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【講演】デフレからの脱却と「量的・質的金融緩和」

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きさらぎ会における講演

日本銀行総裁 黒田 東彦
2013年9月20日

目次

1.はじめに

日本銀行の黒田でございます。本日は、きさらぎ会でお話しする機会を頂き、ありがとうございます。

私は、ちょうど半年前の3月20日に総裁を拝命しました。その際、「物価の安定」を使命とする日本銀行の総裁として、15年近く続いてきたデフレから日本経済を何としても脱却させたいとの決意を持って臨みました。なぜなら、長年のデフレにより、人々や企業の間には「物価は下がる」、「物価は上がらない」との認識が定着しており、これが日本経済の活力を奪ってきたからです。こうした思いから、4月に「量的・質的金融緩和」という新しい政策を導入しました。この政策は既に効果を発揮しつつあります。実体経済や金融市場には前向きな動きが拡がっており、人々の経済・物価に関する期待は好転しています。

そこで、本日は、まず、内外の経済・物価情勢について、簡潔にご説明します。続いて、わが国において15年近く続いてきたデフレについて、その背景やそれを克服するために何をすべきかといった点を、少し掘り下げてお話ししたいと思います。

2.最近の経済・物価情勢

まず、最近の経済・物価情勢についてお話します。あらかじめ纏めますと、「量的・質的金融緩和」が着実に進むもとで、日本銀行がこれまで見通しで示してきたとおり、日本経済は2%の「物価安定の目標」の実現に向けた道筋を順調に辿っています。

経済・物価情勢

すなわち、わが国の景気は、企業部門、家計部門の双方において、所得から支出という前向きの循環メカニズムが次第にしっかりと働いてきており、緩やかに回復しています。企業部門については、企業収益や業況感は大きく改善しています。これが実際の支出、すなわち、設備投資につながるかどうかが焦点となってきましたが、最近の統計をみると、設備投資が非製造業を中心に持ち直しつつあることが確認できます(図表1)。例えば、4〜6月のGDP統計ベースの実質設備投資は6四半期ぶりに前期比プラスとなっているほか、先行指標である機械受注も、4〜6月に5四半期ぶりに前期比プラスに転じた後、増加基調が続いています。また、家計部門をみると、住宅投資は、持ち直しが明確になっています。個人消費も、GDP統計ベースの実質個人消費が3四半期連続でプラスとなるなど、底堅く推移しています(図表2)。輸入品や高額品を中心に百貨店売上高が引き続き堅調に推移しているほか、旅行や外食といったサービス消費も底堅く推移しています。こうした個人消費の底堅さの背景をみると、今年の前半は、株価上昇による資産効果や消費者マインドの改善に支えられてきましたが、ここにきて、雇用や賃金の改善といった所得面からも裏付けられ始めています。具体的には、7月には、有効求人倍率が0.94倍まで上昇しているほか、失業率も3.8%まで低下するなど、いずれも約5年ぶりの水準まで改善してきています。また、賃金をみても、1人あたり名目賃金は、夏季賞与が増加に転じたことなどから、4〜6月に前年比プラスに転じた後、7月も前年並みとなっています(図表3)。こうした企業部門や家計部門の動きに加え、公共投資の増加、輸出の持ち直し傾向などもあり、生産は緩やかに増加しています。先行きのわが国経済についても、生産・所得・支出の前向きの循環メカニズムが働き、緩やかな回復を続けていくと考えています。

このように景気が回復している中で、物価面では、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、6月に+0.4%とプラスに転じた後、7月は+0.7%とプラス幅を拡大しています(図表4)。石油製品などのエネルギー関連の押上げが効いているのは事実ですが、それだけではなく、個人消費が底堅く推移しているもとで、幅広い品目に改善の動きがみられています。また、家計、エコノミスト、市場参加者に対する調査などをみると、人々の予想インフレ率は全体として上昇していると判断できます。先行きも、消費者物価の前年比はプラス幅を次第に拡大していくと予想しています。

今回の景気回復の特徴

ここで、今回の景気回復の特徴について触れておきたいと思います。今回は、これまでの典型的なパターンとは異なる景気回復となっています。戦後の日本の景気回復は、多くの場合、輸出と生産の増加を起点に企業収益が改善し、それが設備投資の増加につながるというパターンでした。前回2002年から2008年の戦後最長の景気回復も、このパターンで、世界経済がエマージング諸国の台頭と先進国の住宅バブルで空前の拡張を続けたことが背景でした。このパターンの場合、業種の面では、まず輸出に強い製造業大企業部門が良くなり、雇用・所得の全般的な改善にしたがって、次第に非製造業や中小企業に拡がっていくというかたちになります。

