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「日銀探訪」第21回:金融機構局考査企画課長 野々口秀樹

毎年度の考査方針に金融機関が注目=金融機構局考査企画課(1)〔日銀探訪〕(2014年6月9日掲載)

金融機構局考査企画課長の写真

金融機構局の中で、主に金融機関の考査に携わっている課は二つある。このうち、考査運営課が立ち入り調査に赴く考査部隊を組織しているのに対し、考査実施方針の策定を主要業務としているのが、今回取り上げる考査企画課だ。同方針は、日銀法の下で毎年度策定するよう求められており、政策委員会の議決を経て決定される。金融機関の経営環境が激しく変化する中、的確な考査実施方針を策定するには、内外の金融・経済情勢や、金融機関の業務現場の実情をキャッチする情報収集力が不可欠と言える。

考査企画課の野々口秀樹課長は、考査実施方針について「金融機関の実態把握やリスク管理体制の点検といった根幹となる考え方は変えないが、前年度の考査結果のほか、マクロ的な金融・経済の動向、その下での金融機関の経営課題の変化などを踏まえ、幅広い議論を行った上で見直している」と話す。

同課の人員数は約30人。考査実施方針の策定に加え、金融機関への立ち入り調査の最終結果である考査所見の審査も担う考査企画グループ、先進的なリスク管理手法などに関する知見・ノウハウを蓄積するとともに、大手金融機関や外資系金融機関に対する考査においてリスク管理関連の調査を中心的に担うリスクアセスメントグループ、金融機関のシステムリスク管理と災害時などの業務継続体制について調査や助言を行うシステム・業務継続グループから成る。野々口課長のインタビューを3回にわたって配信する。

「3月下旬に、2014年度の考査の基本的な考え方と考査実施上の重点ポイントなどをまとめた『14年度の考査実施方針』を決定した。13年度の方針では、金融機関に対して金融仲介機能の適切な発揮を求めたが、14年度はさらに踏み込んで『企業、個人や地域の経済活動に貢献していくことが期待されている』と強調した。その上で、この役割を安定的に果たしていくためには、リスク管理を着実に実行し、経営の健全性を将来にわたって維持していくことが重要と指摘した」

「14年度の考査実施方針の特徴となる考え方としては、3点を挙げることができる。第一に、金融機関が積極的にリスクを取る姿勢が徐々に明確化してきている中で、考査では、それを支えていくリスク管理体制を確認し、必要な助言を行うという考え方を示した。第二に、中小企業金融円滑化法が13年3月末に期限切れとなる中で、13年度の考査実施方針で企業再生支援の重要性を打ち出したが、14年度は単に水面上に引き上げるにとどまらず、売上高や利益をプラスに持っていく観点で、企業の活力向上支援に点検の幅を広げた。第三に、金融機関の基礎的な収益力の低下傾向が続く中で、先行きの収益見通しと経営の対応方針にかかる議論を通じて、経営陣とのコミュニケーション強化を図っていく方針を打ち出した」「考査実施方針は、金融機関の実態把握とリスク管理体制の点検、改善のための助言といった根幹の考え方は変えないが、毎年度の考査結果で把握された金融機関のリスクテイク姿勢や業務実態の変化などを踏まえて、幅広い議論を行った上で見直している。金融機関は、毎年度どの部分が変更されたかに注目している。例えば、東日本大震災や欧州金融危機を踏まえ、12年度と13年度は冒頭で、発生確率は低いが非常に大きな損害をもたらす可能性のある『テールリスク』への備えを求めた。14年度では、業務継続体制やストレステストなど金融機関での枠組みの整備が相応に進展していることを受けて冒頭からこの言葉を外した一方で、金融機関がリスクテイク姿勢を強めていることを踏まえ、14年度のメッセージとして、リスクプロファイル(リスクの特徴・属性)に即したリスク管理の着実な実行を求めた」

14年度考査、「デフレ脱却」を意識=金融機構局考査企画課(2)〔日銀探訪〕(2014年6月10日掲載)

