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【挨拶】最近の金融経済情勢と金融政策運営

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大阪経済4団体共催懇談会における挨拶

日本銀行総裁 黒田 東彦
2013年11月5日

目次

1.はじめに

日本銀行の黒田でございます。本日は、関西経済界を代表する皆様とお話しする機会を頂き、大変嬉しく存じます。また、皆様には、平素より、私どもの大阪、神戸、京都の各支店が大変お世話になっており、厚くお礼申し上げます。

私が、本年3月に日本銀行の総裁に就任した際に最も強く意識していたことは、日本経済を15年近く続いたデフレから何としても脱却させたいということでした。長年にわたるデフレのもとで、日本経済の活力は奪われてきました。日本経済が抱えている当面の最大の課題はデフレからの早期脱却であり、そのために日本銀行の果たすべき役割は極めて重要です。こうした思いから、4月に「量的・質的金融緩和」という新しい政策を導入しました。この政策を進めるもとで、実体経済や金融市場、人々のマインドや期待などは好転しており、「量的・質的金融緩和」は、着実に所期の効果を発揮しています。先行きについても、先週公表した「展望レポート」で示したように、わが国経済は、生産・所得・支出の好循環が持続するもとで、基調的には潜在成長率を上回る成長を続け、2%の「物価安定の目標」実現への道筋を着実に辿っていくと考えています。

そこで、本日は、皆様との意見交換に先立ち、日本銀行の経済・物価に対する見方についてご説明したうえで、「量的・質的金融緩和」の考え方についてお話ししたいと思います。

2.内外経済の動向

日本経済の展望

初めに、日本経済の展望についてお話しします。

わが国の景気は、国内需要が堅調に推移し、海外経済も徐々に持ち直しに向かうもとで、緩やかに回復しています。GDPは本年入り後、2四半期連続で年率4%程度の高い成長となっています。外需と内需を比較すると、輸出は持ち直し傾向にはありますがやや勢いを欠く一方、個人消費や公共投資といった内需は堅調です。半年前の「展望レポート」において見通していた姿と比べると、外需がやや弱めに、内需はやや強めに推移しています。

先行きについては、内需が堅調さを維持するなかで、外需も緩やかながら増加していくと見込まれることから、生産・所得・支出の好循環は持続すると考えられます。先週公表した「展望レポート」における実質GDP成長率の見通しで申し上げますと、2013年度は、消費税率引き上げに伴う駆け込み需要もあり、2.7%と高めになるとみています。その後、2014年度は、駆け込み需要の反動もあって1.5%に鈍化し、2015年度も1.5%と予想しています(図表1)。このように、わが国経済は、消費税率引き上げに伴う駆け込み需要とその反動による振れはありますが、基調的には0%台半ばと推計される潜在成長率を上回る成長を続けると思われます。

今後の日本経済を展望するうえで、特に注目すべき点を2つ挙げると、ひとつは堅調な内需の持続性、もうひとつは海外経済の先行きです。

堅調な内需の持続性

まず、内需の持続性からお話しします。

今回の景気回復の特徴は、個人消費や公共投資といった内需を起点として、非製造業部門が回復を牽引していることです。これは、輸出と生産の増加が起点となって、製造業部門を中心に景気が回復するという、戦後の日本の景気回復の典型的なパターンとは異なっています。実際、製造業の生産はリーマン・ショック前のピークの約8割にとどまっている一方、非製造業の経済活動の状態を示す第3次産業活動指数はリーマン・ショック前の水準近くまで回復しています。また、短観の業況判断DIをみても、今回の回復局面では、非製造業の業況感が、製造業の業況感を上回って推移しています(図表2)。

堅調な内需のうち、個人消費については、団塊の世代を始めとするシニア層の活発な消費行動が下支え要因として底流に作用するもとで、年初以来、消費者マインドの改善、株価上昇などによる資産効果が押し上げに働いてきました(図表3)。それが、最近では雇用・所得環境の改善にも支えられる姿になってきています。