ところが今回は、個人消費や公共投資といった内需の堅調さを背景に、非製造業部門が回復を主導しているという点が大きな特徴です。このため、設備投資は、製造業が弱く、非製造業が強いという姿になっています。また、非製造業の動きを示す第3次産業活動指数が、リーマン・ショック前の水準近くまで回復しているのに対して、鉱工業生産は、リーマン・ショック前のピークの約8割にとどまっています(図表5)。

それでは、こうしたパターンの違いを踏まえたうえで、今後の景気回復の持続性をどうみたら良いでしょうか。この点、重要なことは、ひとつには内需の堅調が続くことと、もうひとつは、出遅れている「輸出」、「生産」、「製造業の設備投資」が上向いてくるということです。前者については、先ほど述べましたように、所得から支出という前向きの循環メカニズムが次第にしっかりと働いてきており、持続性が見込めると考えています。そこで、次に後者に触れたいと思います。ここでカギとなるのは、何といっても海外経済の動向です。

海外経済の現状と先行き

海外経済をみますと、現在、一部に弱めの動きもみられていますが、全体としては徐々に持ち直しに向かっています。先行きについても、米国経済が回復テンポを徐々に増していき、欧州経済が底入れから次第に持ち直しに転じていくことなどを背景に、海外経済は次第に持ち直していくとみています。

地域別には、まず米国経済は、堅調な民間需要を背景に、緩やかな回復基調が続いています。リーマン・ショックから5年が経過し、米国の家計は、ようやく、サブプライムローン問題で負った大きな傷が癒えてきました。個人消費は、年初の減税措置の終了などにもかかわらず、緩やかに増加しています。また、住宅市場は低水準ながらも回復過程に入り、住宅投資は、住宅ローン金利上昇の影響を受けつつも、改善基調を続けています。こうした家計部門の堅調さは、企業部門にも徐々に波及しつつあり、マインドも改善してきています。先行きも、緩和的な金融環境が続くと見込まれるほか、財政面からの下押し圧力も次第に和らいでいくと考えられることから、回復テンポを徐々に増していくとみています。

欧州経済をみると、4〜6月の実質GDP成長率が7四半期ぶりにプラスとなるなど、景気は底入れしたとみられます。厳しい緊縮財政路線が部分的に修正されて、財政面からの下押し圧力は幾分弱まっています。ここ数年何度となく緊張を強いられてきた金融資本市場も、総じて落ち着いています。企業や消費者は一息ついたかたちで、マインドが改善してきています。輸出が底入れする中で、生産も下げ止まっています。もちろん、欧州債務問題が根本的に解決した訳ではありませんから、その帰趨は注視していく必要がありますが、欧州経済は、先行きも、こうした流れが続く中で、次第に持ち直していく可能性が高いと考えられます。

中国経済をみると、政府が各種の構造改革に取り組む中で、ひと頃に比べ低めながら、安定した成長が続いています。個人消費は、質素倹約令の影響がなおみられていますが、良好な雇用・所得環境を背景に、堅調に推移しています。固定資産投資も、インフラや不動産投資の増加を中心に、底堅い伸びとなっています。政府は、成長の「質」を重視する姿勢を維持しつつも、同時に、景気にも目配りするスタンスを示しています。中国経済の先行きについては、いわゆる「シャドーバンキング」問題への対応など構造改革がもたらす影響や、景気下支えに向けた施策の内容や効果といった点で、不確実性が高いと思います。ただ、基本的には、堅調な内需に支えられるかたちで、現状程度の安定した成長が続くとみています。

新興国の一部では、株安や通貨安など金融市場に不安定な動きがみられます。その背景には、これまでの強めの成長期待に陰りがみられる中で、経常収支の赤字などの経済構造に焦点が当たったほか、先進国の金融政策運営を巡る思惑や投資家のリスク回避姿勢の強まりといった、様々な要因が指摘されています。こうした金融市場の動きは、金融環境のタイト化や企業・家計のマインドの悪化などの経路を通じて、これらの国の実体経済に悪影響を与えるリスクがあります。対外債務面の耐性が強化されている中で、現時点で深刻な事態にまで至るとはみていませんが、引き続き注視していきたいと考えています。

このように、各国・地域それぞれにリスク要因を抱えていますが、メインシナリオとしては、米欧経済が改善方向にあることから、世界経済は次第に持ち直していくとみています。そのことは、わが国の輸出・生産の増加や製造業の設備投資の持ち直しを支えていくものと考えています。

