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【発言要旨】「量的・質的金融緩和」の特徴

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ブレトンウッズ委員会インターナショナルカウンシルミーティングにおける発言の邦訳

日本銀行総裁 黒田 東彦
2013年10月10日

目次

はじめに

本日は、このような素晴らしい会合に、パネリストとして参加できること、誠に光栄に存じます。事務局から送られてきた、この会合の論点候補となるリストを見た時に、数の多さと範囲の広さに驚きました。相互連関する世界において、対処すべき多くの困難な問題があることを示していると思います。そして、こうした課題に対して、我々は真摯に取り組んでいかなければなりません。本日は時間に限りがありますので、私からは、当然ながら金融政策に焦点を当てて、お話ししたいと思います。

近年、金融政策のかじ取りは次第に難しくなってきており、他の多くの中央銀行の仲間達も、未知の領域で対応しています。リーマン・ショック以降、世界の主要な中央銀行は、ゼロ金利制約のもと、資産買入れなどの非伝統的金融政策を導入してきました。日本銀行も、10年以上前から累次にわたって非伝統的金融政策を行ってきており、この分野での経験は豊富です。しかしながら、デフレからは脱却できませんでした。そこで、私が日本銀行総裁に就任した直後である本年4月に「量的・質的金融緩和」を導入しました。この「量的・質的金融緩和」は、以前の日本銀行や、他の中央銀行が行っている非伝統的金融政策とは、大きく異なっています。本日は、この「量的・質的金融緩和」の特徴について説明したいと思います。

直面する課題と経済状況

日本経済は15年来、デフレが続いてきました。その間に、日本の人々のインフレ予想は低下し、「物価は上がらないもの」という感覚、デフレ・マインドが定着してしまいました。物価が上がらないもとで、現金や類似の資産の保有が有利になり、企業は現金を抱え込んで投資をしなくなりました。しつこく続いたデフレは、企業や家計の「現状維持」の行動を促し、日本経済の活力を奪いました。

この間にも循環的な景気回復局面はありましたが、物価の継続的な上昇にはつながりませんでした。需給ギャップと物価の関係を示したフィリップス曲線は、予想物価上昇率の低下とともに、下方にシフトしました。経済が平均的な水準にある時に見込まれる平均的な物価上昇率は、最近15年程度では、0%台前半です。G7の他の6か国においては、インフレターゲット近傍である2%程度でアンカーされています。

日本経済の最大の問題は、経済活動の水準が高まっても物価が上昇しにくいということなのです。したがって、インフレ予想を引き上げることが最大の課題なのです。

「量的・質的金融緩和」の特徴

こうした認識に基づいて、日本銀行は、4月に「量的・質的金融緩和」を導入しました。この新たな政策では、インフレ予想に直接働きかけることで、物価をグローバルスタンダードである2%まで引き上げることを狙っています。具体的には、2つの要素を織り込んでいます。第1は、デフレから早期に脱却するという日本銀行の意志を、強く明確なコミットメントで示すことです。そこで、目標達成までの期限を「2年程度」とはっきり示しました。第2は、その決意を裏打ちするために、従来とは明らかに一線を画する、大規模な金融緩和を行うということです。具体的には、日本銀行が供給するマネタリーベースを2年間で2倍にすると宣言しました。これにより、2年後の日本のマネタリーベースは270兆円(2.8兆ドル)となり、対GDP比率では50%を超えることになります。なお、現在のFRBの同じ比率は20%、BOEは23%です。マネタリーベースを積み上げる際、日本銀行の資産サイドでは長期国債の保有額を2倍にすることで、長期金利に強力な低下圧力を加えることも企図しています。

この政策の核となるメカニズムは、予想物価上昇率を上昇させることと、それとの対比で長期金利を抑制することです。中央銀行の明確なコミットメントと次元の異なる大規模な金融緩和のもとで、予想物価上昇率を上昇させる一方で、巨額の国債買入れによって長期金利の上昇を抑制します。その結果、実質金利は低下し、経済に刺激効果をもたらします。さらに、これらの結果として現実の物価上昇率が上昇することは、予想物価上昇率の上昇につながります。

「量的・質的金融緩和」の進捗状況

「量的・質的金融緩和」の導入から、6か月が経過しましたが、こうしたメカニズムは、着実に働いています。日本経済は、2期連続で年率約4%のGDP成長率を達成し、生鮮食品を除く消費者物価も14か月振りにプラスに転じた後、+0.8%まで上昇しています。経済・物価見通しは改善し、株価は年初から30%以上上昇しました。これらは長期金利の上昇要因となっているはずですが、日本の長期金利は年初の0.8%程度から0.6%台へと低下しています。5月末以降、米国など多くの国の長期金利が軒並み大幅に上昇している中でも、日本の長期金利は低下しています。BEIや各種のアンケートから判断される予想物価上昇率も上昇しています。このように、「量的・質的金融緩和」は、企図したとおりの政策効果が現れてきており、日本経済はデフレからの脱却に向けて着実に歩を進めています。

おわりに

「量的・質的金融緩和」は、名目金利の引き下げ余地がなくなる中で、予想物価上昇率を引き上げるという、世界的にも過去に例のない政策です。決して容易ではありませんが、これまでのところ、確かな手ごたえを感じています。今後も、日本銀行は、2%の「物価安定の目標」の実現を目指し、これを安定的に実現するために必要な時点まで、「量的・質的金融緩和」を継続していきます。ご清聴ありがとうございました。