すなわち、雇用情勢をみると、失業率や有効求人倍率がほぼリーマン・ショック前の水準まで回復するなど、雇用環境は緩やかながらも着実な改善が続いています。企業側の雇用不足感も高まっています(図表4)。こうした雇用環境の改善は、賃金にも影響し始めています。1人当たり名目賃金は、夏季賞与が3年振りにプラスとなるなど、全体として下げ止まりつつあります。1人当たりの所定内給与は未だ前年比マイナスとなっていますが、これには女性やシニア層のパート形態での労働参加が進んでいることで労働時間が短時間化していることも影響しています。いずれにしても、雇用者数は増加していますので、雇用者数と1人当たり賃金を乗じた雇用者所得は、前年比プラスに転じてきています(図表5)。このように、所得環境も全体として改善しつつあります。

先行きについては、景気が緩やかに回復するもとで、雇用環境の改善傾向が続き、1人当たり名目賃金にも、次第に上昇圧力がかかっていくとみています。また、やや長い目でみれば、労働需給の引き締まりの影響に加え、予想インフレ率の高まりもあって、賃金の上昇傾向がはっきりしてくると考えています。もとより、企業を取り巻く競争環境が厳しいことは認識していますが、企業収益が改善するなかで、「政・労・使」の連携による取り組みもあって、賃金の上昇につながることを期待しています。

内需の先行きを考えるうえで、もうひとつ重要なのは、企業部門における設備投資の動向です。設備投資については、今回の景気回復の特徴を受けて、これまで非製造業が底堅く推移してきましたが、最近では出遅れていた製造業にも改善に向かう動きがみられており、全体として持ち直しています(図表6)。

先行きの設備投資を巡る環境をみますと、「量的・質的金融緩和」のもとでの緩和的な金融環境が、設備投資を後押ししていくと考えられます。すなわち、投資採算の観点からすると、景気回復に伴い資本収益率が上昇していくと同時に、予想インフレ率の高まりなどを反映して実質金利は低下していくと考えられますので、金融緩和の投資刺激効果は強まっていくとみています。また、各種企業減税の効果も、資本コストの低下やキャッシュフローの上振れといったルートを通じて設備投資を支えていくと考えられます。さらに、これまでの企業の投資抑制姿勢を反映して、設備の老朽化が進んでいることから、設備の維持更新投資に対する潜在需要は強まっているとみられます。経済活動の水準がさらに高まり、企業収益の改善が続けば、循環的にそうした需要が顕在化しやすい状態にあります。

海外経済

次に、海外経済の展望についてお話しします。

先ほど申し上げたように、日本経済は、先行き、内需が堅調さを維持するなかで、外需も緩やかながら増加していくと想定しています。その前提として、海外経済については、金融資本市場が総じて落ち着いて推移するもとで、次第に持ち直していくとみています。IMFが先月公表した世界経済見通しでも、世界経済の成長率は、2013年の2.9%から、2014年は3.6%となり、2015年は4.0%と次第に伸びを高める予想となっています(図表7)。

地域別にみると、米国経済については、財政面からの下押し圧力を受けつつも、緩和的な金融環境のもとで堅調が続く民需を背景に、緩やかに回復しています。先行き、緩和的な金融環境が維持され、財政面からの下押し圧力は次第に和らいでいくことから、回復のペースは徐々に増していくと予想されます。ただ、連邦債務の上限問題など、財政問題を巡る不透明感は、引き続き残っていますので、今後の展開には注意していく必要があります。

次に、欧州経済ですが、緩やかな後退が続いていましたが、漸く底入れし、最近は持ち直しに向けた動きもみられています。金融資本市場が落ち着いて推移するもとで、企業や家計のマインドが改善しています。また、緊縮財政路線が幾分修正されて、財政面からの下押し圧力はやや弱まっています。輸出も、ドイツなどを中心に、底入れしています。欧州債務問題が根本的に解決したわけではありませんので、その帰趨を注視する必要はありますが、欧州経済は、こうした傾向が続くもとで、先行き次第に持ち直していくと考えられます。