3.15年近く続いたデフレとその対応策

次に、本日のメインのテーマである、15年近く続いたデフレに話を進めます。ここでは、2つの側面から日本のデフレを分析します。ひとつは、海外と比較して日本の抱えている問題がどう違うのか、ということです。もうひとつは、この15年を振り返り、日本の経済と物価がどのように推移してきたかということです。このように、海外との比較や歴史的な視点から、日本のデフレの問題を捉えることで、そこから脱却するための対応策、すなわち、現在日本銀行が取り組んでいる「量的・質的金融緩和」をより良く理解していただければと思います。

(1)海外の課題と日本の課題

まず、日本のデフレの問題を、海外との比較という視点から、みていきたいと思います。

世界経済は、先ほど申し上げたように、最近では全体として持ち直しに向かっていますが、そのペースはごく緩やかです。このため、欧州や米国において、引き続きマイナスの需給ギャップ、すなわち、労働力や設備が余った状態が残り、失業率は高止まっています(図表6)。主要先進国の失業率は、リーマン・ショック前の水準よりかなり高いところにあります。ユーロエリアでは、リーマン・ショック後に大きく上昇した後、欧州債務問題の影響などもあり、一段と上昇しています。また、英国では、高水準横這いで推移しています。さらに、米国では、緩やかな低下基調を辿っていますが、その水準は依然として高めです。一方、日本の失業率は3.8%と、リーマン・ショック前のボトムである3.6%とほぼ同レベルまで低下しています。

一方、物価面では、潜在的な成長力に比べて低めの成長率が続く中でも、各中央銀行が目標としている2%の周辺で推移しています。米国、ユーロエリア、英国、それぞれの消費者物価指数をみると、振れはありますが、長い目でみれば、2%を中心とした動きになっています(図表7)。企業や家計が中長期的に予想するインフレ率も、概ねその水準で落ち着いています。こうした状態のことを「インフレ期待がアンカーされている」と言います。実際のインフレ率が景気によって変動しても、中央銀行が目標とするインフレ率を「錨」として大きく外れないということです。

こうした経済・物価情勢を踏まえると、欧州や米国では、現在、実体経済への刺激を続ける、あるいは、さらに強化することが最優先の課題だということができます。これはオーソドックスな課題にみえますが、中央銀行の立場からみれば、やや難しい舵取りを迫られています。すなわち、リーマン・ショック以降の経済の落ち込みに対応するための財政出動の結果、財政面から経済を一段と刺激する余地が限られてきており、金融政策面からの対応が強く期待されています。一方で、金融緩和の結果、物価上昇率がインフレ目標を上回る状態が続けば、物価安定目標自体に対する人々の信頼が失われてしまう、というリスクがあります。このように、欧米の中央銀行は、予想インフレ率のアンカーが外れて将来インフレを招いてしまうリスクを避けながら、どうやって金融政策面から実体経済を刺激するか、という課題に取り組んでいるということができます。例えば、米国や英国では、失業率がある程度低下するまで金融緩和を続けると宣言しつつ、物価の見通しが目標から大きく外れないことを条件にしています。これは、そうしたトレードオフの中でバランスを取ろうとしていることの現れです。

これに対して、日本は別の種類のチャレンジを抱えています。欧米では、人々のインフレ予想は中央銀行の目標とする上昇率の近傍にアンカーされているのに対して、日本では、15年に及ぶデフレの中で、人々に「物価は上がらない」という見方が定着してしまっています。かなり低いところでアンカーされてしまっているということです。この「錨」を断ち切って、物価安定目標の2%に向けて引き上げ、改めてそこでアンカーしなければなりません。どうやって実現するか。次にお話しする1990年代後半以降の経済・物価面の変化を振り返る中で、明らかにしていきたいと思います。

(2)1990年代後半以降の変化

1990年代後半以降の経済・物価情勢とその影響

振り返ってみると、日本経済には、1990年代後半以降、不良債権問題、アジア通貨危機、リーマン・ショック、東日本大震災など、強い下押し圧力がかかり続けました。また、新興国からの安値輸入品の流入、規制緩和に伴い競争が激化する中での企業の低価格戦略、非正規雇用による賃金水準の引き下げといった、物価に対する直接的な下押し要因も数多く存在しました。

