輸出は、中国向けが減少したとみられることなどから、全体で同-2.3%の減少となりました。これら内外需要の動きを受けた1月の鉱工業生産は明後日に公表される予定ですが、先月の製造工業生産予測調査における1月の予測値は、内需向けの生産に牽引され比較的強めの伸びとなっています。

物価動向

物価動向をみると、昨年12月の消費者物価指数(除く生鮮食品)は前年比+1.3%となり、前月からプラス幅が拡大しました(図表15)。昨年後半にかけて、原油市況や為替相場の動きを反映して石油製品などのエネルギー関連の上昇が物価の押し上げに寄与してきましたが、このところはそれ以外の品目においても個人消費が底堅く推移するもとで価格を引き上げる動きも徐々にみられており、物価上昇の動きは着実に拡がってきています。実際、食料・エネルギーを除いた総合指数は+0.7%と98年8月以来の前年比プラス幅となっています。

(2)先行きの見通し

先行きについては、景気面では、引き続き個人消費など内需が堅調さを維持するなかで、外需も緩やかながら増加していくと見込まれ、生産・所得・支出の好循環は持続すると考えられます。また、物価面では、エネルギー関連の押し上げ効果が徐々に縮小していく一方で、景気回復に伴うマクロ的な需給バランスの改善などの押し上げ効果が拡大するとみており、消費税率引き上げによる直接的な影響を除いたベースでみた消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、暫くの間、+1%台前半で推移するとみています。

このように、今後のわが国経済については、消費税率引き上げに伴う駆け込み需要とその反動の影響を受けつつも、基調的には緩やかな回復を続けていくとみていますが、当面は次のような点に注目しています。

消費税率引き上げの影響

まず一つ目は、消費税率引き上げの影響です。消費税率引き上げ前の駆け込みの動きは、既に住宅や乗用車、白物家電などの耐久財消費で相応の規模で発生していますが(前掲図表14)、年度末にかけて想定を上回る規模で発生する場合、その分4月以降の反動も大きくなります。

消費税率の引き上げが家計の実質所得にマイナス影響を与えることは避けられません。しかしながら、景気全体としてみれば、政府の経済対策により下支えされるもとで、これまで今一つだった輸出や設備投資が伸びてくることなどが期待されます。このため、4〜6月に一時的にマイナス成長になったとしても景気回復のトレンド自体が失われることはないとみています。

なお、来年度前半にかけて公表される諸指標については、消費税率引き上げに伴う上・下両方向の振れが大きくなることから、基調判断は十分慎重に行っていく必要があると考えています。

海外経済に関するリスクと輸出動向

二つ目は、海外経済に関するリスクと輸出動向です。海外経済については、先進国を中心に回復しつつありますが、一部の新興国・資源国については財政赤字や経常収支赤字など構造面での脆弱性を抱えるもとで、不確実性の高い状態が続くとみられます。現状、市場は落ち着いてきていますが、これら諸国のリスクが顕在化し、世界経済に影響を及ぼすことはないか、みていく必要があります。

輸出については、4月以降の消費税率引き上げによる一時的な落ち込みをカバーし、伝統的な景気循環の起点としての役割を果たすようになることが期待されますが、足もとやや勢いを欠いた状態にあります。この原因については、海外経済の回復テンポや製造業の海外生産シフトなど循環・構造的な問題の両面で様々な論点があります。輸出については、設備投資への波及も大きいことから、期待どおり来年度以降の景気の牽引役となれるか、注目するところです。

雇用・所得動向

三つ目は、家計の雇用・所得動向です。足もとの雇用・所得環境は、12月の有効求人倍率が1.03倍まで上昇するなど労働需給が着実な改善を続けているほか、雇用者所得も1人当たり名目賃金が概ね下げ止まっているなかで常用労働者数のプラス幅が拡大していることから、緩やかに持ち直しています(図表16)。

今後も、物価が上昇するもとで個人消費など国内需要が堅調さを維持していくためには、こうした雇用・所得環境の改善が消費を支えるという前向きの循環が持続することが不可欠です。今春の賃上げの状況がどうなるのか、雇用者数の増加を含めて雇用者所得全体として改善の度合いがどの程度か、注目してみていきたいと思っています。