2014年度の考査実施方針の具体的な重点ポイントについて、考査企画課の野々口秀樹課長に解説してもらった。日銀の量的・質的金融緩和を受け、金融機関の間で収益向上に向けてよりリスクテイクを活発化する動きが明確になりつつある。14年度方針はこれを踏まえ、金融機関が前向きのリスクテイクを行っていくために必要なリスク管理体制を確立するよう金融機関に働き掛けた。

また、デフレからの脱却が視野に入りつつある中、資金運用に占める債券の比率が高い地域金融機関を念頭に、収益シミュレーションの活用や資産負債管理(ALM)の強化を促したのもポイントの一つだ。

「14年度考査方針の具体的な重要ポイントを挙げる。まず信用リスク面では、成長分野への融資推進や主要営業基盤以外の地域での取引先開拓、正常先下位から要注意先に対する与信増強などに取り組む金融機関が増えている中、与信形態や市場・業界の動向といったリスク特性を踏まえて事業の将来性を適切に見極めているか、またリスクに見合った金利を設定できているか、といった点を点検する方針を打ち出した。一方で、債務超過に陥っているなど業況が不安定な債務者については、他の金融機関や外部専門家も含めた関係者とも連携し、抜本的な解決に向けて取り組んでほしいと求めた。これに加え、収益が伸び悩んでいる企業の『活力向上支援』という点も強調した。事業の将来性を見極めた上で、金融機関のノウハウやネットワークを活用して、企業の売り上げや利益の向上に貢献してほしいということだ。考査ではこれらの取り組みを確認していく」

「企業の資金需要が相対的に乏しい地域金融機関は、市場部門の収益に依存する傾向が引き続き強い。中には、経営体力を十分勘案せずに、有価証券投資で大きなリスクを取っているところもある。そこで14年度考査では、さまざまな悲観的シナリオの下でどの程度の損失が発生するかなどをシミュレーションする『ストレステスト』を、経営陣を含めて組織的に協議し、必要に応じて資金運用やリスク管理体制の見直しにつなげているかをチェックする。13年度初頭に長期金利が大きく変動した経験も踏まえ、金利変動リスクなど市場の変化に対する地域金融機関の対応力も点検したい」

「流動性リスク管理では、金融機関が先行き中長期的にみた安定的な調達基盤の確保をどのように考えているのかについて議論していきたい。少子化や高齢化の影響で、預金の伸びに変化がうかがわれる地域も増えている。また、定期預金金利を高めに設定するなど、調達コストの高い金融機関もある。こうした点は個々の金融機関のビジネスモデルに直結するだけに、先行きの安定的な調達基盤の確保や金利環境の変化への対応などについて、経営陣の考え方を聞く」

「オペレーショナルリスクのうちシステムリスクでは、情報セキュリティーの面で、サイバー攻撃などの被害が急速に拡大し、新たな手口が続々と出てきている状況を踏まえ、未然防止に向けたセキュリティー対策や被害拡大防止体制が適切かどうかを点検する。このほか、システム運用や開発業務での外部委託先への依存度が高まり、委託先職員による不正事件も発生している中で、盲点となりがちな委託先管理体制の検証を強化したい。経営管理面では、ダウンサイドリスクを含む複数のシナリオで収益見通しを作成し、それを基に先行きの収益・経営体力や対応方策などについて考査で議論を行うことで、経営陣とのコミュニケーションを強化していきたい。さらに、内部監査の結果を組織的にきちんと協議し、提言を経営に生かしているかどうかも重点的に調査する」「経営危機に陥れば世界の金融システムに大きな影響を与える大手金融機関については、ストレステストの内容や、危機時の対応行動の点検に力を入れたい。特に各行が独自に実施しているストレステストに関しては、『金融システムレポート』での分析の経験も生かして、モデルの構造やパフォーマンスに踏み込んでチェックする」

最後の貸し手の視点で経営チェック=金融機構局考査企画課(3)〔日銀探訪〕(2014年6月11日掲載)