これに対して、日本銀行は、ゼロ金利政策、量的緩和政策、さらには包括緩和政策など、様々な金融緩和策を実施してきました。こうした実体経済を刺激する政策によって、景気が回復に向かう局面は何度かみられました。しかしながら、原油価格高騰の影響が出た一時期を除けば、物価の下落傾向に歯止めをかけることはできませんでした。逆に、デフレが長期化した結果、人々に「デフレ期待」を定着させ、デフレからの脱却を一段と難しくするという悪循環が発生してしまいました。いったん「物価は下がる」あるいは「上がらない」ことを前提に行動することが家計や企業に定着してしまうと、それを変えるのは、我々の日常生活に照らしてみてもそうですが、容易なことではありません。このように、デフレは、それが長く続くことにより、克服するのが一層難しい課題となっていきました。

フィリップス曲線の変化

こうした変化を、やや専門的になりますが、「フィリップス曲線」という概念を用いて説明したいと思います(図表8)。フィリップス曲線は、需給ギャップと物価上昇率の関係を示したものです。簡単に言えば、「景気が良く、労働市場や財・サービス市場で需給が引き締まれば、物価は上がる」という関係を表したものです。ここでは、縦軸が物価上昇率、横軸が需給ギャップを示しており、景気が良くなって需給ギャップが右方向に進めば、物価上昇率が高まって上方向に進むという、「右肩上がり」の姿が想定されています。

そこで、この15年間にフィリップス曲線がどう変化したかをみてみましょう。青い線は1990年代前半までのデータに基づくフィリップス曲線、赤い線は1990年代後半以降のデータに基づくフィリップス曲線を示しています。これをみると、全体に下方にシフトしていることがわかります。同じ程度の景気の良さであれば、以前より物価上昇率は低いということです。例えば、需給ギャップがゼロ%、すなわち、「景気が良くも悪くもない平均的な水準」の時、消費者物価の前年比は、青い線では+1.1%と計算されるのに対し、赤い線に基づくと+0.3%となり、大きく低下しています。

このような変化が起こった結果、現在のフィリップス曲線の形状を前提とすると、2%の物価安定目標を達成するためには、6%程度という大幅なプラスの需給ギャップが必要という計算になります。これは1980年代末から1990年初にかけてのバブル期のピークの水準です。もちろん、私たちはこうした姿を目指しているわけではありません。なぜなら、景気が「ものすごく良い」時に2%を達成しても、景気の波の中でまた物価上昇率は下がってしまうからです。したがって、安定的に2%の物価上昇率を実現するためには、景気が普通の状態の時に2%になるような経済・物価の関係を作る必要があります。こう考えると、従来のように「景気を良くして物価上昇率を上げる」というアプローチだけでは、物価安定目標である2%を持続的に達成することはできないということがわかります。ここに、フィリップス曲線を上方にシフトさせるような政策が必要になるということです。または、同じことですが、企業や家計の予想物価上昇率を上げること、すなわち、人々の「物価は上がらない」という考え方を転換する政策が必要となるのです。先ほどの「錨」の喩えでいえば、現在の「錨」を断ち切り、2%の新しい「錨」まで持っていく政策です。

(3)課題の克服に向けて

以上申し上げたように、わが国では、15年近くデフレが継続したことにより、フィリップス曲線の下方シフトが進行しました。言い換えれば、「物価が上がりにくい体質」が染み付いてしまったわけです。どうやってここから抜け出すかを、次にご説明します。

もちろん、金融緩和により経済を刺激し、需給ギャップを縮小させるという伝統的な経路は、引き続き重要です。現在、日本経済にはなおマイナスの需給ギャップが残っており、これをプラスに持っていかなければなりません。また、その過程で、実際に物価上昇率が高まることを経験することは、人々の予想インフレ率を高めることに役立ちます。

しかし、わが国では、「デフレ期待」が定着している、すなわち、フィリップス曲線の形状が変化していることを踏まえれば、それだけではデフレ脱却には辿りつき難いのも事実です。したがって、日本銀行としては、これまでの政策からさらに大きく踏み込んで、人々の期待に直接働きかけて「デフレ期待」を払拭すること、すなわち、人々の予想インフレ率を引き上げるような政策に踏み込むことにより、フィリップス曲線そのものを上方にシフトさせることが必要と考えました。また、デフレが続くこと自体がそこからの脱却を一層難しくすることを勘案すれば、できるだけ早くこれを実行に移す必要があると判断しました。「量的・質的金融緩和」は、まさにそれを狙って導入した政策です(図表9)。