中国経済については、政府が、製造業部門の過剰設備や過剰債務といった構造問題の調整を進めつつも、その過程で景気が下振れる場合には、各種の下支え策を講じていくと考えられることから、先行きも現状程度の安定した成長が続くとみられます。一方、その他の新興国・資源国経済については、過剰債務などの問題もあって、一頃に比べると成長のモメンタムが鈍化しています。加えて、経常収支赤字国を中心に、米国の金融政策を巡る思惑を受けて通貨安・株安が進む場面がみられ、一部の国では通貨安への対応として利上げを行うなど、金融環境は引き締まり傾向にあります。そのため、これらの国々では、当面、成長の勢いを欠く状態が続く可能性が高いとみています。もっとも、やや長い目でみれば、米国をはじめとする先進国経済の改善などに伴って、成長率は再び持ち直していくと見込まれます。

このように、各国・地域それぞれにリスク要因を抱えていますが、中心的な見通しとしては、海外経済は、先進国を中心に、次第に持ち直していくとみています。そのもとで、わが国の外需は、緩やかに増加していくと考えています。

消費税率引き上げの影響

政府は、先月初めに、来年4月から消費税率を予定通り8%に引き上げることを決定しました。これは、社会保障の安定財源を確保するとともに中長期的に持続可能な財政構造を確立するための取り組みの一環であり、極めて大きな意義のある決断であったと思います。

「展望レポート」では、2回の消費税率の引き上げが行われることを前提としたうえで、先行きの景気見通しについて、駆け込み需要とその反動による振れを伴いつつも、基調的には潜在成長率を上回る成長を続けると考えています。消費税率の引き上げが、家計の実質可処分所得にマイナスの影響を及ぼすことは確かです。もっとも、第1に、政府において各種の経済対策などが講じられる予定であること、第2に、家計は以前から消費税率の引き上げを相応に織り込んでいるとみられること、第3に、消費税率の引き上げは家計の財政や社会保障制度に関する将来不安を和らげる効果が期待されることから、マイナスの影響はある程度緩和されるものと思われます。

3.わが国の物価情勢

次に、わが国の物価情勢についてお話しします。

生鮮食品を除く消費者物価の前年比は、6月に14カ月ぶりにプラスになった後、最近では0%台後半までプラス幅を拡大しています。石油製品や電気代といったエネルギー関連が押し上げに効いているのは確かですが、個人消費が底堅く推移するなど景気が緩やかに回復を続けるもとで、幅広い品目に改善の動きがみられています。実際、食料・エネルギーを除く消費者物価は、前年比マイナス幅が着実に縮小し、9月はゼロ%になりました(図表8)。また、予想インフレ率は、マーケット指標や各種アンケート調査を踏まえると、全体として上昇しているとみられます。将来の物価に応じて元利金が変動する国債である物価連動国債の価格を用いて計測した予想インフレ率、いわゆるブレーク・イーブン・インフレ率は、やや長い目でみた上昇傾向を維持しています。エコノミストに対するサーベイ調査でも、中長期の予想インフレ率は上昇しています(図表9)。

現在、日本経済には、なお、マイナスの需給ギャップ、すなわち、労働力や設備の余った状態が残っていると考えられます(図表10)。しかし、潜在成長率を上回る成長が続くもとで、労働や設備の稼働状況はさらに高まっていくと考えられますので、先行き需給ギャップはプラスに転じていくとみています。こうしたもとで、財やサービス、労働に対する需給の引き締まりが明確になり、価格や賃金は上昇していくとみています。また、中長期的な予想インフレ率の高まりも価格や賃金の上昇に寄与すると考えています。中長期的な予想インフレ率は、「量的・質的金融緩和」のもとで、実際の物価上昇率の高まりもあって上昇傾向をたどり、「物価安定の目標」である2%程度に向けて次第に収斂していくと考えられます。

こうしたことを踏まえますと、消費税率の引き上げの直接的な影響を除くベースでみた消費者物価の前年比は上昇傾向をたどり、2015年度までの見通し期間の後半にかけて、「物価安定の目標」の2%程度に到達する可能性が高いとみています。「展望レポート」の計数で申し上げると、2013年度は0.7%、2014年度は1.3%、2015年度は1.9%と予想しています(図表11)。