業務が複雑化・高度化する大手金融機関の考査を行うには、最先端の金融実務やリスク管理手法に通じている必要がある。考査企画課には、大手金融機関や外資系金融機関の考査のエキスパートが集められている。そこで蓄積された知見は、地域金融機関などの考査にも活用されているという。

大手金融機関に対する考査で特徴的な点の一つが、海外拠点への臨店調査だ。大手金融機関が国際部門の強化を戦略的に進める中で、海外拠点への権限委譲を進めていることから、海外拠点も国内と同様の手法で考査を実施する必要性が生じている。同課の野々口秀樹課長は、自身もこれまでメガバンクなどの海外考査を数多く行った経験を持つ中で「フロントの営業部門にとどまらず、審査部門などのリスク管理や内部監査を含めて、優秀な外国人が海外拠点の主要幹部を務めることが当たり前の時代になっている。グローバルなビジネス展開に即したリスク管理体制の在り方や、本部と海外拠点が担うべき機能などについて、現地で直接会って議論を行うことには非常に大切な意味がある」と語る。

「大手金融機関の事業計画は、グローバルな事業展開を重要戦略として掲げている。打って出ようとする領域にどのようなリスクがあるか、やはり現場に行かないと分からない。考査では、ニューヨーク、ロンドン、シンガポール、香港などの主要海外拠点の臨店調査を実施している。海外臨店では、信用リスク、市場リスク、流動性リスク、オペリスク、システムなどすべてのリスクカテゴリーについて、グローバルビジネスの現場を踏まえたリスク管理の議論を現地で行ってくる。ここにも、日銀考査を貫く現場主義の考え方が生かされている」

「考査企画課は、大手金融機関や外資系金融機関などに対する考査のエキスパートを集めており、市場リスクや信用リスクなど先進的なリスク管理手法に関する知見の蓄積を図っている。メンバーの中には、複雑なデリバティブなどの最先端のリスク管理手法や、国内外のプロジェクトファイナンスなどに精通している者もいる。また、システムリスクや業務継続の分野では、アンケート調査結果の公表や、セミナーを開催するなど情報還元にも努めている」

「考査実施方針の策定と並ぶ当課の主要業務として、考査実施後に考査先に伝える最終結果通知である『所見』の審査が挙げられる。所見は、考査チームのヘッドである考査役が執筆し、当課が事実に基づいた記述かどうか、他金融機関に対する評価とのバランスが取れているかといった観点から徹底的にチェックする。その上で、金融機関の経営全体を見渡したときに重要と考えられる課題を取り上げているか否か、先方の経営陣の受け止め方はどうかなどについて、チームと多角的な議論を行って最終決定する」

「考査の狙いは、最後の貸し手の役割を果たすために取引先金融機関の状況を把握するものであり、金融機関が融資先の実態を把握するのと同様の位置付けにある。従って考査では、各リスク管理の実務を起点として経営全体を捉えていくという基本姿勢が貫かれている。海外拠点や地方の営業店の臨店調査を実施するのも、現場の実務を調査しないと、経営陣の方針が組織内で徹底しているか、現場の状況を経営陣が正確に認識しているか、といった経営全体を見渡した実態把握ができないと考えているからだ。実務が動かなければいざというときの対応はできない、というのが最後の貸し手としての視点であり、結果的に行政による検査との役割分担につながっているのではないか」「考査員は、金融機関の方々の現場の取り組みから謙虚に学ぶという基本姿勢が重要。また、しっかりアンテナを張って金融の生の現場で起きていることをキャッチする必要がある。実地考査では、信用、市場、オペなどリスクパートごとの課題が網羅的にチェックされるが、個々の課題の議論をしっかり行うことで、その金融機関の経営の強み、弱みが浮き彫りとなってくる。金融機関の経営全体を捉えた議論を粘り強く行うよう心掛けている」

(出所)時事通信社「MAIN」および「金融財政ビジネス」
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