強く明確なコミットメントと量・質ともに次元の違う金融緩和

「量的・質的金融緩和」には、人々の期待をできるだけ早期に抜本的に転換するという観点から、2つの要素を盛り込んでいます。

第1に、企業や家計に定着した「デフレ期待」を払拭するため、必ずデフレから脱却するという日本銀行の意志を、強く明確なコミットメントで示すことです。そこで、「消費者物価の前年比上昇率2%の「物価安定の目標」を、2年程度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に実現する」と明確に表明し、目標達成までの期限を「2年程度」とはっきり区切りました。

第2に、15年近くもデフレが継続していることを考えると、どんなに強いコミットメントを示しても、それを裏打ちするものがなければ、人々に日本銀行の強い意志を信じてもらうことはできません。とくに、「できるだけ早期に」という観点からは、これまでの延長線上ではないことを、皆さんに感じていただけるような、大胆な施策を講じる必要があります。そこで、金融市場調節の目標を、これまでの無担保コールレート・オーバーナイト物という「金利」から、マネタリーベースという「量」に変更して、これを「2年間で2倍」に増加させることにしました。また、これを実現するため、日本銀行が保有する長期国債・ETFなどの残高も「2年間で2倍」に拡大しました。さらに、長期国債買入れの平均残存期間も「2倍以上」に延長することとしました。このように、これまでとは「量」の面でも「質」の面でも次元が違う金融緩和を決定しました。

金融緩和の継続期間

これらに加えて、先行きの政策スタンスについても、日本銀行は、「2%を安定的に持続するために必要な時点まで継続する」と明確に示しています。日本銀行のコミットメントは、2%の物価上昇率をできるだけ早期に実現することですが、これは、一時的にでも2%を達成すればよいということではありません。「2%を安定的に持続する」ことが重要なのです。そのためには、現実の物価上昇率だけでなく、中長期的な予想インフレ率も2%程度になることが必要です。実際の物価上昇率が平均的に2%程度で変動し、「物価がだいたい2%くらい上がる」ことを前提に企業や家計が行動するようになれば、中長期的にも物価の安定につながると考えられます。それは、先ほどの「錨」の喩えでいえば、2%の「錨」をしっかりと人々の気持ちに定着させ、実際のインフレ率がその周辺で動くようにするということです。また、フィリップス曲線の概念で説明すれば、経済が平均的な状態にある時、すなわち、需給ギャップがゼロの状態にある時に、2%の物価上昇率が実現されることを意味します。「2%を安定的に持続する」とは、こうした意味です。日本銀行は、物価の基調的な動きを見極めながら、これを実現するのに必要な時点まで「量的・質的金融緩和」を続けます。

1点付け加えますと、こうした観点からは、予想インフレ率の動向をできるだけ正確に把握することが、従来以上に求められます。しかし、そもそも予想インフレ率は、捉えることが難しいものです。すなわち、直接観察できるものではありませんし、誰がどういったものの価格を予想しているのか等によって多種多様な予想インフレ率があり得ます。そこで、日本銀行は、これまでも、企業、家計、エコノミスト、市場参加者に対するアンケート調査のほか、物価連動国債を用いたブレーク・イーブン・インフレ率(BEI)など、様々な予想インフレ指標を丹念に分析し、人々の期待の変化を的確に把握するよう努めてきました。今後も、2014年前半を目途に短観の調査項目に追加する予定の企業の予想インフレ率も含め、幅広いデータをしっかり点検することなどにより、情勢判断の精度を上げていきたいと考えています。

4.おわりに

「量的・質的金融緩和」の導入から半年弱が経過しました。日本銀行は、この政策を当初の予定通り着実に進めてきています(図表10)。マネタリーベースは、3月末の146兆円から8月末には177兆円まで拡大しており、本年末の200兆円に向けて、着実に積み上げています。また、長期国債の保有残高についても、3月末の91兆円から8月末には123兆円まで増加しており、本年末の140兆円に向けて、こちらも順調に積み上げが進んでいます。買入れる国債の平均残存期間も7年程度に伸びています。

「量的・質的金融緩和」は、中央銀行にとって主たる政策手段である短期金利の引き下げ余地がなくなる中で、予想インフレ率を引き上げるという、世界的にも過去に例のない課題に対する挑戦です。決して容易ではありませんが、これまでのところ、確かな手応えを感じています。実体経済や金融市場、人々のマインドや期待など、好転の動きが幅広くみられており、わが国経済は2%の「物価安定の目標」の実現に向けた道筋を順調に辿っているといえます。日本銀行としては、長きにわたり日本経済の重石となってきた、デフレからの脱却をできるだけ早く実現するために、今後も、適切に金融政策を運営してまいります。

ご清聴ありがとうございました。