IV.「物価安定の目標」の達成に向けて

1.2015年度までの見通し

足もとでの経済・物価情勢は以上のとおりですが、日本銀行では2015年度までの経済と物価に関する政策委員の見通しを取りまとめ、公表しています(図表17)。このうち、物価に関する見通しの中央値は、消費者物価指数(除く生鮮食品)の前年比で13年度が+0.7%、14年度、15年度については消費税率引き上げの影響を除くベースで各々+1.3%、+1.9%となっています。2015年度までの見通し期間の後半にかけて、「物価安定の目標」である2%程度へ達する可能性が高いとみています。

2.「物価安定の目標」と物価指数

日本銀行では、この「物価安定の目標」に対応する物価指数としては、国民の実感に即した、家計が消費する財・サービスを包括的にカバーした指標が基本と考えており、消費者物価指数の総合指数が重要であると考えています。ただし、消費者物価の総合指数は、一部品目の一時的な変動の影響を受けることから、変動の激しい生鮮食品を除いた総合指数を用いて、基調的な動きを把握するようにしています。

また、消費者物価の基調的な動きを把握するため、「除く食料・エネルギー」指数や「ラスパイレス連鎖指数(除く生鮮食品)」、「10%刈込平均値」なども参考指標として点検しています。その他の物価指数としては、家計の消費支出に関する統計などにおいて、名目値を実質化する際に「除く持家の帰属家賃」指数が使われていますが、これは持家の家賃支払いは実際に発生しないことを踏まえ、現実の家計の消費支出に最も対応する物価指数として、採用されていると考えられます。

それぞれの物価指数は、やや長い目でみれば総合指数と同じ動きになると考えられますが、その時々では一時的な変動要因により異なった動きとなることがあります。例えば、昨年12月の前年比伸び率をみると、「除く生鮮食品」指数と「除く食料・エネルギー」指数は、先ほど述べたようにそれぞれ+1.3%、+0.7%ですが、「総合指数」は+1.6%、「ラスパイレス連鎖指数(除く生鮮食品)」は+1.2%、「10%刈込平均値」は+0.8%、「除く持家の帰属家賃」指数は+2.0%となっています(図表18)。

私どもとしては、これら様々な物価指標を幅広く点検していくことを通じて、物価情勢について総合的に判断していく必要があると考えています。そうして「物価安定の目標」をできるだけ早期に達成し、これを安定的に持続させていくことにより、日銀法が定める「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資する」という理念を果たしていきたいと考えています。

V.おわりに ― 埼玉県経済について ―

最後に、埼玉県経済についてお話させていただきます。

当地は、戦前から金属製品や一般機械などの中小企業が集積する「ものづくり県」であり、こうした基盤が時代とともに精密・光学機械、電気・通信機械、自動車などわが国の高品質の工業製品を支えてきました(図表19)。また、近年は、圏央道などの交通インフラの整備を背景に、物流拠点などの建設投資が非常に活発です。首都圏の一翼を担う機能が充実するにつれて、埼玉県の存在感が高まっているように感じられます。県や市が企業誘致やスポーツイベントの誘致などを積極的に展開していることや地方分権のモデルケースを目指す気概で各種施策に取り組んでいることも、こうした埼玉県の元気さを後押ししているように思います。

そうした中で、当地経済の一層の活力向上に関して、思うところを3点申し上げます。

1点目は、大企業製造業の海外生産移管が進んだなかで、当地の中小製造業が如何にして新たな事業展開を図っていくかということです。また、県外からの活発な企業進出に対して、非製造業も含めた県内企業がそのニーズを捉えて食い込んでいくことも喫緊の課題と言えましょう。

2点目は、スポーツ観戦やハイキング・登山、サイクリングなどを目的に県外から来るレジャー客に、如何にして県内での消費支出を喚起させるかということです。大型ホテルの立地を望む声などを耳にしますが、まさに宿泊施設の充実などは課題かと思います。

3点目は、今後急速な少子高齢化が進むなかで、首都圏における居住地としての魅力を如何にして高め、人口流入の継続を図るかということです。これは、医療・介護、教育・子育て支援、防犯など幅広い分野に関わる息の長い取り組みです。

既にこうした点は認識され、様々な取り組みが進んでいると聞いていますが、皆さま方の創意工夫や努力が実を結び、当地の経済がますます成長・発展していくことを期待しまして、私からの話を終わらせていただきます。

ご清聴ありがとうございました。