4.金融政策運営の考え方

最後に、金融政策運営についてお話しします。

日本経済の最大の課題は、デフレからの脱却です。15年にわたるデフレのもとで、企業や家計の予想インフレ率は低下し、デフレ・マインドが定着してしまいました。デフレ下では、現金や預金を保有していることが相対的に有利な投資になります。実際、日本の企業が保有する現預金は230兆円と、GDPの5割近くにも達しています。長期にわたるデフレは、投資による新たな挑戦を行うより、「現状維持」を促しやすい環境を作り出し、日本経済の活力を奪いました。そうした状況から抜け出すためには、人々の間に定着した「デフレ期待」を払拭することが必要です。

この課題を解決するため、日本銀行は4月に「量的・質的金融緩和」を導入しました。この政策には、2つの要素を盛り込んでいます。第1に、消費者物価上昇率2%という「物価安定の目標」を、2年程度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に実現すると明確に表明しました。第2に、これを裏打ちする施策として、従来とは次元の異なる大胆な金融緩和を行うことを示しました。具体的には、日本銀行が直接供給する通貨であるマネタリーベースを2年間で2倍に拡大することとしました。また、これを実現するため、残存期間の長いものを含めて巨額の国債買入れを行うこととしました。その後の約半年、日本銀行は、このプランどおりにマネタリーベースの供給と国債の買入れを進めています(図表12)。

「量的・質的金融緩和」では、効果の波及経路をいくつか想定しています。そのうち最も重要なルートは、実質金利の引き下げです。具体的なメカニズムをお話ししますと、まず第1に、2%の「物価安定の目標」の早期実現を掲げ、それを裏打ちする異次元の緩和策を先々までアナウンスすることによって、人々の期待を抜本的に転換し、予想インフレ率の引き上げを図ります。第2に、巨額の国債買入れにより、名目の長期金利に強力な低下圧力を加えます。この結果、予想インフレ率の上昇に比べて、名目金利の上昇を少なめに抑えることができれば、その分実質金利を低下させることができます。

企業や家計の支出行動は、実質金利に影響されますので、実質金利が低下すれば、設備投資や住宅投資、個人消費を刺激し、景気を後押しする効果が生み出されます。そして、景気の改善に伴って、財・サービスや労働市場の需給が引き締まれば、物価には上昇圧力がかかります。実際に物価が上昇すれば、それはまた、人々の予想インフレ率を押し上げることにつながります。すなわち、異次元の金融緩和による予想インフレ率の上昇を起点として、実質金利の低下、景気の改善、実際の物価上昇、また予想インフレ率の上昇という好循環を作っていくということです。

この半年、こうした取り組みは成功しています。先ほど申し上げたように、予想インフレ率は全体として上昇しているとみられます。一方で、長期金利は、世界的な上昇にもかかわらず、日本では0.6%程度の低い水準で安定的に推移しています(図表13)。銀行貸出の金利は、既往ボトムの低水準にあります。したがって、実質金利は低下していると考えられます。その刺激効果のもとで、日本経済は回復過程にあり、消費者物価はプラスに転化しました。「日本銀行が2%の物価上昇率を実現すると言っている」というだけではなく、「実際に物価が上昇している」ことは、人々の予想インフレ率の上昇に寄与すると考えられます。

このように「量的・質的金融緩和」は、想定したとおりの効果を発揮してきています。この政策のもとで、わが国経済は2%の「物価安定の目標」の実現に向けた道筋を順調に辿っています。今後とも、日本銀行は、目標実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで、「量的・質的金融緩和」を継続します。また、その際には、経済・物価情勢について上下双方向のリスク要因をしっかりと点検し、「物価安定の目標」実現のために必要であれば、調整を行っていく方針です。こうした金融政策運営によって、15年来の課題であるデフレからの脱却を必ず実現したいと考えています。

ご清聴ありがとうございました。